寄稿者:九州大学 、理化学研究所
■ ポイント
1. 甲殻類の一つであるフナムシ(※1)は雑食性であり、「海辺の掃除屋」であることが知られています。
2. 本研究によって、マイクロプラスチックをフナムシに摂食させると、消化器系における遺伝子発現レベルで、薬物系の代謝経路などが活性化する傾向があることが示されました。
3. さらに、消化管の微生物叢の多様性の全体像は変化が少ないものの、部分的にメタン生成に関与する古細菌(※2)群や一部の DNA ウイルスの存在比率が高まる傾向が示されました。
4. このことから、プラスチック汚染(※3)の評価として、海辺の生態系において消化器系の変容を捉える観点が必要であり、将来的に海洋生態系の保全のための介入方法に対する処方箋のヒントになることが期待されます。
■ 概要
九州大学大学院生物資源環境科学府の大学院生 Seokhyun Lee (筆頭著者・当時)、大学院農学研究院大嶋雄治名誉教授、島崎洋平准教授、高井優生助教らは、理化学研究所生命医科学研究センターの大野博司チームディレクター、須田亙チームディレクター、宮本浩邦客員主管研究員らとともに、プラスチック汚染に対するモデル試験系において、消化器系に生理的な変化が生じうることを確認しました。
西日本の海岸に生息するフナムシ(Ligia spp.)は、発泡ポリスチレン(EPS)を摂取し、マイクロプラスチックとして糞中に排出しますが、消化器系への影響は十分に分かっていませんでした。本研究では、室内曝露実験により、EPS を与えたフナムシと絶食させた対照群の腸を比較し、遺伝子発現と腸内微生物叢をマルチオミクス解析によって調べました。その結果、EPS 摂取群では、異物代謝に関わる酵素(シトクロム P450、UDP-グルクロン酸転移酵素、スルホトランスフェラーゼ)の遺伝子発現が上昇していました。一方、腸内微生物叢の全体構造には変化がないものの、Methanospirillum など一部のメタン生成古細菌やウイルスが、EPS群でのみ検出されました。本研究は、マイクロプラスチックによる海洋生態系への影響を改めて多面的に理解する必要性があることを示しています。
本研究成果は、2026 年 7 月 31 日に海洋環境科学および海洋汚染分野の伝統的な学術誌である「Marine Pollution Bulletin」<1970 年創刊> (Q1 カテゴリー上位 5%ランク)に掲載されました。
一般的に、フナムシは、「海辺の掃除屋」として生態系の保全に関わっています。一方、近年、プラスチック汚染を伴う海辺には、割れて小さくなった発泡スチロール(EPS)などのマイクロプラスチックが打ち上げられています。本研究では、EPS を摂取したフナムシの消化管で何が起きるかを、マルチオミクス解析によって調べました。その結果、環境負荷に対する応答として、異物代謝系(第 I 相・第 II 相の酵素)の活性化が見られ、共生微生物叢では、α/β 多様性に変化はなく、群集全体の構造は保たれていましたが、メタン生成古細菌やウイルスが検出されることが明らかになりました。
■ 研究の背景と経緯
海洋プラスチック汚染は深刻な環境問題であり、マイクロプラスチックが各地で検出されています。一方で、岩礁海岸にすむフナムシ(Ligia spp.)は、「海辺の掃除屋」であり、漁業で使われる発泡スチロール(発泡ポリスチレン、EPS) (※4)を摂取・断片化することも知られています。マイクロプラスチックは水生生物に酸化ストレスや腸内微生物叢の乱れを引き起こすと報告されてきましたが、フナムシのような岩礁海岸の腐食者で、EPS 摂取が遺伝子発現や腸内微生物にどう影響するかは不明な点が多く残されています。フナムシに関する先行研究として、韓国では屋外の個体を対象とした生体サンプルの評価がなされていましたが、宿主の遺伝子発現、または細菌叢を別々に調べたものでした。
本研究は、これらの報告に先立ち、2021 年度より文部科学省の科学研究費プロジェクトの一つとして進めてきたものです。室内での個別飼育による比較実験系を構築し、再現性評価が可能な環境条件下で、対照群と EPS 暴露群を比較しました。宿主の消化管の遺伝子発現と、共生する多ドメイン(細菌、古細菌、真核生物、ウイルス)の微生物叢を、オミクス解析技術によって併せて評価しました。
