図1 本研究の概念図(便中腸内細菌叢・短鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸代謝物の解析)
寄稿者:東京大学
■発表のポイント
アトピー性皮膚炎と食物有害反応を患った犬では、健常な犬と比べて、腸内細菌の種類が大幅に減っていることを明らかにしました。
腸内細菌が作る脂質(脂肪酸)代謝物を見たところ、腸の健康維持に関わる酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸が減る一方、炎症やアレルギー反応に関わる脂肪酸代謝物が増えていました。
人と生活を共にする犬でもアレルギーは増えており、その原因として、腸内環境の乱れと炎症に関わる脂質(脂肪酸)代謝の変化がある可能性が示されました。
これらの結果は、犬の便を用いたアレルギーの検査法や新しい治療法の開発につながることが期待されます。
■概要
人と共に生活する犬でもアレルギー性疾患の罹患率が上がっており、生活環境の変化がその発症に関与することが示唆されています。国立大学法人東京大学(総長 藤井 輝夫)と株式会社ヤクルト本社(社長 成田 裕)は、東京動物アレルギーセンターとの共同研究により、犬のアトピー性皮膚炎と食物有害反応(食物アレルギー)(注1)の両方を患う犬について、便の中の腸内細菌、短鎖・長鎖脂肪酸(脂質)の代謝物をまとめて調べました。その結果、病気のある犬では腸内細菌の多様性が低く、短鎖脂肪酸である酢酸・プロピオン酸・酪酸の量が減っていました。一方で、炎症やアレルギーの発症に関わる長鎖脂肪酸の代謝物が増えていました。これらの結果から、犬のアレルギー病態には「腸内環境の乱れ」と「腸における脂肪酸代謝の変化」が深く関わる可能性が示されました。本成果は、便を使った新しい病態評価法や治療法の開発につながることが期待されます。
■発表内容
【背景】
近年、人に加えて、犬でもアレルギー性疾患が増加しており、なかでもアトピー性皮膚炎と食物に対するアレルギー性の皮膚症状(食物有害反応・食物アレルギー)を同時に発症する犬が増えています。人と同様に、犬のアレルギー性疾患でも、腸内細菌のバランスの乱れが病態に関係すると考えられてきましたが、その実証例は少なく、また、腸内細菌のバランスの乱れが、どのようにしてアレルギー疾患の発症につながるのか、よく分かっていませんでした。
【手法と結果】
研究グループは、アトピー性皮膚炎と食物有害反応を併発した犬8頭と健常犬9頭を対象に、腸内細菌の解析、短鎖脂肪酸(9種類)の測定、長鎖脂肪酸とその代謝物(198種類)の測定を行いました。その結果、
病気のある犬では腸内細菌の多様性が低く、細菌の構成も健常犬とは異なっていました。
便の中の短鎖脂肪酸(注2)の総量が低下し、とくに酢酸、プロピオン酸、酪酸が有意に減少しました。一方で、コハク酸は増える傾向がみられました。
長鎖脂肪酸(注3)そのものには大きな差がみられなかった一方で、代謝物のうち、リポキシゲナーゼ(LOX)経路(注4)によって産生される、5-HETE(注5)、12-HETE、15-HETEなどのHETE類や、LTB4の代謝物の濃度が大きく増加していました。これらは、アレルギーを悪化させることも報告されているものです。
AIを使って解析した結果、便に含まれる脂質の変化のパターンから、健康な犬と病気の犬を区別できることがわかりました。将来的には、便を調べることで、犬のアレルギーの状態を判断する助けになる可能性があります。
(A)腸内細菌叢の多様性低下と菌叢構成の変化
アトピー性皮膚炎と食物有害反応を併発した犬では、健常犬に比べて腸内細菌の多様性が低下し、腸の健康維持に関わる菌が減っていました。
(B)短鎖脂肪酸の低下
酢酸やプロピオン酸の低下は、腸内細菌のバランスの乱れや腸内環境の悪化を反映していると考えられます。
(C)LOX経路の脂肪酸代謝物の上昇
便の中では複数の炎症関連脂質が増えており、アレルギー病態に関わる脂質の変化が起きていることが示されました。
【社会的意義と今後の展開】
・国立大学法人東京大学
本研究は、人と共に生活する犬でも、アレルギー性疾患が増えており、その発症に腸内環境の乱れとそれに同期した腸管内の脂肪酸代謝の変化が関連していることを示した点で重要です。便を使うため犬への負担が少なく、将来は診療の現場で病気の状態を把握したり、治療の反応をモニタリングする方法につながる可能性があります。また、これらの成果は人のアレルギー研究にも役立つ知見になると期待されます。今後は、より多くの犬で検証を進めるとともに、食事や薬の条件をそろえた研究を行い、便中脂質と腸内細菌を用いた新しい診断法や治療標的の開発を目指します。
・株式会社ヤクルト本社
本研究成果は、人と生活を共有する犬のアレルギー性疾患発症と腸内環境の関連を示す知見であり、腸を起点として動物の健康維持・予防を目指す新たなアプローチにつながると考えます。また、これらの知見を基盤として、生活の質の向上に寄与する新たな機能性素材の研究開発を推進し、ソリューション創出を目指します。こうした取り組みは、当社が掲げるコーポレートスローガン「人も地球も健康に」の実現にも合致するものです。当社は、人だけでなく、動植物や環境に対しても、等しく健康であることが重要と考えており、今後も微生物研究を核とした研究開発を通じ、人のみならず動物の健康の維持と向上に貢献するとともに、新たな価値創出に取り組んでまいります。
〇関連情報:
1.国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室・獣医薬理学研究室
https://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/houshasen/
2.国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科 食と動物のシステム科学研究室
https://square.umin.ac.jp/food-animal/index.html
■発表者・研究者等情報
国立大学法人東京大学 大学院農学生命科学研究科
林 亜佳音 特任研究員
小林 幸司 特任講師
村田 幸久 准教授
東京動物アレルギーセンター
川野 浩志 獣医師・博士
株式会社ヤクルト本社 中央研究所
柿山 明香 研究員
水澤 直美 研究員
小林 稔秀 研究員
加賀 千晶 研究員
■論文情報
雑誌名:Allergy
題 名:Fecal Lipid Metabolites and Microbiota Alterations in Dogs with Concurrent Atopic Dermatitis and Adverse Food (5月12日付掲載)
著者名:Akane Hayashi, Sayaka Kakiyama, Koji Kawano, Naomi Harima-Mizusawa, Toshihide Kobayashi, Chiaki Kaga, Koji Kobayashi, Takahisa Murata*
DOI:10.1111/all.70370
■研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H05678, 25H00430)およびJST A-STEP(JPMJTR22UF)の支援により実施されました。
■用語解説
(注1)犬のアトピー性皮膚炎と食物有害反応(食物アレルギー):
犬が頻繁に発症するアレルギー性の皮膚炎をさします。
(注2)短鎖脂肪酸:
腸内細菌が食物繊維などを分解して作る物質。酢酸、プロピオン酸、酪酸などがあり、腸の健康維持や免疫の調節に関わります。
(注3)長鎖脂肪酸:
主に食事中の脂質から取り込まれる、炭素鎖の長い脂質の一種。体内ではエネルギー源や細胞膜の構成成分として働くほか、その代謝物は炎症や免疫反応の調節に関わります。
(注4)リポキシゲナーゼ(LOX)経路:
体内で炎症に関わる脂質が作られる仕組みの一つです。
(注5)HETE:
ヒドロキシエイコサテトラエン酸を意味します。
図2 本研究で得られた主要データ










