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2026-09-14

腸内の有益菌が腸炎に関わる細菌を抑える新たな仕組みを解明 ―有益菌群が作るトリプトファン由来のインドール類が腸内細菌叢と免疫の双方に作用―

寄稿者:島根大学

《ニュース概要》
◆ 本件のポイント
・健康な人の腸から分離したクロストリジア菌群が、マウス腸炎を改善することを明らかにしました。
・クロストリジア菌群が作るインドール類が、大腸菌、クレブシエラやフソバクテリウムなどの腸炎関連菌を直接抑える新たな機序を発見しました。
・インドール類によって腸炎関連菌を抑えて腸内細菌叢を整える作用①と、宿主の AhR を介して免疫を調節する作用②という、二つの仕組みで腸炎を改善することを明らかにしました。

◆ 本件の概要
島根大学医学部 内科学講座 内科学第二の岡明彦助教と、米国ノースカロライナ大学の Sartor 教授を中心とする国際共同研究チームは、国内外の大学・研究機関・企業と共同で、健康な人の腸内から分離したクロストリジア菌群 1, 2)による腸炎改善効果とその作用機序を、複数のマウス腸炎モデルと培養実験で解析しました。潰瘍性大腸炎やクローン病は、腸に慢性的な炎症を起こす炎症性腸疾患(IBD)で、国の指定難病です 3, 4)。その病態には、免疫反応の異常に加え、大腸菌、クレブシエラやフソバクテリウム 5)などの腸炎関連菌が増加する腸内細菌叢の乱れが関わっています。クロストリジア菌群は制御性 T 細胞を誘導し腸炎を予防する作用が知られていましたが、発症後の腸炎に対する治療効果は分かっていませんでした。本研究において、腸炎成立後のマウスにクロストリジア菌群を投与すると、腸炎関連菌が減少し、炎症が改善しました。また、菌群が作るトリプトファン由来のインドール類が、複数の腸炎関連菌の増殖を直接抑えるとともに、腸管の免疫やバリア機能を調節する AhR(芳香族炭化水素受容体)を活性化しました。これにより、本菌群が、腸内細菌叢を整える作用と、AhR を介して宿主免疫を調節する作用という二つの経路で腸炎を改善することが明らかになりました。本成果は、腸炎の病態形成機序の解明につながるとともに、腸内細菌叢と宿主免疫の双方を標的とする次世代生菌製剤の設計、既存治療との併用や寛解維持への応用に向けた基盤となります。健康な腸内環境を支える特定のクロストリジア菌群は、IBD に加えてさまざまな疾患や加齢に伴っても減少することが知られており、本成果の予防医学分野への展開も期待されます。

本研究成果は、「Cell Host & Microbe」オンライン版に2026 年 8 月 26 日付で掲載されました。


◆ 主な研究成果と展望
・背景
炎症性腸疾患(IBD)は、潰瘍性大腸炎とクローン病を含む慢性炎症性疾患です。潰瘍性大腸炎とクローン病はいずれも国の指定難病で、日本でも多くの患者が治療を受けています。IBD では、免疫反応の異常だけでなく、腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)が病態に関わります 10)。特に、一部の大腸菌、クレブシエラ、エンテロバクター、フソバクテリウムなどは、腸炎を促進し得る「腸炎関連菌(パソバイオント)」として注目されています。一方、健康な腸内環境を支える特定のクロストリジア菌群は、IBD で減少することが報告されています 10)。また、慢性腎臓病や肝硬変などの慢性疾患や加齢に伴っても減少することが報告され、その減少が病気の発症や病態に関わる可能性が指摘されてきました。これらの菌群は「短鎖脂肪酸」を産生し、制御性 T 細胞を誘導することで腸の恒常性を支え、腸炎発症を「予防」することが知られていました 1, 2)。しかし、クロストリジア菌群がすでに発症した腸炎を「治療」できるのか、また、「短鎖脂肪酸―制御性 T 細胞」経路以外にどのような作用機序があるのかは明らかではありませんでした。

