寄稿者:三重大学
《ニュース概要》
・三重県特産ヒトエグサに含まれる「ラムナン硫酸」が、糖尿病性肥満モデルマウスの体重増加と血中脂質指標の上昇を抑制
・高脂肪食による血糖上昇を抑制し、インスリン抵抗性の指標である HOMA-IR を改善
・褐色脂肪組織、肝臓、骨格筋の RNA-seq 解析により、炎症関連経路が広範囲に抑制されることを示唆
・マクロファージ培養細胞でも炎症性サイトカイン遺伝子発現を抑制
・ラムナン硫酸が、糖代謝・脂質代謝の健康維持に関わる機能性食品素材として応用できる可能性を示した
【概要】
三重大学大学院地域イノベーション学研究科の臧黎清特任准教授、医学系研究科の島田康人講師らの研究グループは、江南化工株式会社との共同研究により、三重県特産品の海藻ヒトエグサ由来の多糖類「ラムナン硫酸」(注 1)が、高脂肪食誘導性糖尿病性肥満(注 2)モデルマウスにおいて、体重増加、血中脂質指標、空腹時血糖値、インスリン抵抗性指標(注 3)の悪化を抑制することを明らかにしました。さらに、褐色脂肪組織(注 4)、肝臓、骨格筋組織を対象とした網羅的遺伝子発現解析により、ラムナン硫酸が慢性炎症関連シグナルを広範囲に抑制方向に変化することが示唆されました。また、培養マクロファージ(注 5)細胞実験でも炎症性サイトカイン(注 6)の遺伝子発現抑制作用を確認しました。
本研究成果は、2026 年 7 月 6 日に食品機能性分野の国際学術誌「Journal of Functional Foods」に掲載されます。
【背景】
肥満と 2 型糖尿病は世界的に増加を続けており、両者が併存した状態は「糖尿病性肥満(Diabesity)」と呼ばれています。糖尿病性肥満は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患、脂肪肝、慢性腎臓病など様々な合併症のリスクを高めることから、近年大きな社会問題となっています。糖尿病性肥満では、脂肪組織への過剰な脂肪蓄積に伴い、慢性的な炎症が生じることが知られています。この炎症は脂肪組織だけでなく、肝臓や骨格筋など全身の代謝臓器へ広がり、インスリン抵抗性や脂質代謝異常を引き起こし、病態をさらに悪化させます。そのため、慢性炎症を抑制しながら代謝異常を改善方向に導く可能性のある食品成分や機能性素材の開発が期待されています。
ラムナン硫酸は、三重県が全国有数の生産地として知られる海藻「ヒトエグサ(あおさのり)」に豊富に含まれる硫酸化多糖です。これまでに抗ウイルス作用、抗炎症作用、抗肥満作用、腸内環境改善作用など様々な生理機能が報告されており、当研究グループもこれまでに、ゼブラフィッシュやマウスを用いた試験で、ラムナン硫酸の脂質代謝改善作用を、またヒト臨床試験で便秘改善作用などを報告してきました。しかし、糖尿病性肥満に対する効果や、その分子レベルでの作用メカニズムについては十分に明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、自然発症 2 型糖尿病モデルマウスに高脂肪食を与えた糖尿病性肥満モデルを用いて、ラムナン硫酸の有効性を検証するとともに、褐色脂肪組織、肝臓、骨格筋を対象とした網羅的遺伝子発現解析(RNA-seq)(注 7)により、その作用機構の解明を試みました。
【研究内容】
本研究では、自然発症 2 型糖尿病モデルマウス(NSY/Hos マウス)に高脂肪食を 10 週間与え、ラムナン硫酸の効果を検証しました。その結果、ラムナン硫酸を摂取したマウスでは、体重増加が約 30%抑制されるとともに、血中中性脂肪および総コレステロールがそれぞれ約 23%、約 26%低下しました。また、高脂肪食による空腹時血糖値の上昇が抑制され、インスリン抵抗性の指標である HOMA-IR も約 56%低下し、糖尿病性肥満に伴う代謝異常の改善が認められました。さらに、3D マイクロ CT 解析により、皮下脂肪の蓄積が有意に抑制されていることが明らかとなりました。
