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2026-04-08

ネコがごはんを残す理由を解明 ―同じ餌でも匂いを変えると再び食べる―

寄稿者:岩手大学

《ニュース概要》
「なぜうちのネコはごはんを完食しないのか?」。日常の中の素朴な疑問に対し、国立大学法人岩手大学の研究グループは、「嗅覚」という視点から新たな答えを示しました。
ネコが餌を食べ残す姿は、多くの飼い主にとって見慣れた光景です。これまで「野生時代の本能によるもの」「もともと少食だから」「気まぐれだから」などと受け止められてきましたが、その仕組みはよく分かっていませんでした。岩手大学農学部の宮崎雅雄教授、高橋巧大学院生らの研究グループは、ネコが食事をやめる理由に、「満腹」だけでなく「匂い」が深く関わっていることを明らかにしました。

研究では、同じ餌を繰り返し与えるとネコの摂食量は徐々に低下する一方で、異なる餌を提示すると、再び摂食量が回復することを確認しました。さらに、実際に餌そのものを変えなくても、「匂いだけ」を変えることで摂食量が回復しました。また、食事の合間にも同じ餌の匂いを嗅がせ続けると、その後の摂食量は低下しましたが、この低下は別の餌の匂いを嗅がせることで防ぐことができました。
これらの結果は、ネコが食べるのをやめる理由が単なる満腹だけではなく、同じ匂いに慣れることで食欲が一時的に低下し、新しい匂いによって再び食欲が引き起こされることを示しています。すなわち、匂いへの慣れ(嗅覚順応)とその解除が、ネコの摂食行動を調節していることが明らかになりました。
ネコは一般に、1日に何度も少量ずつ餌を食べる「少量頻回摂食」を示すことが知られています。本研究は、このネコ特有の摂食行動の背景に、嗅覚による感覚的な調節機構が大きく関与している可能性を初めて実験的に示したものです。

本成果は、ネコの摂食行動の理解を深めるだけでなく、食欲が低下したネコへの新たな給餌戦略や、ペットフードの設計への応用にもつながることが期待されます。
研究成果は、学術出版社エルゼビア社が発行する「Physiology & Behavior」に、令和8年4月1日(日本時間)に電子版で早期公開されました。

■本研究成果のポイント
・ネコは同じ餌を繰り返し与えられると、摂食量が徐々に減る(嗅覚順応)
・異なる餌や新しい匂いを提示すると、再び摂食量が増える(脱順応)
・餌そのものを変えなくても、「匂い」だけの変化で摂食量が回復する
・同じ匂いをかぎ続けると、その後の摂食量が低下する
・ネコの少量ずつ何度も食べる行動に、嗅覚による調節が関わることを初めて実験的に示した

■研究の背景
イヌとネコはいずれも食肉目に属する動物ですが、その摂食行動には大きな違いがあります。イヌは一度に多くの食事を摂る傾向があるのに対し、ネコは1日に複数回に分けて少量ずつ食べる「少量頻回摂食」を示します。このネコ特有の摂食様式は、野生祖先であるリビアヤマネコが小型の獲物を何度も捕食する生活様式に由来すると考えられています。しかし、ネコがなぜ食事の途中で食べるのをやめるのかについては、これまで明確な説明がありませんでした。
一般的には、満腹感などの生理的要因が摂食終了の主因と考えられてきましたが、ネコでは空腹状態であっても食べ残すことが多く、単純なエネルギー制御だけでは説明できない現象が知られていました。ネコは他の食肉目の動物と同様に嗅覚に強く依存する動物であり、食物の選択や評価において匂いが重要な役割を果たしています。ヒトでは、同じ食べ物の匂いに繰り返しさらされることでその魅力が低下する「感覚特異的飽和」が知られていますが、ネコにおいて同様の現象が摂食行動に影響するかは不明でした。
本研究では、ネコが食べるのをやめる背景に、同じにおいに慣れてしまう「嗅覚順応」が関わっているかを、行動実験によって調べました。

