寄稿者:名古屋大学
《ニュース概要》
【本研究のポイント】
・動物が厳しい環境を生き延びるために用いる低代謝状態「休眠」のタイミングを、脳の概日時計が制御している仕組みを解明した。
・視交叉上核注 1)から視索前野へ投射する抑制性神経が、休眠の誘導を調節することを発見した。
・視交叉上核の AVP 注 2)神経における抑制性神経シグナルを障害すると、正常な休眠誘導ができなくなることを明らかにした。
【研究概要】
名古屋大学環境医学研究所の小野 大輔 講師、宮崎 翔太 博士研究員、Tsai Chang-Tin(ツァイ チャンティン)博士後期課程学生らの研究グループは、明治大学、生理学研究所との共同研究で、動物が飢餓や寒冷などの厳しい環境を乗り越えるために利用する低代謝状態(休眠)のタイミングを調節する神経メカニズムを新たに発見しました。
休眠では、体温や代謝が大きく低下し、エネルギー消費が抑えられます。休眠を示す動物では、休眠は特定の時刻に起こることが知られており、脳の「概日時計」がそのタイミングを制御していると考えられてきました。しかし、どのような神経回路や分子によって休眠の時刻情報が制御されているのかは分かっていませんでした。
本研究では、脳の概日時計中枢である視交叉上核から視索前野へ投射する GABA 注 3)作動性神経が、休眠のタイミング制御に重要な役割を果たすことを明らかにしました。さらに、視交叉上核の AVP ニューロンから放出される GABA シグナルが正常な休眠誘導に必要であることを発見しました。
本研究成果は、概日時計が動物の生存戦略としての休眠をどのように制御しているかを示す重要な知見であり、救急医療や宇宙科学への応用が期待されます。
本研究成果は、2026 年 5 月 22 日付国際学術雑誌『Nature Communications』に掲載されました。
【研究背景と内容】
動物は、食物不足や寒冷環境などの厳しい条件下で生き延びるため、体温や代謝を一時的に大きく低下させる「休眠」と呼ばれる状態に入ります。休眠はエネルギー消費を抑えることで生存率を高める重要な適応戦略ですが、その発動は一日の中でも特定の時刻に起こることが知られていました。
脳の視床下部に位置する視交叉上核は哺乳類の概日時計中枢として機能し、睡眠や体温、ホルモン分泌など多くの生理現象の1日周期のリズムを制御しています。しかし、視交叉上核がどのように休眠のタイミングを制御しているのか、その神経回路レベルでの仕組みはこれまで不明でした(図1)。
メイン画像:図1:概日時計は休眠や冬眠を調節する
本研究では、マウスを用いて、脳の概日時計がどのように休眠のタイミングを調節しているのかを詳しく調べました。まず、寒冷環境と絶食によって休眠を誘導したところ、正常なマウスでは休眠が主に夜間から明け方にかけて起こることが分かりました。一方、概日時計の出力に異常を持つマウスでは、休眠が一日のさまざまな時間帯で起こり、休眠のタイミング制御が乱れていました(図2)。この結果から、概日時計が休眠の時刻を決めていることが示されました。
次に研究グループは、脳の概日時計中枢である視交叉上核の神経活動に注目しました。視交叉上核に電極を挿入し神経活動を計測しながら休眠を誘導すると、視交叉上核の神経活動が高い時間帯には休眠が起こりにくいことに気が付きました。そこで、光遺伝学注 4)を用いて視交叉上核の神経を人工的に活性化すると、本来起こるはずの休眠が抑えられました。この結果から、視交叉上核の神経活動が休眠を抑制していることが明らかになりました。
さらに、視交叉上核からどの脳領域へ情報が伝えられているのかを解析しました。全脳レベルで神経活動のマーカーとなる c-fos 発現を解析したところ、視交叉上核による休眠調節には視索前野と呼ばれる領域が重要であることが分かりました。視交叉上核から視索前野へ伸びる神経を光遺伝学的に活性化すると、休眠が強く抑制されました(図3)。この結果から、視交叉上核から視索前野の神経経路が休眠のタイミングの調節に関与することが明らかになりました。
研究グループはその後、特殊なマイクロナイフを用い、視交叉上核からの神経出力そのものを遮断する実験も行いました。その結果、休眠が正常なタイミングで起こらなくなり、概日時計からの神経情報が休眠の時刻制御に不可欠であることが示されました。また、視交叉上核の中でも「AVP ニューロン」と呼ばれる神経細胞に注目したところ、この神経から放出される GABA という抑制性神経伝達物質が、正常な休眠に重要であることが分かりました(図4)。
動物は概日時計を利用して、一日の中で最も気温が低くなる夜間から明け方にかけて休眠をすることで、厳しい環境を乗り越える生存戦略をとっています。本研究ではその神経回路のメカニズムを明らかにしました。
★図説は添付のPDFよりご確認ください
【成果の意義】
本研究から、脳の概日時計が休眠のタイミングを制御する神経回路の一端が明らかになりました。今後は、視交叉上核から視索前野へ伝わる神経情報が、どのように代謝を低下させ休眠状態を引き起こすのか、その詳細な分子・神経メカニズムの解明を進めていきます。本研究で明らかになった神経回路は、睡眠、体温、エネルギー代謝などを統合的に制御する脳内システムとも深く関わっている可能性があります。そのため、睡眠障害や肥満、代謝疾患、加齢による体温調節異常などとの関連解明にもつながることが期待されます。
また、動物が自ら代謝を抑えて厳しい環境を生き延びる仕組みを理解することで、人為的に低代謝状態をつくり出す技術への応用も期待されます。将来的には、重症患者の身体への負担を軽減する救急医療や、長期宇宙滞在時のエネルギー消費を抑える技術などにつながる可能性があります。さらに、さまざまな動物種で共通する低代謝制御の仕組みが明らかになれば、生物がどのように環境変化に適応し、生き延びてきたのかという進化的な理解にもつながることが期待されます。
本研究は、2022 年度から始まった科学技術振興機構 『創発的研究支援事業』 の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注 1)視交叉上核:
視神経が交叉する視交叉の上に位置する神経細胞の集合。哺乳類における概日時計の中枢。
注 2)AVP:
Arginine vasopressin の略。9個のアミノ酸から構成される神経ペプチド。神経伝達物質として働く。
注 3)GABA:
Gamma-Aminobutyric Acid (ガンマ‐アミノ酪酸)の略。神経活動を抑制する作用を持つ神経伝達物質。
注 4)光遺伝学:
光感受性タンパク質を特定の神経細胞に発現させ、その活動を光刺激によって制御する技術。
【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:GABAergic projections from the suprachiasmatic nucleus to the preoptic area regulate the timing of torpor in mice
著者:#Sheikh Mizanur Rahaman1,2, #Shota Miyazaki1,2,3, #Chang-Ting Tsai1,2, Akihiro Yamanaka4, Chi Jung Hung1,2, Michihiro Mieda5, Takahiro J. Nakamura3, Hiroshi Yamaguchi6, and *Daisuke Ono1,2
Stress Recognition and Response, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8601, Japan
Department of Neural Regulation, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, 466-8550, Japan
Laboratory of Animal Physiology, School of Agriculture, Meiji University, Kawasaki, 214-8571, Japan
Chinese Institute for Brain Research, Beijing (CIBR), Beijing, 102206, China
Department of Integrative Neurophysiology, Graduate School of Medical Sciences, Kanazawa University, 13-1 Takara-machi, Kanazawa, Ishikawa 920-8640, Japan
Division of Multicellular Circuit Dynamics, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan
DOI:10.1038/s41467-026-73374-9










