EDUONE Pass

2026-06-11

【東京大学】猫の慢性腎臓病に伴う貧血に対する新たな治療候補 ――ロキサデュスタットの安全性と造血作用――

寄稿者:東京大学

《ニュース概要》
■発表のポイント
H・IF-PH阻害薬「ロキサデュスタット」を健常な猫に投与し、その薬物動態、安全性、造血作用を初めて評価しました。
・健常な猫において、ロキサデュスタットは赤血球産生を促進する作用を示し、5–8 mg/kgの6週間に渡る反復投与において有害事象は認められませんでした。
・本研究成果は、猫の慢性腎臓病に伴う貧血に対する新たな治療選択肢の開発につながることが期待されます。

■概要
猫の慢性腎臓病に伴って起きる貧血(腎性貧血)の治療は注射薬が主流ですが、近年、ヒトではHIF-PH阻害薬(注1)による内服治療も活用されています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の米澤智洋准教授らの研究グループは、HIF-PH阻害薬「ロキサデュスタット」の薬物動態、造血作用、安全性を検討しました。

本研究では、健康猫を対象としてロキサデュスタットの単回投与および反復投与を実施し、その影響を解析しました。その結果、ロキサデュスタット投与によりエリスロポエチン濃度(注2)および網状赤血球数(注3)の増加が認められ、猫においても造血作用を有することが示唆されました。
また、5–8 mg/kgの6週間に渡る反復投与では、臨床症状や血液検査上の明らかな異常は認められませんでした。一方で、80 mg/kgの高用量投与では重篤な全身性有害事象が確認されました。これらの結果から高用量投与は避けるべきであると考えられました。
本研究成果は、猫の腎性貧血に対する内服治療の可能性が期待されます。

上図:図1 本研究の概念図

■発表内容
慢性腎臓病は猫において一般的に認められる疾患であり、その進行に伴い高頻度で貧血を合併します。慢性腎臓病に伴う貧血は活動性の低下や食欲不振を引き起こし、生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、心血管系合併症のリスク増加や腎疾患そのものの進行にも関与するため、適切な治療介入が望まれます。
ヒト医療においてはすでに複数のHIF-PH阻害薬が臨床使用されており、従来の赤血球造血刺激因子製剤と比較して抗エリスロポエチン抗体産生のリスクを回避できることや、経口投与が可能であることから、治療選択肢として広く用いられています。一方、獣医療領域においてもHIF-PH阻害薬の応用が進みつつあり、猫ではモリデュスタットが海外で承認され、慢性腎臓病に伴う貧血に対する有用性が報告されています。一方で、薬剤間で薬物動態や作用持続時間が異なることから、複数のHIF-PH阻害薬の特性を理解しておくことは、治療選択肢の拡大において重要と考えられます。

本研究では、ヒト医療で使用されているHIF-PH阻害薬「ロキサデュスタット」について、健常猫を対象に単回および反復経口投与試験を実施し、薬物動態、安全性および造血作用を評価しました。その結果、4, 10, 20および80 mg/kgのロキサデュスタット単回投与後にエリスロポエチン濃度および網状赤血球数の上昇が認められ、猫においても造血作用を有することが示されました(図2)。また、5–8 mg/kgの6週間に渡る反復投与では明らかな有害事象は認められず、比較的良好な忍容性が確認されました。
一方で、20 mg/kg以上の単回投与では著明なエリスロポエチン濃度の上昇が認められ、80 mg/kgの高用量投与では嘔吐、血液学的異常および急性腎障害を伴う重篤な有害事象が確認されました。これらの結果は、高用量における過度なHIF活性化が安全性上のリスクとなり得ることを示唆しています。

以上より、本研究はロキサデュスタットが猫においても造血作用を有することを初めて明らかにするとともに、5–8 mg/kgが今後の臨床応用における有望な用量域である可能性を示しました。本知見はモリデュスタットを含む他のHIF-PH阻害薬とあわせ、猫の慢性腎臓病に伴う貧血に対する新たな治療戦略の構築に寄与することが期待されます。

下図:図2:ロキサデュスタット単回投与後のエリスロポエチン濃度(上段)および網状赤血球数(下段)
ロキサデュスタットの単回投与後、エリスロポエチン濃度の用量依存的な上昇が認められました。網状赤血球数の増加も認められ、造血促進作用が示されました。

なお、本研究は東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部動物実験委員会の承認(承認番号:P19-118)に則り実施されました。

■発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科
 下森 文敬 博士課程(研究当時)
 西 玲央 博士課程(研究当時)
 安田 七海 博士課程
 金 学正 研究員(研究当時)
 前田 真吾 准教授
 桃井 康行 教授
 米澤 智洋 准教授

■論文情報
雑誌名:The Journal of Veterinary Medical Science
題名:An exploratory study of the pharmacokinetics, safety, and erythropoietic effects of roxadustat in healthy cats
著者名:Fumitaka Shitamori, Reo Nishi, Nanami Yasuda, Hakchung Kim, Junko Sora, Eri Ochiai, Makoto Hasegawa, Shingo Maeda, Yasuyuki Momoi, Tomohiro Yonezawa*

■用語解説
(注1)HIF-PF阻害剤
Hypoxia-Inducible Factor–Prolyl Hydroxylase inhibitor(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素阻害薬)の略称。低酸素誘導因子(HIF)の分解に関与するプロリン水酸化酵素(PHD)を阻害することでHIFの安定化を促し、腎臓におけるエリスロポエチン産生を増加させて造血を促進する経口貧血治療薬。

(注2)エリスロポエチン
主に腎臓で産生されるホルモンで、骨髄に作用して赤血球の産生(造血)を促進する。

(注3)網状赤血球
骨髄から放出された直後の未成熟赤血球であり、通常その出現は造血活性の亢進を示す。