摂南大学
摂南大学(学長:久保康之)理工学部生命科学科・西村仁教授、島田幸拡助教、薬学部・表雅章教授、河合健太郎教授、軽尾友紀子講師の研究グループは、「高温下でヒトを含む多くの生物のオスが不妊傾向を示すのはなぜか?」という生物学的問いに対して 、線虫(Caenorhabditis elegans)を使った研究でその仕組みの一端を明らかにしました。
【本件のポイント】
精子が受精能を獲得する過程で、温度によって選択的に制御される仕組みがあることを発見
線虫の雄性生殖細胞が“暑さ”を感じる仕組みの一端を明らかに
地球温暖化や熱ストレスへの関心が高まる中、温度とオスの生殖機能の関係を理解する新たな手掛かりに
精子は、作られた直後から卵子と受精できるわけではありません。精子が成熟する過程で、細胞の形やたんぱく質・膜の状態が大きく変化し、運動能力や受精能力を獲得します。このように細胞が自らの構造や機能を作り変える現象は「細胞リモデリング」と呼ばれます。一方、精子が作られる過程や成熟する過程は環境温度の影響を受けやすいことが知られていますが、温度変化がどのような仕組みでこれらの過程に影響するのかについては、まだ十分に分かっていません。
西村教授らは、体長約 1 mm のモデル生物である線虫の精子に着目しました。精子になる前の未成熟な精細胞の中には「膜オルガネラ」と呼ばれる小さな袋状の構造があり、精子への成熟に伴って細胞膜と融合することで、細胞リモデリングが活性化されます(図 1)。この膜融合(MOF)は、精細胞が運動・受精できる精子へと“変身”するための重要なステップです。マウスにも類似した膜融合の反応(先体反応,ASR;図 1)が起こり、やはり精子の受精能獲得に必要です。
本研究では、いろいろな化合物を探索して、MOF と ASR の両方を誘導する低分子化合物DDI-4 を発見しました(図 1)。DDI-4 により誘導される線虫 MOF には、アミノ酸を運ぶ運搬RNA に化学的な修飾を施す酵素 NSUN-2 や、脂質を介して細胞内に情報を伝える酵素SPHK-1が関わっていることが分かりました。また、DDI-4 は SPHK-1 と結合することが示唆されました。興味深いことに、DDI-4 を介さない別の方法で MOF を誘導した場合には温度の影響がほとんど見られず、精子の成熟を制御する仕組みの中に「温度に敏感な経路」が存在することが示されました。
更に、NSUN-2 が産生されないオス線虫または高温下で飼育された野生型のオス線虫では、精子の成熟過程に加えて、精子が作られる過程にも異常があることが発見されました。NSUN-2は運搬RNAをメチル化することで一部のたんぱく質の翻訳※1に関係しており、それらのたんぱく質の中に精子の形成や成熟に関係しているたんぱく質が存在することが考えられました(図 2)。
また、線虫は進化的に哺乳類と約 7 億年離れているにもかかわらず、DDI-4 はマウスの精子でも ASR を誘導したことから、マウスにも線虫と同じ仕組みが存在する可能性が考えられました。実際、線虫 NSUN-2 の相同分子※2としてマウスにも NSUN2 が存在し、NSUN2 が欠損したオスマウスでは、精子が作られないことが報告されています。今回の成果は、細胞が温度変化をどのように受け取り、生殖細胞※3 の機能へと反映させるのかを理解する新たな手掛かりとなります。将来的には、温度と雄性生殖機能との関係や、男性不妊の原因を理解する研究への発展が期待されます。
用語説明:
※1 たんぱく質の翻訳
通常、「遺伝子→RNA→たんぱく質」という流れでたんぱく質が産生される。RNA からたんぱく質が産生される過程を翻訳と呼ぶ。
※2 相同分子
異なる生物種に存在する、進化的に共通の起源を持つよく似た分子。
※3 生殖細胞
将来、精子または卵子になる細胞を指し、精子になる生殖細胞を雄性生殖細胞と呼ぶ。雄性生殖細胞の場合、減数分裂を介して精母細胞から精細胞が作られる。
論文情報
論文名
DDI-4 induces a temperature-sensitive exocytotic remodeling during C. elegans spermiogenesis via nsun-2–dependent sphingosine signaling(和訳:DDI-4 は線虫の精子完成過程において nsun-2 遺伝子依存的なスフィンゴシンシグナリングを介して温度感受性のエキソサイトーシス性精子リモデリングを誘導する)
著者
Yoshihiro Shimada, Riona Shiraki, Chihiro Ogawa, Nana Kanazawa-Takino, Yukiko Karuo, Kentaro Kawai, Masaharu Hashimoto, Ayaka Yoshida, Arata Honda, Jun Adachi, Jun-Dal Kim, Akiyoshi Fukamizu, Masaaki Omote, and Hitoshi Nishimura
雑誌名
PLOS Genetics
DOI
10.1371/journal.pgen.1012275
URL
https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1012275
公表日
2026 年 8 月 27 日(オンライン公開)










