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2026-07-15

ニワトリ生殖細胞の発生を制御する遺伝子を発見~希少品種や絶滅危惧鳥類の遺伝資源保存技術の向上に期待~

寄稿者:名古屋大学、九州大学、国立遺伝学研究所


【本研究のポイント】
ニワトリの遺伝資源保存に不可欠な『始原生殖細胞(PGC)』注1)の体外培養・株化効率が、レトロウイルス様遺伝子『ENS-1/ERNI』の発現量と相関していることを発見した。
PGCにおいてCRISPRi 注2)を用いてENS-1/ERNIの制御配列である『SopranoLTR』注3)を抑制すると、細胞の恒常性維持に関わる遺伝子群の発現が低下し、DNA損傷に対して異常な細胞周期の停止を起こして増殖が低下することを突き止めた。
SopranoLTRの発現を抑えたPGCは、ニワトリ初期胚へ移植した際に正常な発生ができなくなることを明らかにした。


【研究概要】
世界の主要な家畜であるニワトリには、名古屋種など多くの地域特有の品種が存在し、それらの遺伝資源を保存することは極めて重要です。しかし、哺乳類とは異なり、鳥類は多量の卵黄と卵殻を持つため受精卵を凍結保存しておくことは困難です。そのため、体外培養した生殖幹細胞である始原生殖細胞(PGC)を凍結保存しておき、必要に応じて他個体の胚に移植して次世代を再生する手法が代替案として期待されています。しかしながら、一部の品種や雌の胚からはPGCを安定的に培養して株化することが難しいという課題がありました。
そこで、名古屋大学大学院生命農学研究科の奥嵜雄也助教、西島謙一教授らの研究グループは、九州大学大学院理学研究院の齋藤大介教授および、国立遺伝学研究所分子生命史研究室の川口茜助教との共同研究により、多様なニワトリ品種におけるPGCの遺伝子発現を網羅的に解析しました。その結果、PGCの胚における正常な発生と体外での培養環境への適応のために、ゲノム中のレトロウイルス由来の遺伝子「ENS-1/ERNI」およびその制御配列である「SopranoLTR」が重要な役割を果たしている可能性を明らかにしました。

本成果は、鳥類の生殖細胞発生における未知の分子メカニズムを解明しただけでなく、絶滅危惧鳥類や貴重なニワトリ品種の遺伝資源バックアップ技術の効率化へ貢献することが期待されます。本研究成果は、2026年7月17日に国際学術誌「iScience」に掲載されます(オンライン2026年6月24日先行公開済み)。


【研究背景と内容】
動物のゲノムには、進化の過程で宿主ゲノムに組み込まれた「トランスポゾン」注4)やレトロウイルス由来の配列が複数存在します。特に、ほ乳類においてはゲノム中の半分弱くらいがトランスポゾンに由来する配列で占められています。こうした配列は、これまでゲノム中の単なる「ジャンク」であり寄生配列であると考えられてきましたが、近年の研究により動物の発生や細胞機能の制御に関与していることが報告されています。一方で鳥類は、ほとんどの種においてゲノム中に占めるトランスポゾンの割合が1割以下であるという特異な性質を持っており、他の脊椎動物で見られるようなトランスポゾンを介した遺伝子制御機構があるかどうかはよく分かっていませんでした。

本研究において着目した「SopranoLTR」は、ニワトリのゲノム中に1,000コピー以上存在し、その一部は「ENS-1/ERNI」という特定のタンパク質をコードするレトロウイルス様遺伝子を保持しています。ENS-1/ERNIタンパク質はニワトリ初期胚や神経前駆細胞で特異的に発現することが知られていましたが、これら因子が生殖細胞の発生や機能維持においてどのような役割を担っているのかは謎に包まれていました。
研究グループは、ニワトリPGCの体外培養の成否を決定づける因子の解明を目的として、まず名古屋大学生命農学研究科附属鳥類バイオサイエンス研究センターにおいて維持されている多様なニワトリ品種からPGCを体外培養し、その株化効率と遺伝子発現をRNA-seq 注5)により網羅的に比較しました。その結果、樹立が容易な品種のPGCではENS-1/ERNIおよびその制御配列であるSopranoLTRの発現が非常に高く、樹立が難しい品種では発現が低いという相関関係を見出しました。
そこで、この遺伝子および配列の機能を調べるため、CRISPRi技術を用いてPGC内のSopranoLTRの機能を抑制するとともにENS-1/ERNI遺伝子の発現を抑制しました。これら細胞に対してRNA-seqによる網羅的遺伝子発現解析を行った結果、細胞内のタンパク質合成を担うリボソームやエネルギーを生み出す酸化的リン酸化に関わる遺伝子群の発現が低下し、細胞の恒常性が低下していることが示唆されました。さらに、薬剤を用いて細胞にDNA損傷を与えると、通常のPGCは強固なDNA修復システムを働かせて生き残るのに対し、機能を抑制したPGCでは細胞周期の異常な停止が起こり、増殖が低下しました。