■ 研究の内容と成果
フナムシが EPS を摂取することを確認したうえで、生存への影響を調べました。EPS 群と対照群を死ぬまで観察し(各群 10 個体、2 回反復)、平均生存日数は EPS 群 27.8 日、対照群 31.6 日で、有意な差はなく、EPS 摂取が生存に明らかな悪影響を及ぼす証拠のない条件で以下の評価を実施しました。
消化管における遺伝子発現パターンを RNA-seq により解析し、R と Python の二つの実装(DESeq2 および PyDESeq2)で差次的発現を検出して、結果の頑健性を確認しました。両手法で一致した信頼性の高い 25 遺伝子のうち、17 個が上昇、8 個が低下していました。上昇した遺伝子には、異物代謝に関わる酵素(シトクロム P450、UDP-グルクロン酸転移酵素、スルホトランスフェラーゼ)が含まれ、第 I相・第 II 相の解毒経路が協調的に活性化するパターンが見られました。DNA 修復関連遺伝子(Xpa)も上昇していました。
一方、消化管の微生物叢では、α 多様性・β 多様性のいずれも、どのドメインでも群間で有意な差はなく、群集全体の構造は保たれていました。個々の分類群では、一部の存在量に傾向差が見られ、Methanospirillum、Desulfurococcus、Halalkalicoccus といった古細菌や T4 様ウイルスの 4 分類群は、対照群のすべてで検出限界以下、EPS 群のすべてで検出という、明確な検出/非検出のパターンを示すことを確認しました。
■ 今後の展開
プラスチック汚染は、「海辺の掃除屋」であるフナムシのような生物にも及んでいました。本研究では、EPS を摂取したフナムシの腸で、異物を処理する遺伝子群が活発になり、メタン生成に関わる古細菌やウイルスが現れることが分かりました。今後はプラスチックを摂取した生物におけるメタン発生の有無を究明する必要があります。
■ 用語解説
(※1)フナムシ
海辺の岩場や堤防でよく見かける、小さな生き物。名前に「ムシ」とつくが昆虫ではなく、エビやカニと同じ甲殻類の仲間。落ち葉や生き物の死がいなどを食べる「海辺の掃除役」で、岩礁海岸の生態系を支えている。
(※2)古細菌(こさいきん)
細菌とは異なる、もう一つの微生物のグループ。見た目は細菌に似ているが、進化のうえでは別の系統で、温泉や深海、動物の腸内など、さまざまな環境にすんでいる。今回登場した「メタン生成古細菌」は、そのなかでもメタンをつくる働きをもつ仲間。
(※3) プラスチック汚染
プラスチックごみが自然環境に流れ出し、たまってしまう問題。とくに 5mm 以下の細かい破片は「マイクロプラスチック」と呼ばれ、海や川、さらには生き物の体の中からも見つかっている。プラスチックは自然には分解されにくく、長い間環境に残り続ける。
(※4)発泡スチロール(発泡ポリスチレン、EPS)
軽くて丈夫な、白いプラスチックの素材。梱包材や、漁業で使う浮きなどに広く使われている。もろく割れやすいため、海に流れ出すと細かく砕けて、マイクロプラスチックになりやすい。
■ 謝辞
本研究は、JSPS 科研費(課題番号 JP21H05058、JP22H03760)および環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20231001)の支援を受けて実施されました。
■ 論文情報
掲載誌:
Marine Pollution Bulletin
タイトル:
Changes in dysbiosis and gene expression in the gut of wharf roach (Ligia spp.) fed with expanded polystyrene
著者名:
Seokhyun Lee, Hirokuni Miyamoto, Yuki Takai, Wataru Suda, Hiroshi Ohno, Yohei Shimasaki, Yuji Oshima*
DOI:
10.1016/j.marpolbul.2026.120200










