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2026-05-29

薬が効かない耐性菌を光でピンポイント撃退!世界的脅威アシネトバクターに対する新たな感染症治療へ

寄稿者:名古屋大学 / 理化学研究所

《ニュース概要》
【本研究のポイント】
・既存の抗生物質が効かない多剤耐性菌(注1)(病原性アシネトバクター・バウマニ)に対する、新たな治療戦略を開発。
・「トロイの木馬」による標的デリバリー: 細菌が自身の生存に必要な栄養(ヘム)を取り込むためのタンパク質を運び屋として利用し、光で活性化する殺菌薬(金属錯体)を細菌内部へ“密輸”することに成功。
・標的菌に青色光を当てることで細菌の内部で活性酸素種(注2)を発生させ、多剤耐性菌を最大99.999%死滅させる強力な「光殺菌(光線力学療法(注3))」を実証。

【研究概要】
名古屋大学 大学院理学研究科の荘司長三 教授、Nguyen Q Viet(グエン クオック ヴィエット)博士後期課程学生の研究グループは、理化学研究所放射光科学研究センターの杉本宏 専任研究員との共同研究で、病原菌自身の栄養取り込み経路を利用して多剤耐性菌を選択的に光殺菌する「トロイの木馬」戦略の開発に成功しました。
既存の抗生物質が効かない多剤耐性菌のまん延は、「静かなパンデミック」として世界的な脅威となっています。特に多剤耐性アシネトバクター・バウマニが引き起こす院内感染は深刻であり、従来の薬剤耐性メカニズムを回避できる、新たな感染症治療法の確立が強く求められています。

本研究では、この病原菌が生存に必要な鉄分(ヘム(注4))を外部から獲得するために分泌するタンパク質「HphA」に着目しました。HphAはヘムだけでなく、さまざまな人工金属錯体を捕捉できることを明らかにし、HphAを運び屋として利用し、光増感剤(注5)を細菌内部へ輸送する「トロイの木馬」戦略を考案しました。

実際に、この経路を利用して光増感剤を多剤耐性アシネトバクターに選択的に取り込ませ、青色光を照射したところ、菌体内で発生した活性酸素種により、最大99.999%という高い殺菌効率で標的菌を死滅させることに成功しました。
病原菌が生存に必要とする栄養獲得経路を利用した本手法は、耐性が獲得されにくく、かつ菌選択的に効果を発揮できる強力な抗菌治療法となることが期待されます。
本研究成果は、2026年5月25日付米国化学会発行の学術誌『ACS Infectious Diseases』に掲載されました。

【研究背景と内容】
(1) 研究の背景
抗生物質は、長年にわたり感染症治療において人類を救ってきました。しかし近年、これらの薬が全く効かない薬剤耐性菌が世界中で急増しており、深刻な社会問題となっています。特に、複数の抗生物質に対して耐性を持つ多剤耐性菌に感染すると、有効な治療法がなく、重篤化や死に至るリスクが著しく高まります。既存のメカニズムに依存しない、全く新しいアプローチによる感染症治療薬の開発が世界中で急務となっています。

こうした多剤耐性菌の中でも、極めて危険視されているのがアシネトバクター・バウマニ(学名: Acinetobacter baumannii、以下「アシネトバクター」という)です。この菌は、病院において、免疫力が低下した人々に日和見感染(注6)を引き起こします。恐ろしいことに、この病原菌は環境変化に適応する能力が非常に高く、過去数十年の間に急速に薬剤耐性を獲得してきました。現在では、感染症治療の「最後の砦」と呼ばれるカルバペネム系抗菌薬すら効かない耐性株がまん延しており、一部の地域ではその耐性率が90%を超えることもあります。既存の薬で治療しようとしても、細菌側がすぐ新たな耐性を進化させてしまうため、世界保健機関(WHO)が2024年に発表した「新規抗菌薬が緊急に必要な薬剤耐性菌」リストにおいても、カルバペネム耐性アシネトバクターは最高警戒レベルに分類されています。

本研究では、従来の抗生物質のように病原菌と「いたちごっこ」に陥るアプローチから脱却し、多剤耐性菌の防御システムを根本から無効化する新たな治療法の開発を目指しました。病原菌が既存の薬に対して次々と耐性を獲得してしまうのであれば、細菌が生きる上で「絶対に避けては通れない」必須の行動を逆手に取る必要があります。そこで私たちが着目したのは、病原菌が自ら栄養を取り込む経路を乗っ取り、光の力で標的菌のみを内部から破壊するというアプローチです。

(2) 研究の内容
“偽のヘム”で病原菌を“騙す”仕組み
病原菌が人間の体内で増殖して害を与えるためには、鉄分を外部から取り込む必要があります。アシネトバクターなどの病原菌は、宿主から鉄を含む「ヘム」という栄養素を奪うための独自のヘム獲得経路を備えています。近年の研究では、病原性アシネトバクターは「HphA」という特殊なタンパク質を分泌し、これを周囲に放出してヘムを捕まえ、自身の体内に運び込んでいることが明らかになりました(図1)。

私たちは、この「HphA」という運び屋タンパク質の構造が非常に頑丈であり、かつ、ヘムを包み込むポケット部分の認識が比較的に緩やかであるという独特の性質に注目しました。つまり、本来の栄養素(ヘム)の代わりに、人工的な物質(金属錯体など)をすり替えることが可能ではないかと着想しました。これはまさに、ギリシャ神話の「トロイの木馬」と同じ罠(わな)です。病原菌が自ら生きていくために不可欠な栄養獲得経路をハイジャックし、栄養のふりをした有害な物質を取り込ませる戦略を提案しました(図2上)。“偽のヘム”の候補として光で活性化する「光増感剤」を採用し、HphAと組み合わせることで光増感剤を菌体内に輸送し、光照射で殺菌する手法(光殺菌)を検討しました。(図2下)