そこで本研究では、健康な人の便から選び出した 17 株のクロストリジア菌群を複数のマウス腸炎モデルに投与し、治療効果を検証するとともに、同菌群が腸炎関連菌を抑え、宿主免疫を調節する仕組みの一端を明らかにしました。本研究は島根大学医学部 内科学講座 内科学第二 岡明彦助教と米国ノースカロライナ大学National Gnotobiotic Rodent Resource Center 所長の Sartor 教授を中心に、米国 JanssenResearch & Development の Bongers 先生、San Mateo 先生、島根大学の三島講師、順天堂大学の大草先生、慶應義塾大学の本田先生、福田先生、九州大学の新先生らと共同で行いました。

・研究成果
1.クロストリジア 17 菌株のうち薬剤耐性に関する安全性を考慮して 11 菌株を選定
臨床応用を見据え、薬剤耐性に関連する遺伝子と抗菌薬感受性を調べ、17 株から 11 株を選定しました。本研究では 11 株群と 17 株群を用いました。11 株群は現在 VE818、17 株群から1株を除いた16株製剤はVE202として臨床開発されています。臨床試験登録番号:VE202:NCT03931447、VE818:NCT03723746、VE202 第 2 相:NCT05370885。

2.予防効果だけではなく、すでに発症した複数のマウス腸炎を改善
複数のマウス腸炎(ヒト腸内細菌を定着させた T 細胞移入モデル、IL-10 欠損モデル、腸炎関連菌を定着させた無菌マウス)で検証しました。腸炎成立後に 11 菌株または 17 菌株を投与すると、便性状、炎症マーカー、組織学的炎症、炎症性サイトカインが改善しました。17 菌株群は抗炎症物質である IL-10 を欠く条件の腸炎も軽減し、IL-10 を産生する制御性 T 細胞以外の作用が示唆されました。

3.大腸菌、クレブシエラ、フソバクテリウムなどの腸炎関連菌を選択的に減少
両菌群はヒト由来腸内細菌叢に含まれるエンテロバクテリア科細菌を減少させました。特に 17菌株群は、クレブシエラ、エンテロバクター、大腸菌からなる腸炎惹起性 3 菌株の量を有意に減少させ、腸炎を改善しました。クローン病患者由来の大腸菌と潰瘍性大腸炎由来のフソバクテリウムを用いたモデルでも同様の傾向が確認されました。

4.インドール類が腸炎関連菌を直接抑制
菌群投与後の腸内では、トリプトファン由来のインドール、インドール-3-プロピオン酸、インドール-3-酢酸などが増加しました。培養実験では、インドール、インドール-3-プロピオン酸(IPA)、インドール-3-酢酸が、ヒト由来腸炎関連菌群(クレブシエラ、大腸菌、エンテロバクター、フソバクテリウムなど)の増殖を直接抑制しました。インドール類の濃度が高いほど、抑制効果が高いことも確認できました。

5.宿主の AhR 経路も介して腸炎を改善
インドール類は、腸管の免疫・バリア機能を調節する AhR(芳香族炭化水素受容体)を活性化します。AhR 阻害薬により 17 菌株群の腸炎改善効果は弱まり、菌群が「腸炎関連菌の直接抑制」と「AhR を介する宿主応答」の二つの経路で働くことが示されました。

6.その他(複数の新規実験モデルと実験方法を活用)
本研究では新規の腸炎モデル(ヒト腸内細菌を定着させた T 細胞移入モデル、IL-10 欠損モデル、無菌マウスに腸炎関連菌を定着させたマウス)を確立しました。また、新規の細菌学的手法(糞便と細菌の共培養方法、標準菌を加えて菌数を補正する方法の併用)や生菌製剤の開発手順を確立しました。

