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2025-04-10

家畜の繁殖効率に影響する腸内細菌叢を予測する ~繁殖成績に負の影響を与える因果構造の計算科学的検証~

寄稿者:九州大学/理化学研究所

《ニュース概要》
■ポイント
腸内細菌叢と繁殖成績との関係性については、近年注目されている研究テーマです。
産業動物である牛において、機械学習(※1)および因果推論(※2)の結果、Erysipelotrichaceae科とClostridium sensu stricto1属、Family XIII AD3011 group属、クレアチニン分解経路(PWY-4722)が人工授精回数の増加に影響する可能性が示されました。
さらに、人工授精の5か月以上前の細菌叢から、将来の人工授精回数を予測できる可能性が推定されました。

■概要
九州大学大学院農学研究院の田口佑充大学院生(研究当時)、山野晴樹大学院生(共同筆頭著者)、髙橋秀之准教授らは、理化学研究所生命医科学研究センターの宮本浩邦客員主管研究員、大野博司チームディレクター、理化学研究所環境資源科学研究センターの菊地淳チームディレクター、黒谷篤之研究員(研究当時)(現・農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)農業情報研究センター)、理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発研究チームの守屋繁春専任研究員、和田智之チームディレクターとの産学共同研究(みらいグローバルファーム(株)、伊藤ハム(株)、日本農産工業(株)、日環科学(株)、千葉大発ベンチャー(株)サーマス・京葉ガスエナジーソリューション(株))によって、黒毛和種繁殖メス牛の繁殖成績と腸内細菌群の因果構造を計算科学的手法で評価し、腸内細菌叢から将来の繁殖成績を予測することが可能であることを示しました。

腸内細菌叢と繁殖成績との関係性は近年着目されている研究テーマであり、ヒトやマウスでは腸内細菌叢の乱れが肥満や免疫系の異常を介して生殖系に悪影響を及ぼすことが知られています。一方で産業動物である牛では妊娠前の腸内細菌叢と繁殖成績の関係性については完全には解明されていません。

そこで本研究では、黒毛和種未経産メス牛を供試し、妊娠に要した人工授精回数が少なかった群と多かった群において、150日齢(人工授精の5か月以上前)と300日齢(人工授精前)における糞中細菌叢を網羅的に解析しました。その結果、人工授精直前の300日齢よりも人工授精の5か月以上前である150日齢におけるErysipelotrichaceae科とClostridium sensu stricto 1 属、Family XIII AD3011 group 属が人工授精回数の増加(受胎の遅れ)に影響する可能性が示されました。また、糞便細菌叢のデータから代謝経路を予測する Pathway 解析(※3)によってクレアチニンを分解する経路であるPWY-4722が人工授精回数の増加に影響することも150日齢で示されました。併せて、90日齢までの短い投与期間における好熱菌プロバイオティクスの影響についても評価し、150日齢の診断の重要性が計算科学的に示されました。

以上の結果から、肉牛生産において極めて重要な人工授精の回数は、人工授精直前ではなく、その5か月以上前の糞中細菌叢から推測できる可能性が示されました。

本研究成果は、2025年3月28日(金)にSpringer Natureの「Animal Microbiome」誌(Scopusの獣医学分野の評価で2位にランクされる学術誌)に掲載されました。

統計的因果推論の結果、150日齢における糞中のErysipelotrichaceae科、Clostridium sensu stricto1属、Family XIII AD 3011 group 属、クレアチニンを分解する代謝経路(PWY-4722)が人工授精回数の増加に影響することが示されました。一方で300日齢では人工授精回数と関係性が見られる細菌叢や代謝経路は必ずしも存在しなかったことから、150日齢の糞中細菌叢が将来の繁殖成績に及ぼす影響がより強いことが推定されました。

【研究の背景と経緯】
持続可能な畜産には飼料コストと生産コストの削減が不可欠であり、そのためには繁殖メス牛の繁殖成績向上が重要です。繁殖成績は主に環境要因(栄養状態や免疫機能)の影響を受け、最近の研究ではヒトやマウスの腸内細菌叢が繁殖能力に関与する可能性が示唆されています。しかしながら、産業動物である牛の腸内細菌叢と繁殖成績との関係性については明らかになっていません。

