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2025-04-08

がん細胞を移植したマウスでは「活動-休止リズム」が昼夜逆転することを発見

寄稿者: 産業医科大学 / 東京慈恵会医科大学

《ニュース概要》
産業医科大学(所在地:福岡県北九州市八幡西区、学長:上田 陽一、以下「産業医科大学」)および東京慈恵会医科大学は、二者共同研究において、がん細胞を移植したマウスでは昼夜の活動リズムがほぼ完全に逆転することを発見しました。今後は、がん細胞が概日リズム*1に対してどのような影響を与えているのか、その病態生理*2の解明を進め、より効果的な概日リズム障害治療薬の開発につなげることを目指します。

がん患者では、がんの進行に伴い概日リズム障害をきたし、睡眠障害*3を発症することが知られていますが、改善のための効果的な対策は十分備わっていません。その理由として、概日リズム障害の病態生理を解明し治療薬を開発するための動物モデル*4が少ないことが挙げられます。

研究グループはこれまでに、ヒト胃がん細胞株85As2を皮下に移植することによりがん悪液質症状*5を呈するマウスを用いて、がん患者に生じる様々な病態の解明を行ってきました。今回、85As2細胞を移植したマウスでは、健常マウス*6と比べて、明期での活動量が増加し暗期での活動量が減少していることを見出しました。

概日リズム研究では、アクトグラムという手法を用いて活動量の評価を解析します。解析結果は下図のように、活動期*7は色が濃く、休止期*8は白く表されます。研究グループは、同手法を用いて、85As2移植マウスに出現する活動量の変化を詳細に検討しました。
健常マウスは、明期には休止し暗期に活動するという夜行性の「活動-休止リズム」を示します。ところが85As2を移植したマウスは、移植した腫瘍が増大するにつれて活動期の位相*9が明暗のリズムに関わらず前進(活動開始時間が早まること)し、最終的には明期に活動し暗期に休止するといういわゆる昼行性の状態となり、「活動-休止リズム」が昼夜逆転することが明らかとなりました。

さらに、昼夜逆転状態になった85As2移植マウスの腫瘍を摘出したところ、活動期の位相は徐々に後退し、腫瘍摘出から1週間後には「活動-休止リズム」が元の夜行性の状態に戻ることが判明しました。
これまでにがん細胞移植により動物が昼夜逆転を来たすという現象の報告はありませんでした。さらに、腫瘍を摘出することにより、昼夜逆転した「活動-休止リズム」が元に戻るということを初めて見出しました。現在、昼行性/夜行性を決定しているメカニズムの解明を進めているところです。
85As2移植マウスは、概日リズム障害の病態生理ならびに概日リズム調節機構を解明する動物モデルとして大変有用であると考えられます。本研究により85As2移植マウスにおける昼夜逆転の発生メカニズムが解明できれば、既知の概日リズム障害に対する治療薬に加え、新たな作用を有する新薬の開発に繋がるものと考えられ、研究グループでは引き続き基盤データを蓄積してまいります。

なお、本研究の結果は、2025年2月11日(米国東部標準時)に国際学術雑誌Journal of Physiological Sciences電子版で公開されました。
(Goto M,Maruyama T,Nonaka M,Uezono Y,Ueta Y,Ueno S. Circadian sleep-wake rhythm reversal in mice implanted with stomach cancer cell lines. J Physiol Sci. Jan 31;75(1): 100007. 2025)

【資金提供】
本研究は、日本学術振興会JSPS科研費[助成番号:17K01884、20K18766、21K11490、24K20188]、日本医療研究開発機構AMED[助成番号:JP22ck-0106726]、および産業医科大学産業医学・産業保健重点研究の助成を受けて実施されました。

*1 概日リズム
サーカディアンリズムとも呼ばれ、睡眠・覚醒などの生理機能を制御しています。脳内には時計中枢と呼ばれる領域(視交叉上核)があり、ここから約 24 時間の生体固有のリズムが発振されます。また、外界の明暗周期に同調させる性質(位相同調性)を持っています。
*2 病態生理
生体の正常機能が破綻することによって、様々な症状や疾病が引きおこされる機序や経過のことを指します。
*3 睡眠障害
睡眠に関連する多種多様な病気の総称です。代表的なものに、不眠症・睡眠関連呼吸障害群(睡眠時無呼吸症候群など)・概日リズム睡眠覚醒障害群などがあります。
*4 動物モデル
実験で得られたデータをヒトヘ当てはめることができるモデルで、マウスやラットなどが多く用いられます。ヒトの疾患の原因や成因の究明、症状や病態の解析、診断や治療法の確立のために利用されます。
*5 がん悪液質
「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず,進行性の機能障害に至る,骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義され、主に摂食量の低下・体重の減少・筋肉量の減少を呈する症候群です。
*6 健常マウス
がん細胞を移植していない、健康なマウスのことです。
*7 活動期
リズムの1サイクルを活動状態と休息状態に二分してみるとき、活動が続く(活動が比較的連続して起こる)時間帯のことをいいます。
*8 休止期
リズムの1サイクルを活動状態と休息状態に二分してみるとき、休息が続く(活動が比較的連続してみられない)時間帯のことをいいます。
*9 位相
概日リズムの研究では、特定時点における状態、例えば「活動ピーク」「活動開始」などの状態のことをいいます。

詳細はこちら※参照元のサイトを開きます
https://www.jikei.ac.jp/press/detail/?id=34300

メイン画像:健常マウスと85As2移植マウスの活動量比率
下図:健常マウスと85As2移植マウスのアクトグラム