寄稿者:東京農工大学
国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授らの研究チームは、アオバネワライカワセミに発生した全身性アミロイドーシスを病理学的に解析し、鳥類ではじめてフィブリノゲンAα鎖注 1)アミロイドーシスを報告しました。本研究の特徴は、限られた研究資源を活用したアプローチ方法にあります。本研究では、病理組織標本として保存されていたホルマリン固定パラフィン包埋組織を用いた RNA-seq 注 2)によって蛋白質データベースを構築し、アミロイド注 3)沈着物の質量分析注 4)データと統合して解析することで、アミロイドの原因タンパク質をフィブリノゲンAα鎖と同定することに成功しました。本研究手法は、動物園・水族館・野生動物診療などで得られる貴重な病理材料を最大限に活用し、未知の疾患を明らかにする新しい比較病理学的アプローチとして期待されます。
本研究成果は、Veterinary Pathology(8 月 24 日付)に掲載されました。
論文タイトル:Systemic fibrinogen Aα-chain amyloidosis in a blue-winged kookaburra (Dacelo leachii): The first non-AA systemic amyloidosis in avians
URL: https://doi.org/10.1177/03009858261480622
【現状】
アミロイドーシスは、生体内のタンパク質が異常に折り畳まれ、「アミロイド」と呼ばれる線維状物質となって組織に沈着し、臓器障害を引き起こす疾患群です。アミロイドーシスは、原因となるタンパク質の種類によってさまざまな病型に分類されます。人では 40 種類以上、人以外の哺乳類でも 20種類以上のアミロイドーシス病型が知られています。一方、鳥類で知られていたアミロイドーシスは、全身性 AA アミロイドーシスと脳に沈着する Aβ アミロイドーシスの 2 病型だけでした。また、アミロイドーシスの病型を正確に同定するには、沈着したアミロイドを構成するタンパク質を明らかにする必要があります。近年、質量分析を用いたアミロイド病型同定が有用な手法として用いられていますが、質量分析データの照合には正確なタンパク質配列データベースが不可欠です。そのため、ゲノム情報やタンパク質配列情報が十分に整備されていない希少動物では、原因タンパク質の同定が大きな課題となっていました。
【研究体制】
本研究は、東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授、同大学院農学府共同獣医学専攻の小林夏海氏、同大学農学部共同獣医学科の榛村朱花氏および幾留真子氏、同大学院農学研究院動物生命科学部門の茂木朋貴テニュアトラック助教、同大学スマートコアファシリティー推進機構の伊藤喜之特任准教授、横浜市立金沢動物園の佐竹優樹氏、株式会社エム・エル・ティー病理診断部の野村耕二氏、東京農工大学ワンウェルフェア高等研究所の岩出進特任助教により実施されました。また、本研究は JSPS 科研費(JP23H02380、JP25K23673)の助成を受けて実施されました。
【研究成果】
研究チームは、動物園で亡くなった 8 歳雄のアオバネワライカワセミ 1 例を解析しました。本症例では、病理組織学的に腎臓の糸球体に結節状のアミロイド沈着が認められたほか、心臓、脾臓、腺胃、筋胃、副腎、膵臓など複数の臓器の動脈壁にもアミロイドが沈着していました。これらの沈着物はコンゴレッド染色で陽性を示し、偏光顕微鏡下でアミロイドに特徴的な黄緑色の複屈折を示しました。さらに電子顕微鏡観察により、アミロイドに特徴的な細い線維構造が確認されました。
次に、アミロイドの原因タンパク質を同定するため、研究チームは FFPE組織注 5)切片からアミロイド沈着物を回収し、質量分析を行いました。しかし、アオバネワライカワセミではゲノム情報やタンパク質配列情報が十分に登録されておらず、質量分析データを正確に照合することが困難でした。
そこで研究チームは、この症例の FFPE組織から RNA を抽出して RNA-seq を実施し、得られた配列をもとに本症例由来のデータベースを構築しました。このデータベースを用いて質量分析データを再解析した結果、アミロイド沈着からフィブリノゲンAα鎖(FibA)が優位に検出されました。