【研究の内容と成果】
黒毛和種繁殖メス牛を供試し、300日齢以降の人工授精(AI)回数が中央値よりも低かった区(Superior区)と高かった区(Inferior区)の2群を設定しました。150日齢および300日齢における糞中細菌叢と繁殖成績との関係性について検討しました。その結果、Superior区では150日齢におけるRikenellaceaeRC9 gut group属および300日齢におけるChristensenellaceae R-7 group属がInferior区と比較して高い値を示しました。さらに、機械学習や因果推論などのアルゴリズムを併用することによって150日齢におけるErysipelotrichaceae科,Clostridium sensu stricto1属およびFamily XIII AD3011 group属(これらは、肥満や炎症などとの関連が疑われている菌群)がAI回数の増加と強く関連するキーとなる菌群候補であることが計算科学的に推定されました。AI回数の増加は、受胎効率への弊害を意味しており、これらの菌群のバランスが重要であることが示唆されました。また、150日齢のクレアチニン分解に関与する経路(PWY-4722)はAI回数を増加させる因子として推定されましたが、300日齢の細菌叢や代謝予測経路は、AI回数と必ずしも関連しませんでした。さらに、これらの菌群の関係性に対するプロバイオティクスの影響を評価するために、試験対象群の中で腸内細菌叢を改善し、成長促進や肥満制御などを促すことが判明している好熱菌Caldibacillus hisashii(国際寄託番号BP-863)(※4)を離乳前の90日齢まで投与している群の影響について計算した結果、150日齢における上記の3つの菌群候補の重要性は変わりませんでした。すなわち、受胎効率に悪影響を与えうる菌群の構造(150日齢)を改善するためには離乳前(90日齢まで)のプロバイオティクスの投与では十分ではなく、プロバイオティクスの効果を最大限に発揮するためには、更なる投与期間の延長が必要であることを意味していました。

【今後の展開】
これらの結果から、肉牛の生産管理において極めて重要なAI回数は、AIの直前ではなく、ほぼ半年前の糞中細菌叢から推測できる可能性が示唆されました。これにより、人工授精を行う約半年前から将来の繁殖成績を予測することで、受胎しやすい個体を繁殖用後継牛として選定することが可能となります。

また、繁殖成績を改善することで、繁殖農家の飼料コストや生産コストを削減することができ、世界的に求められている環境保全型の畜産経営を達成することが可能となります。本研究はさらに、動物種を超えた受胎制御に対する新しい視点にもなりうる知見です。今後、当該菌叢のバランスを制御する腸内の管理手法、例えば、プロバイオティクス、並びにプレバイオティクスの併用効果などの検証による研究の発展が望まれます。

【用語解説】
(※1) 機械学習
データから学習して、一定のパターンやルールを自動で発見するコンピュータアルゴリズム。教師なし機械学習と教師あり機械学習に分類される。本研究では特徴的な因子の抽出に用いている。
(※2) 因果推論
実験・観察データから得られた情報を基に、データ間の因果効果を統計的に推定していく方法。
(※3)Pathway 解析
細菌の16SRNA配列データから、細菌の代謝経路を予測する解析手法。
(※4) Caldibacillus hisashii(国際寄託番号BP-863)
これまでに仔牛の腸内細菌叢の改善(バクテロデス門の増加とメタン産生菌の減少傾向)が確認されており、プレスリリースされています。
九大関連 URL https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/741
理研関連 URL https://www.riken.jp/press/2022/20220325_4/index.html

【謝辞】
本研究はJSPS科研費(16K18814)、みらいグローバルファーム(株)、伊藤ハム(株)、日本農産工業(株)、(株)サーマスの助成を受けたものです。

【論文情報】
・掲載誌
Animal Microbiome
・タイトル
Causal estimation of the relationship between reproductive performance and the fecal bacteriome in cattle
・著者名
Yutaka Taguchi, Haruki Yamano, Yudai Inabu, Hirokuni Miyamoto, Koki Hayasaki, Noriyuki Maeda, Yoshiro Kanmera, Seiji Yamasaki, Noboru Ota, Kenji Mukawa, Atsushi Kurotani, Shigeharu Moriya, Teruno Nakaguma, Chitose Ishii, Makiko Matsuura, Tetsuji Etoh, Yuji Shiotsuka, Ryoichi Fujino, Motoaki Udagawa, Satoshi Wada, Jun Kikuchi, Hiroshi Ohno, Hideyuki Takahashi
・DOI
10.1186/s42523-025-00396-x

詳細はこちら※参照元のサイトを開きます
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1241

メイン画像:本研究の概要図