寄稿者:北海道大学
《ニュース概要》
ポイント
・1970~2020 年代にかけてヘラシギの日本全域の年平均観察個体数は約 90% 減少。
・ヘラシギが観察された 80 地域では、1950~2020 年にかけて砂浜が 58%、干潟が 54%縮小。
・過去 10 年よりも 50 年間の干潟・砂浜面積の縮小が観察個体数の減少と強く関連。
■概要
北海道大学大学院環境科学院博士後期課程の清水孟彦氏と同大学大学院地球環境科学研究院の先崎理之准教授らの研究グループは、過去の文献やバードウォッチャーの観察記録などをもとに、絶滅危惧種の渡り鳥であるヘラシギ*1が日本列島のいつ・どこで記録されたのかを調べました。さらに、1950~2020 年にかけての自然生息地(干潟・砂浜)と人工生息地(埋立地*2)の面積変化を定量化し、観察個体数との関連性を分析しました。その結果、ヘラシギの観察個体数は 1970 年代以降減り続けていましたが、特に 1980~1990 年代の減少が顕著でした。また、自然生息地は 1950 年以降一貫して減少したのに対し、人工生息地は 1970 年をピークに、その 93%が 2020 年までに消失していました。さらに、ヘラシギの観察個体数は、観察時点から 10 年前の自然・人工生息地の面積変化との関連を示さなかった一方、1950 年比で自然生息地が減少した地域ほど有意に少ないことが分かりました。
生息地の縮小が生物の個体数を減少させることは広く知られていますが、影響が現れるまでの時間や複数の生息地タイプ間での影響の違いについては十分に分かっていませんでした。本研究結果は、生息地の変化がヘラシギの分布に反映されるまでには少なくとも 10 年以上の時間を要すること、そして長期的な自然生息地の保全や生物のモニタリングが重要であることを示しています。
なお、本研究成果は、日本時間 2026 年 5 月 25 日(月)公開の Estuarine, Coastal and Shelf Science誌にオンライン掲載されました。
メイン画像:本研究の概要
【背景】
人間活動による土地利用の改変や生息地の消失は、生物多様性の喪失や生物の個体数減少を引き起こす主要因として知られています。生息地消失の影響は、消失からの経過時間や消失した生息地の種類によっても異なると考えられます。しかし、渡り性鳥類の中継地*3 における、もとから存在する自然生息地と人間の手で作られた人工生息地それぞれの長期的・短期的な面積変化が鳥類に及ぼす影響については、これまで十分に明らかにされていませんでした。そこで本研究では、絶滅危惧種の渡り性水鳥であるヘラシギを対象に、日本全国の過去の観察記録と、各観察地点・時点における生息地面積のデータを統合し、観察個体数と生息地変化との関係性を調べました。ヘラシギは世界的に著しく減少している水鳥種で、東・東南アジアの大規模な湿地消失の影響を受けていると考えられています。同種に焦点を当てることで、生息地消失の影響解明に加え、同地域に生息する他種の保全にも貢献できる可能性があります。
【研究手法】
ヘラシギの観察記録は、4 種類の情報源(文献、データベース、バードウォッチャーから提供された情報、信頼性の高いウェブページ)をもとに収集しました。同一個体の重複カウントを考慮するために、1970~2020 年にかけてのヘラシギの飛来個体数を「悲観・楽観的シナリオ*4」という 2 通りで推定し、古いデータに含まれる不確実性をできる限り考慮しました。
生息地のデータは、まず、ヘラシギが観察された全国の沿岸 80 地域を対象に、ヘラシギの潜在的な行動圏範囲を定義しました。その後、国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスを参照し、1950~2020年の間を 10 年ごとに区切り、各年代・各範囲内における自然生息地(砂浜・干潟)と人工生息地(埋立地)を GIS(地理情報システム)上にポリゴンとして描き起こし、それぞれの面積を算出しました。
最後に、ヘラシギの個体数と生息地変化の関係を、統計モデル(一般化線形混合モデル)を用いて分析しました。説明変数として、①長期的な生息地変化率(観察年の面積と 1950 年の面積の比率)、②短期的な生息地変化率(観察年の面積とその 10 年前の面積の比率)、③観察年の生息地残存面積、④観察年(世界的な個体数の減少傾向の影響を調整)、⑤観察努力量、⑥観察地点の緯度を考慮しました。
【研究成果】
1874~2024 年にかけて、悲観的-楽観的シナリオで、計 1,194-1,534 個体のヘラシギが観察されました。十分な観察記録が集まった 1970 年以降のデータを用いて、年代ごとの観察個体数を比較すると、2020 年代の全国のヘラシギ観察個体数は、1970 年代の約 10%に過ぎず、年平均観察個体数は、わずか 3 個体という危機的状況にあることが明らかになりました。この減少は、特に 1980〜1990 年代にかけて急速に生じていました(図 1)。
