寄稿者:福島大学 / 呉工業高等専門学校
《ニュース概要》
広島県竹原市の大久野島は、「うさぎの島」として知られ、多くの観光客が訪れる観光地となっています。ただし、観光客たちを楽しませている島内のウサギはアナウサギという外来種で、観光客の与えるエサに依存していることが指摘されています。福島大学共生システム理工学類の兼子伸吾教授らの研究チームは、これらのアナウサギの由来について調査を進める過程で、大久野島においてイノシシが生きたウサギを狩る様子が目撃されたことを知りました。イノシシは動物の死体を食べることは報告されていますが、健康なウサギの積極的な捕食の有無は否定的にみられていました。これまで観察事例のないイノシシによる生きたウサギの捕食という事象がなぜ大久野島で発生したのか、現地の状況に詳しい呉工業高等専門学校の小倉亜紗美准教授らとともに、その背景について検討しました。
本研究の成果が、2026 年 7 月 30 日に、Taylor & Francis のエコツーリズム分野の国際学術誌『Journal of Ecotourism』に掲載されましたので、ご報告いたします。
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図1.調査のきっかけとなった大久野島のアナウサギについて描いた絵本『うさぎのしま』(近藤えり・たてのひろし、世界文化社)と目撃者への聞き取りに基づくイノシシによるウサギ捕獲時の再現図(イラスト:近藤えり)たので、ご報告いたします。
■本研究のポイント
大久野島は「うさぎの島」として知られ、多数のアナウサギが観光客によるエサやりに支えられて生息しています。
2024 年 3 月 5 日、大久野島の観光客が利用するフェリー乗り場の近くで、イノシシが生きたウサギを襲い、くわえて森林内へ運ぶ事例が確認されました。過去にも同様の目撃情報があり、この捕獲が繰り返されている可能性が示されました。
イノシシの行動の背景には、島内に多数のウサギが生息していること、観光客が持ち込んだエサの食べ残しをイノシシが利用していること、ウサギの死体がエサ資源になっていることなどが考えられます。
本研究は、イノシシによるウサギ捕食を単なる珍しい動物行動ではなく、観光客によるエサやりが生態系に与える間接的影響を知るうえで重要な事例になります。
◎研究の背景
大久野島は、広島県竹原市に属する瀬戸内海の小さな島で、毒ガス製造施設跡や砲台跡などの戦跡が残る島です。現在は、数百匹のアナウサギが生息しており、国内外から多くの観光客が訪れる「うさぎの島」として知られています。アナウサギはヨーロッパ原産のペットとして飼育されるウサギで、観光客が与えるエサによって個体数が維持されていると言われています。
福島大学の兼子伸吾教授らの研究チームは、大久野島に生息するアナウサギと、それに関わる生物を対象に調査研究を進めています。この調査は、『うさぎのしま』(近藤えり・たてのひろし、世界文化社、2025 年 6 月発行、図 1)の制作チームからの依頼をきっかけに始まり、島のアナウサギの由来の他、島内の生物の現状などについて調べています。
研究チームが、2024 年 3 月に大久野島を訪れた際、「若いオスのウサギがイノシシによって捕獲された」という目撃情報を得ました。また、調査中には、ウサギを捕獲したと推測されるイノシシの個体を確認し、人間との距離の近さにも驚かされました。そこで、現地の状況に詳しい呉工業高等専門学校の小倉亜紗美准教授、大久野島でウサギの調査を続けてきた絵本作家の近藤えり氏、その協力者の方々とともに、大久野島におけるイノシシの行動とその背景にある要因について検討しました。
◎研究の内容
2024 年 3 月 5 日午後 3 時頃、イノシシが争っていた 2 匹のオスのウサギに近づき、そのうち 1 匹をくわえ、鼻先で転がし、石段に打ちつけた後、森林内へ運ぶ様子が目撃されました。イノシシがウサギを食べること自体は、海外の研究でも報告されています。しかし、多くの場合、それは主に死体の利用と考えられており、健康なうさぎの捕食は懐疑的にみられていました。今回の観察事例は、そのような従来の見解を覆すものであると言えます。
またイノシシのそのような行動が観察されるに至った背景には、きわめて多数のウサギが島内に生息していること、観光客が持ち込み食べ残されたエサをイノシシが食べること、多数発生するウサギの死体がイノシシにとってのエサ資源になっていること等、が考えられました。また 2017 年にも観光客により生きたウサギへの捕食が目撃されています。このことはイノシシによるウサギの捕食行動に繰り返し生じている可能性があります。