研究成果1.同じ餌を与え続けると食べる量は減るが、餌の種類を変えると減りにくくなる
12 匹のネコを対象に、10 分間餌を与え、その後 10 分間空の皿だけを置く操作を 1 サイクルとして、計 6 サイクル行いました。ネコに同じ餌を繰り返し提示したところ(実験1)、摂食量は回を重ねるごとに有意に減少しました。一方で、異なる種類の餌を順に提示した場合(実験2)、この摂食量の低下は大幅に緩和され、総摂取量は増加しました。これは、同一の匂いに対する嗅覚順応が生じ、餌の魅力が低下したことを示しています。

・研究成果2.新しい餌を与えると、食べる量が再び増える
12 匹のネコに同じ餌を 5 回繰り返し与えて摂食量を低下させた後、6 回目に別の餌へ切り替え、食べる量が回復するかを検証しました(実験3)。新しい餌を提示すると、餌の嗜好性に関わらず摂食量が回復しました。これは、新しい刺激による脱順応が起きたことを示しています。

・研究成果3.餌そのものを変えなくても、新しい匂いだけで食べる量が回復する
上下 2 層に分かれた特製の餌皿(右写真)を用い、ネコが実際に食べる上段には同じ餌を入れ、下段には匂いだけが上に届くよう別の区画を設けました。これにより、ネコは上段の餌を食べながら、下段の餌の匂いも同時に感じることができます。上段と下段の両方に同じ餌を入れて 12 匹のネコに 6 回提示すると(実験4)、摂食量は低下していきました。一方、最初の 5 回は上段・下段ともに同じ餌を提示し、6 回目だけ下段の餌を別の餌に変えると(実験5)、上段で食べる量が再び増加しました。

この結果は、実際に食べる餌そのものを変えなくても、新しい匂いを加えるだけで摂食量が回復することを示しています。つまり、ネコの摂食行動の変化は、味や栄養ではなく、「匂い」という感覚情報によって大きく制御されていることが明確に示されました。

・研究成果4.同じ匂いを嗅ぎ続けると食べる量は減るが、別の匂いではその低下が抑えられる
各回の給餌のあいだの休止時間(10 分間)に、穴の開いたふた付き容器を用いて餌の匂いだけを提示しました。12 匹のネコに同じ餌を繰り返し与える際、給餌の合間にも同じ餌の匂いを嗅がせ続けると、その後の摂食量は、匂いを提示しない場合よりも低下しました(実験6)。
一方、給餌の合間に提示する匂いを別の餌の匂いに変えると、同じ餌の匂いを嗅がせた場合に比べて、その後の摂食量は高く保たれました(実験7)。
これは、同じ匂いへの持続的な曝露が食欲を抑制し、新しい匂いがその影響を和らげることを示しています。

【図説は添付のPDFよりご覧ください】

■まとめと今後の期待
本研究により、ネコの摂食行動が単なる生理的な満腹感ではなく、「嗅覚順応と脱順応」という感覚的メカニズムによって動的に調節されていることが明らかになりました。この仕組みによってネコは、同じ餌を食べ続けることで生じる感覚的な飽き(順応)と、新しい刺激による食欲の回復(脱順応)を繰り返しながら、1日の中で複数回の食事を行っていると考えられます。
本研究成果は、ネコの行動を「匂い」という視点から理解することで、食欲低下を示すネコへの新たな給餌戦略の開発、高齢ネコや病気のネコの栄養管理の改善、ペットフードの開発における嗅覚設計の高度化、ネコの生活の質(QOL)の向上など、より科学的根拠に基づいた飼育・医療・製品開発への展開が期待されます。

■論文情報
著者 :高橋巧、市沢翔太、菊池紗楽、原七海、上野山怜子、宮崎珠子、宮崎雅雄
タイトル: Olfactory habituation and dishabituation dynamically regulate feeding motivation in domestic cats
雑誌: Physiology & Behavior
DOI :10.1016/j.physbeh.2026.115328
https://youtu.be/n8oNkdAwASs?si=sDfMHmvtUSJTA0FK