・臨床開発
本研究で解析した 17 菌株は、その後、抗菌薬耐性に関する安全性を考慮して 1 菌株を除いた16 菌株製剤 VE202 へと改良され、軽症から中等症の潰瘍性大腸炎患者を対象とする国際第 2相試験に進みました。同試験では、新たな安全性上の懸念は認められませんでした 12)。また、探索的解析では、VE202 に反応した患者において、便中炎症マーカー(カルプロテクチン)と腸炎関連菌(エンテロバクテリア科細菌)の減少が大きいことが示されました 11)。一方、試験全体では、8 週時点の主要評価項目および副次評価項目において VE202 の有効性はプラセボを上回らず、全体として臨床的有効性は確認されませんでした 12)。(臨床試験登録番号:VE202:NCT03931447、VE818:NCT03723746、VE202 第 2 相:NCT05370885)。これらの臨床結果は、VE202 単独では活動期潰瘍性大腸炎の寛解導入に十分でない可能性を示す一方、VE202 がヒトの腸内細菌叢を調節する可能性を示唆します。本研究グループは、免疫抑制治療で炎症を制御した後の寛解維持、あるいは既存治療との併用など、微生物治療の適切な位置づけを検討する必要があると考えています。

・本研究の意義
従来の「有益菌が免疫を整える」という説明に加え、有益菌が作るインドール類が腸炎関連菌を直接抑えることを明らかにしました。これまで細菌が他の細菌を制御するメカニズム(細菌相互作用)はいくつか報告されていますが 9)、本研究では、ヒト由来クロストリジア菌群が作るインドール類が、複数の腸炎関連菌を直接抑えることを明らかにしました。今後の治療薬や研究のターゲットになりうる発見と考えています。
複数のヒト由来腸内細菌・腸炎関連菌モデルで、腸炎成立後の治療効果を再現しました。
細菌叢の修復と宿主免疫の調節を同時に狙う、次世代生菌製剤の合理的な設計指針を提示しました。
新規の腸炎モデルや実験手法も提示しました。今後の基礎研究や前臨床試験の参考になると考えています。

・今後の展望
今後は、インドール類をマウスに直接投与する実験や、菌群のトリプトファン代謝遺伝子を操作する実験により、体内での因果関係をさらに検証する必要があります。また、どの患者で菌群が定着しやすく、腸内細菌叢や便中カルプロテクチンが改善するかを予測するバイオマーカーの開発が重要です。特に、IBD 患者では IPA などのインドール類が低下することが報告されているため、投与前にこれらが低下している患者で治療効果が高いかを検証し、患者選択に活用できるかを検討する必要があります。

大腸菌やクレブシエラなどのエンテロバクテリア科細菌の増加や、健康な腸内環境を支える特定のクロストリジア菌群の減少は、IBD だけでなく、慢性腎臓病や肝硬変、加齢に伴う腸内環境の変化でも報告されています。こうした腸内細菌叢の乱れは、腸管バリア機能の低下(いわゆるリーキーガット)や全身性炎症と関連する可能性があります。本成果は、IBD 以外の疾患の病態解明や治療法開発に加え、将来的には加齢などに伴う腸内環境の変化を対象とした、健康維持や発症予防を目指す予防医学研究にもつながる可能性があります。

さらに、既存の生物学的製剤・低分子薬との併用や、寛解維持・再発予防における有用性を検討することも重要です。なお、本成果は直ちに VE202 の臨床的有効性、IBD 以外の疾患への有効性、または健常者への予防効果を証明するものではありません。主な実験はマウスおよび培養系で行われており、ヒトでの有効性と最適な使用方法を確立するには、追加の臨床研究が必要です。

◆ 論文情報
論文名
Defined human Clostridia consortia reverse colitis via dual effects oftryptophan metabolites on microbiota and immunity(ヒト由来クロストリジア菌群はトリプトファン代謝産物による腸内細菌叢と免疫への二重作用を介して腸炎を改善する)