次に、ラムナン硫酸がどのような仕組みで作用するのかを明らかにするため、褐色脂肪組織、肝臓、骨格筋を対象として網羅的遺伝子発現解析を実施しました。その結果、TNF シグナル、IFNγ シグナル、S100ファミリーシグナル、好中球脱顆粒経路、病原体誘導サイトカインストーム経路など、炎症に関連する複数のシグナル経路がラムナン硫酸によって抑制方向に変化することが示唆されました。これらの結果は、ラムナン硫酸が複数の代謝臓器において炎症関連経路を調節することで、糖尿病性肥満に伴う代謝異常の軽減に寄与している可能性を示しています。さらに、培養マクロファージ(RAW264.7 細胞)を用いた実験では、炎症刺激物質である LPS によって誘導される TNF-α、IL-6、IL-1β などの炎症性サイトカインの遺伝子発現をラムナン硫酸が抑制することを確認しました。この結果は、ラムナン硫酸が生体内で炎症関連経路を調節するだけでなく、免疫細胞そのものに対しても抗炎症作用を示す可能性を支持するものです。
以上の結果から、ラムナン硫酸は複数の代謝臓器および免疫細胞に作用し、炎症関連経路の調節を介して糖尿病性肥満に伴う代謝異常の軽減に寄与する可能性が示されました。
【今後の展望】
本研究により、三重県特産海藻ヒトエグサ由来のラムナン硫酸が、糖尿病性肥満モデルマウスにおいて代謝異常および炎症関連経路を改善方向に変化させる可能性が示されました。特に、複数の代謝臓器における炎症関連経路の変化を網羅的に明らかにしたことから、ラムナン硫酸が糖代謝・脂質代謝の健康維持に関わる機能性食品素材として応用できる可能性が期待されます。今後は、ラムナン硫酸がどのような分子機構を介して生体機能を調節するのかをさらに詳しく解明するとともに、加齢に伴う代謝機能低下や慢性炎症に対する有効性についても検証を進める予定です。
また、三重県の地域資源であるヒトエグサの新たな機能性の発見を通じて、健康寿命の延伸に貢献する機能性食品や健康関連製品の開発につなげることが期待されます。
なお、本研究はマウスおよび培養細胞を用いた基礎研究であり、ラムナン硫酸またはこれを含む食品が、ヒトの糖尿病、肥満、糖尿病性肥満を予防・治療・改善することを示すものではありません。今後、ヒトでの有効性や適切な摂取条件について、さらなる検証が必要です。
【用語解説】
(注 1)ラムナン硫酸:緑藻類に含まれるラムノースを骨格として連なった硫酸化多糖のひとつであり、緑藻の中でも三重県の特産物であるヒトエグサでの含有量が最も高い。抗ウイルス作用、抗炎症作用、腸内環境改善作用など様々な生理機能が報告されており、機能性食品素材として注目されている。
(注 2)糖尿病性肥満(Diabesity):肥満と 2 型糖尿病が併存した状態を指す造語(Diabetes+Obesity)。慢性的な炎症やインスリン抵抗性を伴い、心血管疾患、脂肪肝、慢性腎臓病など様々な合併症のリスクを高めることが知られている。
(注 3)インスリン抵抗性:インスリンは血糖値を下げる働きを持つホルモンである。インスリン抵抗性とは、インスリンが十分に分泌されていても、その作用が低下して血糖値が下がりにくくなった状態を指す。2 型糖尿病や肥満の発症・進行に深く関与している。
(注 4)褐色脂肪組織:体内で熱を産生する特殊な脂肪組織。余分なエネルギーを熱として消費する働きを持ち、肥満や糖尿病との関連が注目されている。
(注 5)マクロファージ:体内に侵入した病原体や異物を取り込み、排除する免疫細胞の一種。炎症反応の調節にも重要な役割を担っている。一方で、肥満時には脂肪組織に蓄積し、炎症性サイトカインを産生することで慢性炎症やインスリン抵抗性を引き起こすことが知られている。
(注 6)炎症性サイトカイン:免疫細胞などから分泌される情報伝達物質の一種。TNF-α、IL-6、IL-1β などが代表的で、過剰に産生されると慢性炎症を引き起こし、肥満や糖尿病の悪化に関与する。
(注 7)RNA-seq:RNA シーケンス解析(RNA sequencing)の略称。細胞や組織で発現している遺伝子を網羅的に解析する技術で、病気の発症機構や食品成分の作用メカニズムの解明に広く利用されている。
【論文情報】
掲載誌: Journal of Functional Foods
掲載日: 2026 年 7 月 6 日
DOI: 10.1016/j.jff.2026.107402
論文タイトル: Dietary Rhamnan Sulfate is associated with improved metabolic parameters and modulation of inflammation-related pathways in high-fat diet-fed mice
著者: Liqing Zang, Masahiro Terasawa, Koichi Matsuda, Norihiro Nishimura, Yasuhito Shimada