これら試験管内での実験に加えて、SopranoLTR の機能を抑制したPGCをニワトリの胚盤葉期胚 注6)および2.5日孵卵した胚に移植したところ、胚盤葉期の胚に移植したときにのみ将来の卵巣や精巣になる生殖隆起部へPGCが正しく定着する割合が、対照群に比べて有意に低下しました。このことは、PGCの発生においてSopranoおよびENS-1/ERNIが、特に胚発生の初期段階で重要であることを示唆しています。

これらのことから、進化の過程でウイルスから獲得した遺伝子と制御配列が、鳥類の生殖細胞が正常に発生するために不可欠な要素として組み込まれており、さらにPGCの体外培養においても重要なはたらきを持つ可能性があることが明らかとなりました。


【成果の意義】
これまでゲノムの寄生配列と見なされがちだったレトロウイルス由来のトランスポゾンが、鳥類においても宿主ゲノムと共進化し、生命にとって最も重要な生殖細胞の発生と生存を支えているという新たな生命現象のモデルを提示しました。
実用面においては、これまで株化が極めて困難であった貴重な地鶏品種や、雌由来の胚からPGCを安定して増殖させるための理論的基盤となります。今後、このENS-1/ERNIやSopranoLTRの活性を人工的に高める化合物や培養条件を最適化することで、他種の鳥類遺伝資源を含めたPGCの効率的な培養凍結保存・再生技術の確立へと繋がることが期待されます。

本研究は、科学研究費助成事業(JP22K15027; 奥嵜雄也、JP23K05798; 西島謙一)、情報・システム研究機構戦略的研究プロジェクト(川口茜)および文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトJPNBRP202205; 西島謙一)の支援をうけて実施しました。


【用語説明】
注1)始原生殖細胞(PGC:Primordial Germ Cell):
将来、精子や卵子へと分化し、次世代へ遺伝情報を伝えることができる生殖細胞の中でも最も未分化な幹細胞。多くの鳥類では、胚発生の最初期にその他の体細胞とは別に発生し、その後胚の血液中を循環したのち、生殖腺へと移動する特徴を持つ。

注2)CRISPRi:
DNA切断活性をなくしたCas9タンパク質に遺伝子発現を抑制するドメインを付加することで、DNA配列を物理的に切断することなく、目的遺伝子の発現を抑制することができるゲノム編集技術。

注3)LTR(Long Terminal Repeat):
レトロウイルスやレトロトランスポゾンの両端に存在する塩基配列。宿主細胞内において、近くにある遺伝子の発現スイッチを入れるプロモーターやエンハンサー(発現調節領域)として働くことがある。

注4)トランスポゾン:
生物の設計図であるゲノムの中を自由に移動する「動く遺伝子」のこと。パソコンの「コピー&ペースト(レトロトランスポゾン)」や「カット&ペースト(DNAトランスポゾン)」のような仕組みで、ゲノム中をあちこち転移する性質を持つ。

注5)RNA-seq:
ある細胞の中で発現している遺伝子の種類や量を、次世代シーケンサーを用いて網羅的に調べる分析技術。

注6)胚盤葉:
受精卵の初期発生において、胚が平らな円盤状の細胞層を形成している段階のこと。雌鶏から産まれたばかりの卵はこの発生ステージにある。この時期の細胞は未分化であり、胎仔の体になる全ての組織に分化できる性質を持つ。ただしニワトリにおいては生殖細胞のみPGCとしてすでに分化が完了しており、他の未分化な体細胞とは区別される。


【論文情報】
雑誌名:
iScience
論文タイトル:
The chicken retrovirus-like gene ENS-1/ERNI and Soprano LTR are involved in primordial germ cell development.
著者:
Yuya Okuzaki 1, Akane Kawaguchi 2, Yumi Ozaki 1, Takeo Uemura 1, Daisuke Saito 3, Ken-ichi Nishijima 1
名古屋大学大学院生命農学研究科
国立遺伝学研究所
九州大学大学院理学研究院
DOI:
10.1016/j.isci.2026.116434


▼詳細はこちら
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2026/07/post-1038.html