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2026-04-20

高血糖時に膵β細胞を増やす分子スイッチを発見―糖尿病で失われる膵β細胞量回復へつながる新たな治療標的―

寄稿者: 岐阜大学 / 藤田医科大学 / 京都大学

《ニュース概要》
【本研究のポイント】
・血糖上昇を伴うインスリン抵抗性下では、ChREBP(*1)欠損により膵 β 細胞増殖が著しく低下しました。
・一方、血糖上昇を伴わない妊娠時の膵 β 細胞増殖には、ChREBP の欠損による影響は認められませんでした。
・増殖中の膵 β 細胞の遺伝子発現解析から、ChREBP 下流分子 Rgs16 が膵 β 細胞増殖を促進する可能性を見いだしました。

【研究概要】
ダイアベティス(糖尿病)の発症予防や進行抑制には、インスリンを分泌する膵 β 細胞の量を維持・回復することが重要です。しかし、成人では膵 β 細胞の再生能力は限られており、その増殖を制御する分子機構の全容は未だ明らかではありません。
今回、岐阜大学、関西電力医学研究所、藤田医科大学、京都大学の共同研究グループは、グルコースに応答して活性化する転写因子 ChREBP(Carbohydrate Responsive Element Binding Protein) に着目しました。膵 β 細胞特異的に ChREBP を欠損させたマウスを作製し、さまざまな代謝環境における膵β細胞増殖への影響を解析しました。

その結果、強いインスリン抵抗性と高血糖を人工的に誘導する薬剤 S961 の投与による高度な高血糖・インスリン抵抗性状態、および高脂肪食による耐糖能障害(*2)・肥満状態において、ChREBP 欠損は膵 β 細胞増殖を著しく抑制しました。一方、妊娠による生理的インスリン抵抗性では、膵 β 細胞増殖は保たれていました。さらに RNA シーケンシングによる遺伝子発現解析から、ChREBP の標的遺伝子である Rgs16 が高血糖下で誘導され、膵 β 細胞増殖に関与する可能性が示されました。
本研究は、ChREBP が代謝ストレスに応じて膵 β 細胞増殖を制御することを示したものであり、2 型のダイアベティス(糖尿病)における膵 β 細胞量保護を目指す新たな治療標的につながる成果です。本研究成果は、日本時間 2026 年 4 月 15 日に国際学術誌「Journal of Diabetes Investigation」オンライン版に掲載されました。

【研究背景】
ダイアベティス(糖尿病)の発症や重症化には、体内に残存する膵 β 細胞量が大きく関与すると考えられています。膵 β 細胞は、肥満に伴うインスリン抵抗性の増大や血糖上昇に応じて増殖し、低下したインスリン作用を代償することが知られており、膵 β 細胞量の維持・回復を標的とした新たな予防・治療法の開発が期待されています。しかし、膵 β 細胞増殖を制御する分子機構の全容はいまだ十分には明らかになっていません。
ChREBP(Carbohydrate Responsive Element Binding Protein)は、グルコース代謝産物に応答して活性化される転写因子であり、これまでは主に肝臓や脂肪組織における糖・脂質代謝調節での役割が研究されてきました。一方、ChREBP は膵 β 細胞にも高発現しており、培養細胞を用いた研究では、高血糖に伴う膵 β 細胞増殖に重要な役割を果たす可能性が示されていましたが、生体内における機能は明らかではありませんでした。

今回の研究では、膵 β 細胞増殖を誘導する代表的な 3 つの代謝条件下において、ChREBP の役割を検証しました。具体的には、
・S961 投与による、高度なインスリン抵抗性と高血糖を伴うモデル
・高脂肪食負荷による肥満に伴うインスリン抵抗性と耐糖能障害を呈するモデル
・妊娠に伴う、生理的インスリン抵抗性を示しつつ血糖上昇を伴わないモデル
を比較し、代謝環境の違いによって膵 β 細胞増殖における ChREBP の関与がどのように異なるかを解析しました。

【研究成果】
1. 高齢の膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスの耐糖能障害
若齢の膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスでは、体重、糖代謝、インスリン分泌に明らかな異常は認められませんでした。一方、高齢の膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスでは、糖負荷試験においてインスリン分泌指数の有意な低下と耐糖能障害が認められました。これらの結果は、加齢に伴う代謝負荷に対する膵 β 細胞の代償的適応に ChREBPが関与している可能性を示しています。