次に、FibA のどの領域がアミロイド形成に関与しているかを調べるため、質量分析で検出されたペプチドを FibA 配列上にマッピングしました。その結果、検出ペプチドは主に FibA の αC コネクタ領域に集中していました。研究チームは、この領域を認識する抗体を用いた免疫染色を実施し、アミロイド沈着が FibA αC コネクタに陽性を示すことを確認しました。これらの結果から、本症例は鳥類で初めてフィブリノゲンAα鎖アミロイドーシスと診断されました。
フィブリノゲンAα鎖アミロイドーシスは、これまで人、ニホンリス、犬などの哺乳類で報告されていました。本研究により、鳥類においても FibA がアミロイドを形成しうることが明らかとなり、FibAのアミロイド形成性が脊椎動物に広く保存された脆弱性である可能性が示されました。
本研究では、出発材料として FFPE組織を用いました。病理組織標本からアミロイド沈着部を回収して質量分析を行うとともに、同一症例の FFPE 肝臓組織から RNA を抽出し、RNA-seq を実施しました。得られた RNA-seq データから in-house データベースを構築し、質量分析データを照合することで、ゲノム情報が不足する非モデル生物種においてもアミロイドの原因タンパク質を同定しました。さらに、免疫組織化学、電子顕微鏡観察、構造予測を組み合わせることで、アミロイド病型の診断を多角的に裏付けました。
【今後の課題】
本研究は、鳥類における非 AA 型全身性アミロイドーシスの存在を初めて明らかにするとともに、ゲノム情報が未整備な非モデル生物種でも、FFPE組織を活用することでアミロイド病型同定が可能であることを示しました。今後、動物園・水族館・野生動物診療などで得られる希少動物の病理材料に本手法を応用することで、これまで AA 型と考えられていた、あるいは原因不明のまま残されてきたアミロイドーシスの中から、新たな病型が発見される可能性があります。
また、FibA アミロイドーシスが鳥類と哺乳類の双方で確認されたことから、アミロイド形成に関わるタンパク質構造の脆弱性や、動物種ごとの発症背景を比較することで、アミロイドーシスの進化的・病態学的理解がさらに深まることが期待されます。
《用語の説明》
注 1)フィブリノゲンAα鎖(FibA)
血液を固める働きに関わるタンパク質のひとつです。通常は止血に重要な役割を担いますが、人やニホンリスなど、一部の生物種ではこのタンパク質の一部がアミロイドを形成することが明らかになっていました。
注 2)RNA-seq
細胞や組織の中で発現している RNA の配列を次世代シーケンサーで網羅的に読み取る解析技術です。本研究では、ゲノム情報が十分に整備されていないアオバネワライカワセミのタンパク質情報を補うために使用しました。
注 3)アミロイド
生体内のタンパク質の誤った折り畳みによって生じる難溶性の細線維です。元となるタンパク質の性質によって、脳や心臓、腎臓など沈着場所が異なり、それぞれの障害臓器に応じた症状を引き起こします。アミロイドの沈着によって生じる病態をアミロイドーシスと呼びます。
注 4)質量分析(LC-MS/MS)
試料に含まれるタンパク質を細かい断片に分解し、その重さや性質を測定することで、どのタンパク質が含まれているかを調べる分析技術です。本研究では、アミロイドを構成する原因タンパク質の同定に用いました。
注 5)FFPE組織
ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋して保存された組織標本のことです。病理診断で広く用いられ、長期間保存できる一方、RNA やタンパク質が劣化しやすいという制約があります。一方で、RNA-seq では短く断片化された RNA 配列も解析対象にできるため、保存状態のよい FFPE組織であれば、組織内で発現していた遺伝子情報を一定程度読み取ることが可能です。本研究では、この特性を活かし、FFPE保存組織を出発材料として、アミロイド原因タンパク質の同定に活用しました。
▼詳細はこちら
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2026/20260825_01.html