病原菌を“騙す”ことで高効率の光殺菌を実現
まず、HphAのヘムを他の金属錯体に置き換えられるかを調べました。本研究ではヘムに近い構造を持つ3種類の錯体を選択し、中心金属として鉄の他にコバルトとガリウムを検討しました(図3A)。ヘムを持たないHphA(アポ体)の溶液にこれらの金属錯体の溶液を添加して得られた複合体を精製することで、人工HphAの調整を行いました。各種測定結果から、HphAはヘムだけでなく、検討したすべての合成金属錯体も捕捉できることが明らかになりました。

作製した人工HphAの具体的な構造情報を得るために、タンパク質のX線結晶構造解析を「SPring-8」にて行いました。その結果、1つの人工HphA(Co-Pcを捕捉したHphA、図3B)の構造解明に成功しました。この人工HphAの構造はヘムを捕捉した天然の構造と高い相同性を示し、ヘムをすり替えてもHphAの構造が大きく変わらないことが分かりました。

検討した金属錯体の中には光増感剤になり得るガリウム錯体が含まれているため、これらを捕捉した人工HphAを用いて光殺菌手法を検証しました。将来の臨床応用を見据え、毒性が高く多剤耐性を示す国際的な標準モデルである「AB5075株」を用いて検証を行いました。この株に人工HphAを添加して菌体内に光増感剤を取り込ませ、青色光を照射したところ、最大99.999%という極めて高い殺菌効率が得られました(図4A)。

さらに、アシネトバクターが光殺菌に対する耐性を獲得できるかどうかを調べるために、殺菌処理後に生き残った細菌に対して繰り返しの光殺菌を行いました。その結果、5回繰り返しても殺菌効率が低下しないことが確認でき(図B)、本研究で開発した手法は、病原菌が容易には耐性を獲得できない強力なメカニズムであることが示唆されました。

★図説は添付のPDFよりご確認ください

【成果の意義】
本研究の最大の意義は、WHOが最高警戒レベルに指定する多剤耐性アシネトバクターに対し、菌独自の栄養獲得経路を逆手に取る革新的な治療戦略を実証した点にあります。既存の抗生物質では耐性進化との「いたちごっこ」が避けられませんでしたが、本手法は光から発生する活性酸素種で細菌を内部から直接破壊するため、新たな耐性獲得が困難です。院内感染の主要な原因であり、現在有効な治療法が失われつつある強毒性アシネトバクターを極めて高い効率で排除できるこの「トロイの木馬」戦略は、感染症治療の“壁”を突破する画期的な成果と言えます。今後は生体内での安全性や効果の検証を進め、人類が直面する深刻な薬剤耐性問題、すなわち「静かなパンデミック」を打ち破る次世代の標的治療法としての臨床応用が期待されます。

【支援・謝辞】
本研究は、これらの事業の支援のもとで行われたものです。
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「酵素を誤作動させる分子による酸化反応の遷移状態設計」(JP22H05129)
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)「合成金属錯体を取り込ませる多剤耐性緑膿菌の新規殺菌手法開発」(JP24K22051)
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 基盤研究(A)「革新的反応場分子設計による人工金属酵素反応系の創出」(JP25H00910)
・公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 一般課題「生体鉄イオンの獲得と輸送に関与するタンパク質の立体構造解析」(2023B2540)
・科学技術振興機構(JST) 次世代研究者挑戦的研究プログラム「東海国立大学機構融合フロンティア次世代リサーチャー」(JPMJSP2125)
・名古屋大学 卓越大学院プログラム トランスフォーマティブ化学生命融合研究大学院プログラム(GTR)

【用語説明】
注1) 多剤耐性菌
複数の抗生物質に耐性を持ち、既存の薬が効かなくなった細菌のこと。治療が極めて困難で重症化しやすいため、現代医療における世界的な健康脅威となっている。

注2) 活性酸素種
酸素分子がより反応性の高い状態に変化したもので、細胞のDNAやタンパク質に強いダメージを与える。本手法では、これを細菌内部で意図的に発生させて殺菌する。

注3) 光線力学療法(PDT)
光に反応する薬剤を標的に取り込ませ、光照射によって活性酸素を発生させて細胞を破壊する治療法。近年は、抗生物質が効かない耐性菌に対する新たな殺菌手法としても注目されている。

注4) ヘム
鉄分を含む分子で、人間を含む多くの生物にとって生きていくために不可欠な栄養素。血液中のヘモグロビンなどに含まれる。

注5) 光増感剤
特定の光のエネルギーを吸収し、そのエネルギーを使って周囲の酸素を強力な「活性酸素」に変換する役割を持つ物質。

注6) 日和見感染
健康な状態であれば感染症を起こさないような弱毒の病原体が、加齢や病気、免疫抑制剤の使用などで身体の免疫力・抵抗力が低下している人に感染し、発症してしまうこと。

【論文情報】
雑誌名:ACS Infectious Diseases
論文タイトル:Photodynamic Inactivation of Hypervirulent Acinetobacter baumannii via a Trojan Horse Strategy Targeting Heme Acquisition Pathway
著者:Nguyen Q Viet(名古屋大学 大学院理学研究科), 杉本 宏(理化学研究所 放射光科学研究センター), 荘司 長三(名古屋大学 大学院理学研究科)
DOI:10.1021/acsinfecdis.6c00032
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsinfecdis.6c00032