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2026-06-01

がん遺伝子RASを標的とするタンパク質型抗がん剤候補を開発 -免疫細胞と協力して腫瘍を消失させる新たな作用機序を解明-

図:タンパク質型 pan-RAS 阻害薬の作用機序
タンパク質型 pan-RAS 阻害薬 RRSP-RBD が腫瘍細胞内で RAS を切断・不活化し、CD8 陽性 T 細胞と IFNγ を介して腫瘍壊死を誘導する。

寄稿者:岐阜大学、長崎大学、徳島大学

【本研究のポイント】
がんで高頻度に変異する RAS(注 1)を広く標的とする、タンパク質型 pan-RAS 阻害薬(注2)候補「RRSP-RBD(注 3)」を開発しました。
RRSP-RBD は、RAS を切断する酵素と RAS 結合ドメインを融合させたキメラタンパク質で、細胞内における RAS シグナルを強力に抑制します。
マウス実験において、一部の腫瘍の縮小と消失を引き起こすことを確認しました。
この腫瘍消失には、免疫物質 IFNγ(注 4)と免疫細胞 CD8 陽性 T 細胞(注 5)が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
本成果は、RAS を標的とする新しいがん治療タンパク質医薬の開発基盤となるものです。

【研究概要】
 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の本田 諒 准教授らの研究グループは、長崎大学、国立がん研究センター、徳島大学との共同研究により、がんで高頻度に変異する「RAS」を標的とするタンパク質型 pan-RAS 阻害薬候補「RRSP-RBD」を開発しました。
 RAS は細胞の増殖や生存を制御する重要なタンパク質ですが、RAS 遺伝子に変異が生じると、膵がんや大腸がん、肺がんなど多くのがんで治療抵抗性や再発の原因となります。一部の RAS 変異を標的とする薬剤は実用化されつつありますが、多様な RAS 変異を幅広く標的とする治療法は限られていました。
 本研究では、RAS を切断する細菌由来の酵素 RRSP に RAS 結合ドメインを融合することで、細胞内で RAS を効率よく不活化するタンパク質を設計しました。さらに、細胞内送達システムを組み合わせることで、マウスがんモデルにおいて腫瘍の縮小と消失を誘導することを確認しました。また、腫瘍の消失にはがん細胞内の RAS 阻害だけでなく、IFNγと CD8 陽性 T 細胞を介した腫瘍免疫が重要であることを明らかにしました。
 本研究成果は、現地時間2026年5月16日に国際学術誌「 Nature Communications」のオンライン版で発表されました。

【研究背景】
 RAS は、細胞の増殖や生存を制御する重要なタンパク質ですが、KRAS、HRAS、NRAS を含む RAS 遺伝子の変異は、膵がん、大腸がん、肺がんなど多くのがんに関与しています。近年、一部の RAS 変異を標的とする薬剤が臨床応用されつつありますが、多様なRAS 変異を広く標的とする治療法は限られていました。
 本研究グループは、低分子薬とは異なるアプローチとして、RAS そのものを直接認識し、切断して不活化する「タンパク質型阻害薬」の開発に取り組みました。

【研究成果】
 研究グループは、RAS を切断する酵素 RRSP と、RAS に結合する RAS 結合ドメイン(RBD)を融合した「RRSP-RBD」を設計しました。RBD を組み込むことで、RRSP がRAS の近くに集まりやすくなり、RAS 切断と RAS シグナル抑制が強化されました。
 また、RRSP-RBD に細胞内送達システムを組み合わせることで、がん細胞内へタンパク質を届けることに成功しました。ジフテリア毒素由来の送達ドメインを用いた RRSP-RBD-DTB は、ヒトがん細胞に対して極めて低濃度で抗腫瘍活性を示しました。細胞膜透過性ペプチド TAT を用いた RRSP-RBD-TAT は、免疫機能を持つ一部のマウスがんモデルで腫瘍の縮小と消失を誘導しました。
 さらに、CD8 陽性 T 細胞や IFNγを除去すると、RRSP-RBD-TAT による腫瘍壊死が抑制されました。この結果から、RRSP-RBD-TAT の効果には、がん細胞内の RAS 阻害に加えて、IFNγと CD8 陽性 T 細胞を介した腫瘍免疫が関与することが分かりました。
 薬物動態および毒性評価では、RRSP-RBD-TAT が腫瘍内へ到達し、実験条件下で不可逆的な毒性を示さないことも確認されました。

【今後の展開】
 本研究は、RAS を標的とするタンパク質型阻害薬が、腫瘍免疫と連携して腫瘍消失を誘導することを示しました。今後は、より効率的な細胞内送達技術の開発、投与条件の最適化、長期的な安全性評価を進めることで、難治性 RAS 変異がんに対する新しい治療戦略につながることが期待されます。
 なお、本研究はマウスモデルを用いた前臨床段階の成果であり、ヒトでの有効性・安全性については、さらなる検証が必要です。

【用語解説】
(注 1)RAS
細胞の増殖や生存を制御するタンパク質。KRAS、HRAS、NRAS などがあり、多くのがんで変異が見られます。
(注 2)pan-RAS 阻害薬
特定の RAS 変異だけでなく、複数の RAS 変異や RAS ファミリーを広く標的とする阻害薬。本研究では、タンパク質を用いる点が特徴です。
(注 3)RRSP-RBD
RAS を切断する酵素 RRSP と、RAS に結合する RBD を融合したタンパク質。本研究で開発した pan-RAS 阻害薬候補です。
(注 4)IFNγ
免疫細胞から分泌されるサイトカインの一種。抗腫瘍免疫の活性化に関わります。
(注 5)CD8 陽性 T 細胞
がん細胞やウイルス感染細胞を攻撃する免疫細胞。本研究では、腫瘍の縮小と消失に重要であることが示されました。

【研究支援】
本研究は、以下の研究助成などを受けて実施されました。
国立研究開発法人日本医療研究開発機構( AMED : 23ck0106781h0002 、25ck0106074h0001、JP24ak0101178)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費:22K15246、25K02678)、名古屋大学医学部附属病院(A123)、公益財団法人 内藤記念科学振興財団、公益財団法人 MSD 生命科学財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人 武田科学振興財団、公益財団法人 豊田理化学研究所 2025 年度豊田理研スカラー制度、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム( SPRING:JPMJSP2125)

【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Protein-based pan-RAS inhibitor induces tumor regression in female mice via IFNγ and CD8+ T cell-dependent tumor necrosis
著者:Teiko Komori Nomura, Kazuki Heishima, Hidefumi Mukai, Kosuke Arai, Abdelazim Elsayed Elhelaly, Hirobumi Fuchigami, Shota Warashina, Tsuyoshi Tahara, Fuminori Hyodo, Masayuki Matsuo, Masahiro Yasunaga, Kazunori Aoki, and Ryo Honda
DOI:10.1038/s41467-026-73300-z