2. インスリン受容体拮抗薬 S961 投与に対する膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスの膵 β 細胞増殖反応
インスリン受容体拮抗薬 S961 を 7 日間投与すると、コントロールマウスでは膵 β 細胞増殖率が著明に上昇しました。一方、膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスでは、この増殖反応が有意に抑制されました(p < 0.001)。さらに RNA シーケンシングによる遺伝子発現解析では、S961 投与によって Rgs16 を含む膵 β 細胞増殖関連遺伝子群がコントロールマウスで強く誘導される一方、ChREBP 欠損マウスではその誘導が減弱していることが明らかになりました。

3. 高脂肪食負荷に対する膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスの膵 β 細胞増殖反応
高脂肪食を 13 週間負荷すると、コントロールマウスでは肥満と耐糖能障害に伴って膵β 細胞増殖率が上昇しました。一方、膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスでは、この増殖反応が有意に低下していました(p < 0.05)。さらに、膵島における遺伝子発現解析では、Rgs16 の発現低下が認められ、ChREBP が高脂肪食負荷による代謝ストレス下でも膵 β 細胞増殖に関与することが示されました。

4. 妊娠に対する膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスの膵 β 細胞増殖反応
妊娠 14.5 日目では、膵 β 細胞特異的 ChREBP 欠損マウスにおいてもコントロールマウスと同程度の膵 β 細胞増殖が認められました。これらの結果は、妊娠に伴う生理的インスリン抵抗性下での膵 β 細胞増殖には ChREBP が必須ではなく、高血糖を伴う代謝ストレス下とは異なる機序で制御されていることを示しています。

■図説はPDFよりご覧ください

【今後の展開】
本研究により、ChREBP は膵β細胞における「高血糖センサー」として機能し、血糖上昇を伴うインスリン抵抗性に対する適応的な膵β細胞増殖を促進する一方、妊娠のように血糖上昇を伴わないインスリン抵抗性下での膵β細胞増殖には関与しないことが明らかになりました。さらに、ChREBP–Rgs16 軸は、2型のダイアベティス(糖尿病)に関連する代謝ストレス下で選択的に活性化される膵β細胞増殖シグナルであり、膵β細胞量の保護・回復を目指す新たな治療標的となる可能性が示されました。今後は、このシグナル軸を制御する方法の開発を進めるとともに、ヒト膵β細胞への応用可能性について検証を進めます。

【用語解説】
*1 ChREBP(Carbohydrate Response Element Binding Protein)
ChREBP は、細胞内の糖代謝産物に応答して活性化され、遺伝子発現を調節する転写因子です。活性化されると、糖をエネルギーとして利用する解糖系や、余剰の糖を脂肪として蓄える脂肪酸合成系に関わるさまざまな遺伝子の発現を制御します。これまで主に、肝臓や脂肪組織における糖・脂質代謝調節での役割が研究されてきました。

*2 耐糖能障害
体内に取り込まれた糖を適切に処理する能力が低下した状態を指します。通常、食事などによって血糖値が上昇すると、膵臓から分泌されるインスリンの働きによって血糖値は速やかに正常範囲へ戻りますが、この調節が十分に行われず血糖値が高い状態が続く場合に耐糖能障害と呼ばれます。

【論文情報】
雑誌名:Journal of Diabetes Investigation
論文タイトル:ChREBP drives β-cell proliferation under metabolic stress but not in pregnancy-induced β-cell expansion
著者:Sodai Kubota※, Seiya Banno, Katsumi Iizuka, Hiromi Tsuchida, Saki Kubota-Okamoto, Teruaki Sakurai, Yoshihiro Takahashi, Toshinori Imaizumi, Takehiro Kato, Yukio Horikawa, Shin Tsunekawa, Ryota Usui, Hisato Tatsuoka, Shinsuke Tokumoto, Takaaki Murakami, Yuuka Fujiwara, Hitoshi Kuwata, Yuji Yamazaki, Yuichiro Yamada, Yutaka Seino and Daisuke Yabe※ (※Corresponding author)
DOI:10.1111/jdi.70295