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2026-06-11

フグ毒と腸内細菌の新たな関係を解明 ―トラフグ腸内細菌群への影響は塩分環境によって変わる―

寄稿者: 東京大学、長崎大学


《発表のポイント》
・トラフグ稚魚にフグ毒テトロドトキシン(TTX)を与えると、腸内細菌群の機能が塩分条件に応じて大きく変化することを明らかにしました。
・特定の腸内細菌群がアミノ酸やビタミン合成を担うことができる一方、TTX摂取によりその働きが弱まることを初めて示しました。
・魚類の健康管理や養殖環境の最適化、腸内細菌群の機能を効果的に活用した次世代水産養殖技術への貢献などが期待されます。


【概要】
東京大学大気海洋研究所の濵﨑恒二教授と、ワセル マイ海洋科学特定共同研究員(兼エジプト国立海洋水産研究所研究員)、長崎大学大学院総合生産科学研究科の阪倉良孝教授らによる研究グループは、トラフグ稚魚の腸内フローラ(腸内菌群組成)が、塩分環境とフグ毒テトロドトキシン(TTX)の相互作用によって変化することを明らかにしました。

トラフグは自然界で餌を通じてTTXを蓄積しますが、その毒が腸内細菌に与える影響はほとんど分かっていませんでした。同グループは、小型水槽による再現性の高い海産仔魚の飼育実験技術と微量サンプルからの菌叢解析技術を用いることで、トラフグ生育のごく初期段階における腸内菌叢がTTX投与により部分的に変化することを明らかにしていました(関連する情報)。本研究では、さらに異なる塩分条件で飼育した稚魚にTTXを含む餌を与え、16S rRNA遺伝子アンプリコン解析(注1)とショットガンメタゲノム解析(注2)を実施しました。その結果、塩分が腸内フローラを決める主要因であり、さらにTTXが特定細菌の機能を変化させることが分かりました。特に、宿主では合成できないある種のアミノ酸やビタミン合成に関わる細菌機能がTTXによって低下する一方、別の代謝経路は増強されました。本成果は、魚類と腸内細菌の関係解明に新たな視点を与えるものです。本研究の成果は、種苗生産におけるより良い飼育環境の構築や、自然環境における生態解明を通じた適切な資源管理につながると期待されます。


【発表内容】
《研究の背景》
動物の腸内には多様な細菌が生息しており、栄養吸収、免疫機能、病原菌防御などに重要な役割を果たしています。魚類においても、腸内細菌は成長や健康状態、環境ストレスへの耐性に深く関わることが知られています。特に海産魚では、水温や塩分変化などの環境要因によって腸内細菌が大きく変動します。トラフグは日本を代表する高級魚であり、重要な養殖対象種です。また、自然界では強力な神経毒であるTTXを餌から取り込み体内に蓄積すると考えられており、他の魚にはあまり見られない特徴を持っています。しかし、TTXの摂取が腸内細菌にどのような影響を及ぼすのかはほとんど未解明でした。

《研究手法》
研究グループは、トラフグ稚魚を4段階の塩分条件(34.0、17.0、8.5、2.1 ppt)で飼育し、TTXを含む餌または通常餌を10日間与えました。その後、腸内容物からDNAを抽出し、細菌群集構造を調べる16S rRNA遺伝子アンプリコン解析と、細菌群が持つ遺伝子機能を網羅的に調べるショットガンメタゲノム解析を行いました。 

《主な成果》
塩分が腸内フローラを決める最大要因:
海水から低塩分水まで条件を変えると、腸内細菌の顔ぶれは大きく変化し、全ての塩分条件で共通して見られた細菌はわずか5.1%でした。

フグ毒は腸内フローラの機能を塩分依存的に変える:
TTXの摂取により、細菌全体が入れ替わるのではなく、特定の細菌が増減し、腸内フローラが担う機能が塩分条件ごとに変化しました。

栄養を支える有用細菌機能が低下:
Archobacterなどの細菌群は、魚自身では十分に作れないアミノ酸やビタミンB群の合成機能を持っていましたが、TTX摂取でこれらの機能が弱まる可能性が示されました。

代替的な適応応答:
一方で、フェニルアラニン合成能は増加し、Vibrio属細菌がその担い手となっていました。これは毒摂取に対する腸内細菌群の適応応答である可能性があります。 

成長への影響はなし:
TTX投与群でトラフグ稚魚の体長・体重に有意な低下は認められませんでした。

《今後の展望》
本研究により、TTXが腸内細菌群の構成だけでなく、その機能まで変化させることが明らかになりました。今後は、こうした腸内フローラの変化が実際に魚の免疫力、ストレス耐性、成長、生残率にどのような影響を及ぼすのかを詳しく解明する必要があります。また、腸内細菌を指標として魚の健康状態や飼育環境の適否を評価する技術、さらに有用な細菌を活用してストレス耐性や疾病抵抗性を高める「マイクロバイオーム養殖技術」の開発も期待されます。加えて、毒を持つ生物と微生物がどのように共生し進化してきたのかという、生態学・進化学上の興味深い問いに迫る手がかりとなる成果です。

〇関連する情報:
プレスリリース:フグにフグ毒を与えるとどうなる? ―テトロドトキシン摂取によるトラフグ腸内細菌叢の変化―(2024/7/31)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2024/20240731.html


【発表者・研究者等情報】
東京大学大気海洋研究所
濵﨑 恒二 教授
ワセル マイ 海洋科学特定共同研究員(兼:エジプト国立海洋水産研究所研究員)
長崎大学大学院総合生産科学研究科
阪倉 良孝 教授


【論文情報】
雑誌名:
Animal Microbiome
題名:
Tetrodotoxin (TTX) reshapes the functional potential of the gut microbiome in juvenile tiger pufferfish (Takifugu rubripes) across salinity gradients
著者名:
Wassel, M. A., Makabe-Kobayashi, Y., Iqbal, M. M., Huang, C., Shimizu, A., Mandario, M.A.E., Takatani, T., Sakakura, Y., Amano, M. and Hamasaki, K. 
DOI:
10.1186/s42523-026-00572-7
URL:
https://doi.org/10.1186/s42523-026-00572-7

《研究助成》
本研究は、東京大学大気海洋研究所学際連携研究(No.JURCAOSIRG23-08)の支援により実施されました。また、本研究の一部はJSPS科研費 22K05822および25K09271の助成を受けたものです。


【用語解説】
(注1) 16S rRNA遺伝子アンプリコン解析
16S rRNA遺伝子は、原核生物(細菌と古細菌)の種を特定するために汎用される遺伝子。海水、泥、腸内など環境試料から直接抽出したDNAを対象に、この遺伝子の部分配列をPCR増幅した後、イルミナ社などのハイスループットシーケンサーで解読する。大量の配列情報からデータベース相同性検索により、試料中の原核生物群集の分類群と出現頻度を推定する解析手法。
(注2) ショットガンメタゲノム解析
試料中に含まれるすべての原核生物のDNAをまとめて読み取り、どのような細菌や古細菌がいるのか、さらにどのような遺伝子や機能を持っているのかを網羅的に調べる解析手法。培養できない原核生物も含めて、群集全体の働きを明らかにできる。


▼詳細はこちら
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2026/20260611.html