生息地面積の解析からは、対象の 80 地域において、自然生息地(砂浜と干潟)の面積が 1950~1980年にかけて急速に縮小し、1950 年から 2020 年までに砂浜は 58%、干潟は 54%減少したことが明らかになりました(図 2)。一方、人工生息地(埋立地)の面積は、全体の傾向として、1950~1970 年にかけて急増したものの、それ以降は急速に縮小したことが明らかになりました(図 2)。
ヘラシギの観察個体数と、観察年の 10 年以内に生じた短期的な自然・人工生息地面積の変化との間には有意な関係が検出されなかった一方、1950 年からの長期的な自然生息地の面積変化との間には正の関係が見られました(図 3)。つまり、1950 年以降面積がより減少した地域では、ヘラシギは観察されにくい傾向にありました。例えば、1950 年以降に干潟が 50%減少した地域では、減少していない地域と比べてヘラシギの個体数が 28~32%少ない傾向がありました。同様に、砂浜が 50%減少した地域では個体数が 34~39%少ない傾向が見られました。また、生息地縮小がヘラシギの個体数に与える負の影響は、年代による差はなかったものの、生息地面積が大きい地点ほど大きいことが示されました。
★図説は添付のPDFよりご確認ください
【今後への期待】
本研究は、多様な情報源から種の観察記録を編纂し、生息地面積データと統合することで、中継地での自然・人工生息地の長期・短期変化がヘラシギに与える影響を定量化しました。その結果、両生息地の変化の影響は、変化後 10 年未満の短期的な観察では検出されない可能性が示され、数十年以上のモニタリングの重要性が示唆されます。また、観察記録の約 17%が埋立地で得られたことから、ヘラシギは埋立地を頻繁に利用していたと考えられますが、埋立地の変化と観察個体数との間には有意な関係が認められませんでした。今後は、その理由を、埋立地等の人工生息地の出現期間や質などの観点から調べることで、生物種の個体数維持により効果的な生息地の創出方法を開発することが期待されます。
また、秋季に観察された個体の 90%が幼鳥でした。これは、日本の中継地内の生息地縮小が幼鳥の渡りの成功に影響を及ぼし、生存率や繁殖地への帰還率の低下に繋がっている可能性があります。さらに、ヘラシギが観察された地域の 62%は、他の渡り性水鳥にとっても重要な中継地・越冬地であり、そこでの生息地消失が多くの水鳥種に広く影響を与えている可能性があります。今後は本研究の枠組みを拡張し、自然・人工生息地の変化が他種や水鳥群集に与える影響の検証を進めます。
【謝辞】
本研究は JSPS 科研費 JP23H02257、JP24K22356 の助成を受けたものです。
■論文情報
論文名:The impacts of seventy years of changes in stopover habitats on the critically endangered spoon-billed sandpiper Calidris pygmaea in Japan(日本における 70 年間の中継地変化が絶滅危惧種ヘラシギに与える影響)
著者名:清水孟彦 1、先崎理之 2、北沢宗大 3、柏木 実 4、富田 宏 5(1 北海道大学大学院環境科学院、2 北海道大学大学院地球環境科学研究院、3 国立環境研究所、4NPO 法人ラムサール・ネットワーク日本、5中京学院大学短期大学部)
雑誌名:Estuarine, Coastal and Shelf Science(沿岸生態系の専門誌)
DOI:10.1016/j.ecss.2026.110005
公表日:2026 年 5 月 25 日(月)(オンライン公開)
【用語解説】
*1 ヘラシギ …
世界個体数が数百~千個体と極めて少なく、絶滅リスクが高い渡り性水鳥。IUCN レッドリストでは「深刻な危機(CR)」、環境省レッドリストでは「絶滅危惧種 IA 類」に選定されている。
*2 埋立地 …
農地開拓や経済開発などを目的とした埋立ての初期段階では、干潟に似た湿地環境が形成され、ヘラシギをはじめとする水鳥に頻繁に利用される。
*3 中継地 …
渡り性鳥類が繁殖地から越冬地へ渡る際に、エネルギー補給や休息のために短期間(一般的に、数日~数週間)利用する生息地を指す。
*4 悲観・楽観的シナリオ …
日本に飛来するヘラシギ個体数は極めて少ないため、本研究では、観察個体が同じ個体かを識別している。しかし、例えば比較している 2 羽が同一個体かどうか判断できない場合は、楽観的シナリオでは別々の 2 羽、悲観的シナリオでは同じ 1 羽として数えた。










