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2025-04-24

【筑波大学】新種の海洋性鞭毛虫を発見

寄稿者:筑波大学

《ニュース概要》
八丈島近海から採集された海水から、エンドミクサと呼ばれる原生生物のグループに属する、新種の単細胞生物を発見し「Viscidocauda repens」と命名しました。この生物は常時鞭毛を持っており、エンドミクサの中でこのような鞭毛虫が見つかったのは初めてです。

エンドミクサは、動物や植物を宿主とする細胞内寄生性の生物や宿主を必要としない自由生活性のアメーバなど、多様な形態や生活様式の原生生物を含むグループです。しかし、これまで常時鞭毛を保持するような、いわゆる「鞭毛虫」は知られていませんでした。

本研究では、八丈島近海から採集された海水から鞭毛虫の培養株を確立し、詳細な顕微鏡観察を行ったところ、この生物がこれまでに知られているどの鞭毛虫とも異なる形態であり、細胞内部の構造が他の近縁な生物と異なっていることが明らかになりました。さらに、遺伝子の塩基配列の比較を行った結果、本生物がエンドミクサに属することが明らかになりました。そこで、本生物を新属新種Viscidocauda repens として記載しました。

本研究によって、これまで鞭毛を持たないか、特定の生活環段階でしか鞭毛を形成しないとされていたエンドミクサに、常時鞭毛を保持する生物が存在することが初めて示され、また、鞭毛の特徴から、同グループの共通祖先が鞭毛虫であった可能性が示唆されました。この発見は、エンドミクサの進化と多様性を理解する上で重要な手がかりであると考えられます。

■研究代表者
筑波大学生命環境系
白鳥 峻志 助教

■研究の背景
エンドミクサはリザリア界に属する原生生物の一群であり、多様な形態や生活様式の生物からなるグループです。この中には、植物や藻類、菌類などに寄生し、根こぶ病などの病害も引き起こすフィトミクサや、さまざまな海産無脊椎動物に寄生するアセトスポラなどの細胞内寄生生物のグループに加えて、グロミアやバンピレラといった宿主を必要としない自由生活性のアメーバなどが含まれます。一方で、近縁な系統であるフィローサの多くが常に鞭毛を保持している鞭毛虫であるのに対し、これまでエンドミクサではそのような鞭毛虫は見つかっていませんでした。さらに、環境DNA 注1)の解析によって、多様な環境中に、未知のエンドミクサ系統が数多く存在することも知られていますが、その形態や生態についてはほとんど解明されていません。そのため、エンドミクサの多様性や進化を明らかにするためには、これらの系統を培養し、詳細な系統分類を行うことが不可欠です。

■研究内容と成果
本研究では、2012年に八丈島近海の海水(深さ約5 m)から採集された海水から、鞭毛虫の培養株を確立することに成功しました。光学顕微鏡による観察から、本生物は体長が5μm以下と小型で、細胞の前方から2本の鞭毛が生えていることや、基質上をゆっくりと滑走し、細胞の後端からは仮足注2)が出現することが明らかになりました。しかしながら、これらの特徴は、これまでに知られている海産鞭毛虫のどれとも一致しませんでした。

電子顕微鏡により本生物の鞭毛装置注3)の詳細を観察したところ、フィローサやスキオモナデアといったエンドミクサに近縁な系統に広く分布する鞭毛根注4)vp2が本種には存在せず、リザリア以外の鞭毛虫で一般的な構造をもつことが分かりました(図1)。このことから、本生物の鞭毛装置は、近縁な系統に比べて、より祖先的な特徴を保持していると考えられます。

また、小サブユニットリボソームRNA 遺伝子注5)配列を用いた分子系統解析の結果、本生物はエンドミクサのうち、アセトスポラおよびグロミアに近縁であることが判明しました(図2)。さらに、既存の環境DNA配列データを比較すると、本生物に近縁な遺伝子配列が複数の海洋環境(表層・深海・魚類の腸管など)から検出されており、本生物が海洋環境に広く分布している可能性も示されました。以上の形態観察と分子系統解析の結果に基づき、本生物を新属新種Viscidocauda repens(V. repens)として記載しました(図3)。

■今後の展開
本研究で報告されたV. repens は、エンドミクサにおいて初めて記載された自由生活性の鞭毛虫です。これまでエンドミクサは、鞭毛を欠く、あるいは一時的にのみ生じる原生生物だけが知られていましたが、エンドミクサに近縁なフィローサやスキオモナデアは主に鞭毛虫によって構成されています。従って、今回の発見により、エンドミクサの共通祖先が鞭毛虫であった可能性が示されました。一方、エンドミクサには依然として多くの実体の不明な系統が存在しており、今後、それらの単離培養と系統分類を進めていくことが、エンドミクサの多様性や進化の解明に不可欠です。

■用語解説
注1) 環境DNA(Environmental DNA)
海水や淡水、土壌などの環境中に存在するDNAのこと。環境DNAを調べることで、その環境にどんな生物がいるのかを知ることができる。
注2) 仮足(pseudopodium)
細胞から生じる一時的な突起。
注3) 鞭毛装置(flagellar apparatus)
鞭毛の根本にある基底小体と、それに付随する微小管やその他繊維状構造からなる複合体で、細胞内での鞭毛の支持や、細胞骨格の形成中心となるなど、さまざまな役割をもつ。複雑かつ高度に保存されているため、原生生物の高次分類において重要な形質となる。
注4) 鞭毛根(flagellar root)
基底小体に付随する微小管や非微小管性の繊維の総称。
注5) 小サブユニットリボソームRNA遺伝子(small subunit ribosomal RNA gene)
細胞内に存在するリボソームタンパク質とともに、リボソームの小サブユニットを形成するRNA。増幅・配列決定が比較的容易であり、また豊富なデータベースが整備されていることから、系統関係の推定に広く利用されている。

■研究資金
本研究は、科研費による研究プロジェクト(13J00587、18J02091)の一環として実施されました。

■掲載論文
【題名】
A novel free-living endomyxan flagellate Viscidocauda repens gen. Nov., sp. nov.(新奇自由生活性エンドミクサ鞭毛虫Viscidocauda repens)
【著者名】
T. Shiratori and K. Ishida
【掲載誌】
Protist
【掲載日】
2025年4月15日
【DOI】
10.1016/j.protis.2025.126101

■詳細はこちら※参照元のサイトを開きます
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20250424140000.html

下図: Viscidocauda repens と他の鞭毛虫との鞭毛装置の比較
AはV. repens の鞭毛装置、Bはより祖先的な特徴をもつ系統ストラメノパイルの原生生物(Platysulcus)の鞭毛装置、C はエンドミクサとは別の系統であるフィローサに属する原生生物(Heteromita)の鞭毛装置。円柱は基底小体、線は鞭毛根を表す。相同な鞭毛根は同じ色で示す。A のV. repens はB のPlatysulcus とより多くの微小管バンドを共有している。