そして、イノシシのこのような行動の誘発には、特に観光客の数に依存するエサの量や多数のウサギの死体の存在、ウサギが食べ残したエサのイノシシによる消費などが影響していると考えられました。こうした複数の要因が重なることで、イノシシによるウサギの捕食という行動が生じやすい状況になっていた可能性があります。また、多数の観光客が訪れるという大久野島の特徴も、このような比較的まれな出来事の観察につながったとも言えるでしょう。
■成果の意義
本研究は、大久野島におけるイノシシのウサギ捕食を単なる珍しい動物行動の記録ではなく、観光によるエサやりが生態系に与える間接的影響を考えるうえで重要な事例となります。大久野島では、イノシシによるウサギ捕食や観光客との接触が注目されやすく、観光客の安全確保の観点からイノシシ対策が必要となります。しかし、本研究が強調するのは、イノシシの存在だけが中心的な問題ではありません。観光客による大量かつ十分に管理されていないエサやりは、大久野島の植生の許容量を超えるウサギが生息しています。そして、ときに大量に残されるエサがウサギ以外の動物にも影響を与えているということが一連の調査から明らかになりつつあります。そういった問題こそが生態系の管理上の根本的な課題であると言えるでしょう。
実際に、大久野島ではウサギの採食によって低い位置の枝や葉が失われ、「ラビットライン」と呼べるような植生への影響が確認されています。また、ウサギがアジサイやキョウチクトウのような有毒植物をかじる痕跡も観察されています。これは、島内の餌資源が不足していることを示す重要な証拠です。
大久野島は、国立公園であり、戦争遺跡を有する歴史的な場所であり、同時に観光地でもあります。そのため、単に「ウサギを守る」「イノシシを駆除する」という一面的な対応ではなく、観光、動物福祉、生物多様性保全、安全管理を総合的に考える必要があります。大久野島の事例は、野生動物観光や動物とのふれあいを観光資源とする地域において、給餌管理のあり方を見直すための重要な示唆を与えるものです。
◎図説は添付のPDFよりご確認ください
■著者のコメント
呉工業高等専門学校 人文社会系分野 准教授 小倉亜紗美
大久野島のウサギは可愛いです。ところが、ウサギのためにと与えたエサが、ウサギの数を増やし、観光客が少ない時にはエサが足りなくなる、不適なエサで健康を害する、イノシシを含めた野生生物に襲われるなど、いろいろな事象を引き起こしています。島の植生や地形などに与える影響も大きくなっています。持続可能な観光に向けて、野生生物への給餌の影響を知り、その関わり方について考えることが大切だと思います。
■絵本作家 近藤えり
大久野島はかつて毒ガスを製造していた島です。1 時間歩けば一周できるような小さな島に何百匹という外来種のアナウサギが生息し、観光客が大挙する状況は、やっぱり「不自然」ではあります。ウサギはカワイイです。でも、カワイイから、可哀想だから、と際限なくエサを与える行為が、島の生き物たちの関係をどこか「不自然」なものに変えていることを私たちは知る必要があるのではないでしょうか。その行為が、めぐりめぐってどういう結果をもたらすのか、そして戦争の加害の歴史を今に伝える島をどんな形で未来に伝えていくのか。これらの問いについて、みんなで考えてほしいのです。
■福島大学共生システム理工学類 教授 兼子伸吾大
久野島で起きていることは、単に「イノシシがウサギを襲った」という話ではありません。観光客によるエサやりが、ウサギの個体数、植生、そしてイノシシなど他の野生動物の行動にまで影響していることを示唆しています。大久野島を取り巻く状況や問題は複雑です。簡単で誰もが納得するような解決策はありません。であるからこそ、この島における負の側面から目を背けることなく、長い時間をかけてでも科学的な調査と関係者の対話を重ねながら、大久野島のより良い形を探っていく必要があります。
■掲載論文情報
【タイトル】
Wild boar predation on feral rabbits in a tourist-fed island population: ecological and management implications from Okunoshima Island, Japan
【著者】
兼子伸吾、高木俊人、馬場聖子、近藤えり、小田悠人、髙村玲央、奈良岡胡春、小室宗士、丸本智也、山内正之、舘野鴻、小倉亜紗美
【研究組織】
福島大学共生システム理工学類、神戸女学院大学生命環境学部、呉工業高等専門学校、大久野島から平和と環境を考える会
【掲載誌】
Journal of Ecotourism
【公開日】
2026年7月30日 WEB 公開予定
【DOI】
https://doi.org/10.1080/14724049.2026.2705843
■参照情報
作品名:『うさぎのしま』
著者:近藤えり、たてのひろし
出版年月日 :2025 年 6 月 10 日
ISBN: 9784418258260
https://books.sekaibunka.com/book/b10135025.html










