寄稿者:北海道大学 / 東京大学
《ニュース概要》
■ポイント
・メダカの脳で複数の神経活動を同時に捉えることに成功。
・何もしていないときの脳活動に秩序があることを解明。
・社会的認識や意思決定の神経基盤の理解の進展に期待。
■概要
北海道大学大学院薬学研究院の横井佐織助教、東京大学大学院薬学系研究科博士課程の小池亮介氏、同大学大学院薬学系研究科の松本信圭助教らの研究グループは、何もしていないときの脳活動に秩序があることを明らかにしました。私たちの脳は、外からの刺激がないときでも常に活動していますが、そのような状態の脳活動はこれまでランダムに揺らいでいると考えられることが多く、その仕組みは十分に理解されていません。本研究では、小型魚類であるメダカを用い、脳の複数の部位における神経活動を同時に記録することで、刺激がない状況における脳活動のパターンを詳細に解析しました。特に、哺乳類の海馬や扁桃体に対応すると考えられている脳領域から活動を記録し、これらの領域にまたがる神経活動の関係性を調べました。
その結果、脳活動は単にランダムに変動しているのではなく、いくつかのまとまりのある「状態」として現れ、それらの状態の間を行き来することが分かりました。さらに、それぞれの状態は均等に現れるのではなく、特定の状態にとどまりやすい傾向があり、状態同士の移り変わりにも一定の規則性が見られました。これらの結果は、外部からの刺激がないときに脳は無秩序に活動しているのではなく、内在的な仕組みによって秩序だった活動を保っている可能性を示しています。
本研究では、メダカの脳において複数の神経活動を同時に捉える計測手法を用いることで、脳全体の活動のつながりや広がりを一体として捉えることに成功しました。これにより、これまで個々の神経活動として捉えられてきた脳の働きを、ネットワークとして理解する新たな視点が得られました。
今回の成果は、脳が外部からの刺激がないときにもどのように活動しているのかという基本的な問いに対し、新しい知見を与えるものです。今後、本研究で用いた多点同時計測手法を発展させることで、覚醒下や感覚条件を制御した状況での脳活動の理解が進み、社会的認識や意思決定の神経基盤の解明につながることが期待されます。
なお、本研究成果は、2026 年 6 月 5 日(金)公開の Scientific Reports 誌にオンライン掲載される予定です。
■画像解説
脳は何もしていないときでも無秩序に活動しているのではなく、特定の状態を保ちながら規則的に変化している
【背景】
私たちの脳は、外部からの刺激がないときでも常に活動しています。このような活動は「自発的な脳活動*1」と呼ばれ、近年では感覚処理や記憶、意思決定などの高次機能に関わる重要な働きを担うことが示唆されています。しかし、このような活動がどのような仕組みで生じているのかについては、まだ多くが明らかになっていません。特に、刺激がないときの脳活動が単にランダムに変動しているのか、それとも一定の規則性や構造を持っているのかについては、議論が続いていました。こうした自発的な脳活動の性質を理解することは、脳の基本的な働きを明らかにする上で重要な課題とされています。
【研究手法】
本研究では、小型魚類であるメダカを用い、脳の複数の領域における神経活動を同時に記録しました。特に、哺乳類の海馬や扁桃体に対応すると考えられている終脳*2 の領域(Dl 及び Dm)から、32チャネルのシリコンプローブ*3 を用いて神経活動を取得しました(図 1)。メダカの終脳複数領域において、このような多チャネル電極による同時記録を行った例は、これまでに報告がありません。この手法により、これまで個別に捉えられることが多かった神経活動を、複数の部位にまたがるネットワークとして同時に観測することが可能となりました。さらに、記録された神経活動データをもとに、時間とともに変化する活動パターンの構造を解析し、脳全体の活動がどのように変動しているのかを詳しく調べました。
【研究成果】
その結果、外部からの刺激がないときの脳活動は、単にランダムに揺らいでいるのではなく、いくつかのまとまりのある「状態」として現れることが分かりました(図 2)。これらの状態は連続的に変化するのではなく、互いに区別できる離散的なパターンとして存在していました。また、それぞれの状態が出現する頻度には偏りがあり、特定の状態が他の状態よりも長く維持されやすい傾向が見られました。さらに、これらの状態の間の移り変わりにも一定の規則性が存在し、特定の状態から別の状態へと移行しやすい経路があることが明らかになりました。このような特徴は、脳活動が単なる無秩序な変動ではなく、内在的な仕組みによって秩序だったダイナミクスを持っていることを示しています。これらの結果は、脳が外部からの入力がない状況においても、一定のパターンを保ちながら活動していることを示唆するものです。
【今後への期待】
本研究により、外部からの刺激がない状態においても、脳活動が一定の構造と規則性を持つことが明らかになりました。このような自発的な脳活動の理解が進むことで、記憶や意思決定、感情といった高次脳機能がどのように成り立っているのかを解明する手がかりになると期待されます。また、脳活動のパターンの乱れが関与すると考えられる神経疾患の理解にもつながり、将来的にはその診断や治療法の開発に貢献する可能性があります。加えて、本研究で用いた多点同時計測の手法を発展させることで、感覚情報を制御した条件下での神経活動の解析や、覚醒下における脳活動の理解が進むと期待されます。特に、視覚情報に大きく依存して社会的認識や意思決定を行うメダカにおいて、神経活動の記録と行動解析を組み合わせることで、視覚依存的な行動の仕組みや、個体ごとの行動の違いを生み出す神経基盤の理解にもつながることが期待されます。
【謝辞】
本研究は、JST ERATO(JPMJER1801)、 東京大学 Beyond AI 研究 推進機構、 JSPS 科研費(JP22K21353、JP25K18705、JP21H05708、JP23K05841、JP23H03839)、AMED Brain/MINDS 2.0(JP24wm0625207、JP24wm0625401、JP24wm0625502)、JST FOREST(創発的研究支援事業、JPMJFR241Y)、基礎生物学研究所共同研究、山崎香辛料振興財団、ソルト・サイエンス研究財団、エリザベス・アーノルド富士財団、小林財団、喫煙科学研究財団、アステラス病態代謝研究会、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団等の支援を受けて実施されました。
■論文情報
論文名: Structured spontaneous activity through delta oscillation-based discrete states in the medaka telencephalon(メダカ終脳の自発的デルタ波に基づく秩序だった離散的構造)
著者名: 横井佐織 1*†、小池亮介 2*、山城皓太郎 2、中川真一 1、池谷裕二 2,3,4、松本信圭 2,3†(1 北海道大学大学院薬学研究院、2 東京大学大学院薬学系研究科、3 東京大学 Beyond AI 研究推進機構、4 情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター(CiNet)、*共同第一著者、†共同責任著者
雑誌名: Scientific Reports(自然科学分野の総合科学誌)
DOI: 10.1038/s41598-026-51830-2
公表日: 日本時間 2026 年 6 月 5 日(金)午後6時(英国夏時間 2026 年 6 月 5 日(金)午前 10 時)(オンライン公開)
【参考図】
添付のPDFよりご覧ください
【用語解説】
*1 自発的な脳活動 … 外部からの刺激がないときにも脳が自然に示す活動のこと。
*2 終脳 … 社会的認識や意思決定に関わる脳の領域。
*3 シリコンプローブ … 複数の場所の神経活動を同時に記録できる装置のこと。










