寄稿者:北海道大学
《ニュース概要》
ポイント
・絶滅の危機に瀕しているニホンザリガニが山奥の河川源頭部に高い確率で生息していることが判明。
・北海道新幹線工事に伴う 747 地点に及ぶ網羅的な環境アセスメントデータを解析。
・ニホンザリガニは「珍しい生き物」ではなく「珍しくなってしまった生き物」である可能性を示唆。
■概要
北海道大学大学院地球環境科学研究院の小泉逸郎准教授、同大学大学院環境科学院博士後期課程の賈 煒氏らの研究グループは、パシフィックコンサルタンツ株式会社及び独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)との共同研究により、北海道新幹線建設に伴う大規模な環境アセスメント調査データを活用し、日本唯一の在来ザリガニである絶滅危惧種ニホンザリガニ(Cambaroides japonicus)の本来の生息環境を明らかにしました。
ニホンザリガニは北海道と青森県の一部にのみ分布する日本固有種で、近年、河川改修や森林開発、外来種ウチダザリガニの侵入などにより各地で減少しています。そのため、現在では「希少な生き物」と考えられていますが、人間活動の影響が少ない環境で本来どの程度生息しているのかについては十分に分かっていませんでした。
研究グループは、北海道新幹線建設に伴って実施された環境アセスメント調査のうち、木古内町から札幌市周辺までの区間において収集された、747 地点に及ぶ大規模データを解析しました。この調査では、建設予定区間沿線 200 km 以上にわたり、アプローチの困難な奥山の小沢も含めて網羅的に調べています。
その結果、調査地点の 94.4%という極めて高い割合でニホンザリガニが確認されました。また、生息地は幅数十 cm、水深 5cm 程度の小さな河川源頭部に集中しており、広域的には人間活動の少ない森林環境が重要であることが明らかになりました。
これらの結果は、ニホンザリガニがもともと特殊な環境にしか生息できない「珍しい生き物」ではなく、かつては身近に存在したものの、人間活動の影響によって「珍しくなってしまった生き物」である可能性を示しています。
本研究は、北海道新幹線という大規模インフラ事業で蓄積された環境調査データを、絶滅危惧種の保全研究へ活用した事例でもあります。事業者、環境コンサルタント、研究機関が連携することで、社会基盤整備に伴う環境情報を生物多様性保全へ還元できる可能性を示しました。
なお、本研究成果は、2026 年 7 月 7 日(火)公開の Journal of Crustacean Biology 誌にオンライン掲載されました。
上図:絶滅危惧種ニホンザリガニと源頭部の生息地。
【背景】
ニホンザリガニ(Cambaroides japonicus)は北海道と青森県の一部にのみ生息する日本唯一の在来ザリガニです。冷たくきれいな水が流れる小河川や湖沼に生息し、北半球のザリガニ類の中でも古い系統に属することから、生物進化や生物地理を理解する上でも重要な種です。
しかし近年、河川改修や土地利用の変化による生息環境の悪化、外来種ウチダザリガニの侵入などにより各地で減少しており、環境省レッドリストでは絶滅危惧 II 類に指定されています。一方で、これまでの分布調査は道路沿いや人里近くなどアクセスしやすい場所に偏りやすく、人間活動の影響がほとんどない本来の自然環境において、ニホンザリガニがどの程度生息しているのかは十分に分かっていませんでした。
特にニホンザリガニの主要な生息場所である河川源頭部は、山間部に無数に存在する小さな沢であり、人がほとんど立ち入らない奥地まで含めて広域的に調査することは通常の研究では極めて困難です。
そこで本研究では、北海道新幹線建設に伴って実施された大規模環境アセスメント調査データに着目しました。この調査では、建設予定区間沿線 200 km 以上にわたり、影響を受ける可能性があるほぼ全ての河川について、アプローチの困難な奥山の小沢も含めて網羅的に調べています。この通常の研究では得ることが難しい大規模かつ偏りの少ないデータを活用し、ニホンザリガニの本来の生息状況と、それを支える環境条件を明らかにしました。
【研究手法】
北海道新幹線建設予定区間(木古内町〜札幌市周辺)で実施された環境アセスメント調査記録から、ニホンザリガニの分布情報を抽出しました。2005 年から 2023 年にかけて調査された 747 地点のデータを用いて、生息の有無、確認個体数、河川環境との関係を解析しました。
各調査地点では、川幅、水深、大きな石の有無、落葉量、日陰の程度、湧水の有無などの環境条件を調べ、それらが個体数に与える影響を解析しました。また、広域的な視点から、土地利用データを用いて森林環境とニホンザリガニの分布との関係を評価しました。
【研究成果】
解析の結果、747 地点中 705 地点(94.4%)という極めて高い割合でニホンザリガニの生息が確認されました。これは、人間活動の影響が少ない河川源頭部では、本種が現在でも広く生息していることを示すものです(図 1)。
環境条件を詳しく調べたところ、ニホンザリガニは川幅数十 cm、水深 5cm 程度のごく小さな河川で多く確認され、大きな石など隠れ場所となる環境が個体数を支える重要な要因であることが分かりました。また、広域的には森林面積が大きい地域ほど生息確率や個体数が高く、森林に囲まれた自然度の高い小河川環境の重要性が明らかになりました。
これまでニホンザリガニは減少が続く「珍しい生き物」と考えられてきました。しかし、人為的影響の少ない地域を広範囲に調査した本研究の結果は、ニホンザリガニがもともと限られた特殊な環境だけに生息する種ではなく、かつては多くの河川源頭部で普通に見られたものが、人間活動によって「珍しくなってしまった生き物」である可能性を示しています。
【今後への期待】
本研究により、ニホンザリガニを守るためには、現在残されている生息地点だけでなく、その周辺の森林や河川源頭部を含む流域全体の自然環境を維持することが重要であることが示されました。また、本来どのような環境で生息できるのかを理解することは、失われた生息地の再生や将来的な保全計画を立てる上で重要な基準になります。
さらに本研究は、環境アセスメントによって蓄積される膨大な自然環境データが、絶滅危惧種研究に大きく貢献できることを示しました。特に大規模インフラ事業では、通常の研究では到達困難な地域を含めた詳細な調査が行われる場合があります。このようなデータを事業者、環境コンサルタント、研究機関が連携して活用することで、開発事業で得られた情報を生物多様性保全へ還元する新たな仕組みづくりが期待されます。
■論文情報
論文名:Extensive environmental assessments for the national Shinkansen railroad project reveal high occurrence of the endangered Japanese crayfish, Cambaroides japonicus (De Haan, 1841) (Decapoda: Astacidea: Cambaroididae), in undisturbed forest streams(北海道新幹線事業に伴う大規模環境アセスメントが明らかにした、未攪乱な森林河川における絶滅危惧種ニホンザリガニの高い生息率)
著者名:賈 煒 1,川井唯史 2,江島 武 3,楠田直矢 3,漆原 強 4,池田幸資 4,小泉逸郎 1,5(1北海道大学大学院環境科学院,2地方独立行政法人北海道立総合研究機構,3独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構,4パシフィックコンサルタンツ株式会社,5北海道大学大学院地球環境科学研究院)
雑誌名:Journal of Crustacean Biology(甲殻類学の専門誌)
DOI:10.1093/jcbiol/ruag035
公表日:2026 年 7 月 7 日(火)(オンライン公開)
【参考図】
下図
図 1.北海道新幹線の予定路線区間(赤線)と調査が行われた地域(字スケール)におけるニホンザリガニの出現確率(ヒートマップ)