掲載誌
Cell Host & Microbe

公開日
2026 年 8 月 26 日

オンライン公開リンク
https://authors.elsevier.com/sd/article/S1931-3128(26)00323-9

DOI
https://doi.org/10.1016/j.chom.2026.08.003

◆ 研究支援と利益相反
本研究の一部は、米国国立衛生研究所(NIH)傘下の国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所(NIDDK)の研究費(P01DK094779、P30DK034987)、NIH Office of the Director の研究費( P40OD010995 )、 Crohn’s & Colitis Foundation Research Fellowship Awards(407007:岡明彦、254969:三島義之)、Janssen Research & Development、およびJSPS 科研費 JP21K15951(岡明彦)の支援を受けて実施されました。利益相反については、Sartor 教授は、VE202 および VE818 の開発権を保有する Vedanta のコンサルタントを務めています。また、Janssen との研究契約により、本研究の一部に対する研究支援を受けました。詳細は原著論文の利益相反開示をご参照ください。

◆ 用語解説
炎症性腸疾患(IBD):
国の指定難病である潰瘍性大腸炎(指定難病 97)3)とクローン病(指定難病 96)4)を中心とする、消化管に慢性炎症を生じる疾患の総称。

腸内細菌叢/ディスバイオーシス:
腸内に存在する細菌群全体を腸内細菌叢と呼ぶ。構成や機能が病的に乱れた状態がディスバイオーシス。

クロストリジア菌群:
腸内に常在する嫌気性細菌の大きなグループ。本研究では、新幸二教授、本田賢也教授、福田真嗣教授らの研究チームが健康な人の便から分離・選定し、機能を解析した 17 株 1, 2)と、その中から薬剤耐性に関連する遺伝子や抗菌薬感受性を調べて選定した 11 株の菌群を用いた。

生菌製剤(Live biotherapeutic product):
病気の予防・治療を目的として、生きた微生物を成分とする標準化された製剤。一般的な食品としてのプロバイオティクスとは開発・品質管理の位置づけが異なる。

腸炎関連菌(パソバイオント):
通常は腸内に存在し得るが、宿主の遺伝的背景や免疫状態、細菌叢の乱れによって病原性を示し、炎症を促進する微生物。本研究で用いた大腸菌、クレブシエラ、フソバクテリウムなどの菌株は、その代表例である。

インドール類:
食事に含まれるトリプトファンを腸内細菌が代謝して作る化合物群。トリプトファンは、体内で作ることができず食事から摂取する必要がある必須アミノ酸の一つで、大豆製品、乳製品、卵、肉、魚などのタンパク質を多く含む食品に含まれる。本研究では、インドール類が腸炎関連菌の増殖抑制と宿主 AhR 経路の活性化に関与した。インドール類の作用は種類や濃度によって異なり、高濃度では細胞に有害な作用を示す場合がある一方、近年では、腸管バリアの維持や免疫調節などの有益な作用も明らかになっている。

AhR(芳香族炭化水素受容体):
細胞内に存在し、腸内細菌が作るインドール類などの低分子化合物が結合すると活性化される受容体。活性化されると核内に移動して遺伝子の働きを調節し、腸粘膜の免疫応答やバリア機能の維持に関わる。

◆参考文献
1. Atarashi K, Tanoue T, Oshima K, et al. Treg induction by a rationally selected mixture of clostridia strains from the human microbiota. Nature. 2013;500(7461):232–6

2. Furusawa Y, Obata Y, Fukuda S, et al. Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells. Nature. 2013;504(7480):446–50

3. 公益財団法人難病医学研究財団 難病情報センター.潰瘍性大腸炎(指定難病 97 ).https://www.nanbyou.or.jp/entry/62(2026 年 9 月 6 日閲覧)

4. 公益財団法人難病医学研究財団 難病情報センター.クローン病(指定難病 96 ).https://www.nanbyou.or.jp/entry/81(2026 年 9 月 6 日閲覧)

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