寄稿者:東京大学
《ニュース概要》
■発表のポイント
・酸化チタン型光触媒技術により、30分間の光触媒処理でエアロゾル中のインフルエンザウイルスを不活化できるマウス実験系の構築に初めて成功しました。
・マウスに、光触媒で処理をしたエアロゾル中のインフルエンザウイルスを40分間曝露しても、鼻甲介および肺から検出されるウイルス量が減少したことを世界で初めて明らかとしました。
・マウスは光触媒で処理をしたエアロゾル中のインフルエンザウイルス曝露後14日間にわたり体重減少を引き起こすことなく、100%の生存率を示し、光触媒型空気清浄機がウイルスの感染拡大を防止することができることを動物実験で初めて明らかとしました。
メイン画像:マウスモデルにおける光触媒によるインフルエンザウイルスの不活化
■概要
間特任教授を研究代表とする東京大学およびカルテック株式会社からなる研究グループは、エアロゾルを介したインフルエンザウイルスのマウスへの感染モデルを立ち上げ、酸化チタン型光触媒がエアロゾル中のインフルエンザウイルスを不活化できるだけでなく、光触媒がマウスの鼻甲介および肺へのインフルエンザウイルスの感染量を減少させ、致死的な体重減少を引き起こすことなく、すべてのマウスを生存させることが4月7日付で「Catalysts」に掲載されました。
インフルエンザウイルスは過去に幾度ものパンデミックを引き起こしてきたように、人類の最大の脅威の一つです。近年では、高病原性鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染することが報告されるなど、人類は依然としてその脅威にさらされています。そこで、人類をウイルスから守るために、安全・安心な環境を創出するための技術が求められています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の間特任教授らは、60Lのアクリルボックス中にインフルエンザウイルスを噴霧したのちに、光触媒(注1)型空気清浄機で処理をすることによって、30分間で99.97%のウイルスが不活化されることを明らかとしました。また、インフルエンザウイルスを噴霧したアクリルボックス中に、マウスを導入すると、すべてのマウスが5日以内に致死的な体重減少を示すが、光触媒で30分間処理をすることで、すべてのマウスにおいて、14日間にわたり体重減少を引き起こすことなく、100%の生存率を示すことが明らかとなりました。
本研究において、世界で初めて、光触媒技術により、マウスへの致死的なインフルエンザウイルスの感染を防止できることが示されました。本研究成果は、光触媒技術が確かに安全・安心な環境の創出に資する技術であることを示唆します。
■発表内容
インフルエンザウイルスは、古くから人類の最大の脅威の一つであり、近代以降も1918年のスペイン風邪、1957年のアジア風邪、1968年のアジア風邪、1977年のソ連風邪、2009年のインフルエンザ(H1N1)2009等、複数回のパンデミックを引き起こしています。加えて、近年では、H5N1型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが家禽だけでなく、ヒトや牛に感染をしたことが報告されるなど、依然として大きな脅威となっています。
既知のインフルエンザウイルスに対しては既に有効なワクチンや治療薬が存在しますが、いまだに多くの人が亡くなっているだけでなく、ウイルスの進化の速度が非常に速いことから、ワクチンや治療薬の有効でないウイルスが発生する危険性があり、高病原性鳥インフルエンザウイルスがパンデミックを引き起こした際の被害は計り知れないと考えられています。そのため、インフルエンザウイルスの感染は主にエアロゾルを介した感染であると考えられていることから、エアロゾル中のウイルスを不活化可能な安全・安心な環境を創出するための技術が求められています。
間特任教授らは、これまでに、光触媒技術を用いて、空気中のSARS-CoV-2(2021年5月21日に東京大学よりプレスリリース)およびインフルエンザウイルス(2026年2月6日に東京大学よりプレスリリース)を不活化できることを明らかとしています。また、光触媒がウイルスだけでなく、細菌やアレルゲンにも有効であることが示されています(2022年8月30日および2023年8月28日に東京大学よりプレスリリース)。しかし、小動物を用いた試験によって、本当に光触媒がエアロゾル中のウイルスを不活化し、安全・安心な環境を作り出すことができるかは、世界で誰も明らかとしていません。
そこで、間特任教授らは、60Lのアクリルボックス中に経鼻接種における半数致死量(MLD50)の50倍の濃度のインフルエンザウイルスを、ネブライザーを用いて噴霧し、0分、15分、30分光触媒型空気清浄機で処理をし、その後アクリルボックス中に各群8匹のマウスを入れ、ウイルスに40分間曝露させました(図1)。その後、エアーサンプラーを用いて、アクリルボックス中のウイルスを回収して、力価の測定を行いました。また、ウイルスに曝露させたマウスのうち3匹は、ウイルス曝露3日後に、解剖を行い、鼻甲介、気道、肺の組織からウイルスを検出しました。残りの5匹については、14日間にわたり、体重測定を行いました。また、陰性対照群として、ウイルスではなく、リン酸緩衝液(PBS)を噴霧した群を用いました。
本研究で使用した装置の模式図を示します(添付のPDF参照)。60Lのアクリルボックスにネブライザーを用いて、季節性インフルエンザウイルスを噴霧し、光触媒を搭載したスポット型空気清浄機(KL-S01;カルテック社製)を用いて処理し、BALB/cマウスを各群8頭同時にボックス内で40分間曝露させた後、ボックス内のウイルスをエアーサンプラーで回収し、Plaque法により力価を測定しました。各群3頭について感染後3日目の臓器(鼻甲介、気管、肺)中のウイルス力価を同様に測定し、残りの5頭について感染後14日目までの体重推移および生残率を求めました。PBS(-)群についても同様に実施しました。
その結果、15分間の光触媒処理で98.28%、30分間の光触媒処理で99.97%のウイルス力価の減少を確認しました(図2①)。さらに、30分間の光触媒処理により、鼻甲介および肺において、有意なウイルス力価の減少を確認し(図2②)、マウスへのウイルス感染量の減少が確認されました。その結果、30分間の光触媒処理では、マウスの致死的な体重減少は起こらず(図2③)、100%の生存率を達成しました(図2④)。一方で、光触媒で処理をしなかった群では、ウイルス曝露5日後にすべてのマウスが死亡し、15分間の光触媒処理でも、1頭を除きすべてのマウスがウイルス曝露7日後に死亡しました。この結果から、光触媒型空気清浄機はエアロゾル中のウイルスを不活化することで、マウスへのウイルス感染量を減少させ、症状を緩和させ、マウスの生存率を向上させたことが示されました。
さらに、この結果が、光触媒反応によるものかを確認するために、①光触媒型空気清浄機を用いた群(光触媒処理)、②光触媒型空気清浄機から励起光を除いた群(光触媒への吸着の確認)、③光触媒型空気清浄機から光触媒を除いた群(励起光の影響の確認)、④光触媒型空気清浄機から光触媒と励起光を除いた群(風の影響の確認)、の条件で30分間処理をした4群と、⑤0分間処理をした群の5群で2度試験を行いました(図3)。また、陰性対照群として、ウイルスではなく、リン酸緩衝液(PBS)を噴霧した群を用いました。その結果、上述の試験と同様に、①の条件で最もウイルスが不活化され(図3②)、鼻甲介および肺のウイルス量も最も少なく(図3③)、致死的な体重減少は起こらず(図3④)、100%の生存率を達成しました(図3⑤)。一方で、その他の群では、ある程度のウイルス力価の減少が確認されたものの、鼻甲介、気道および肺のすべてで高い力価のウイルスが検出され、また、致死的な体重減少が起こり、生存率も0%から40%でした。これらの結果から、光触媒反応が確かにマウスへのウイルス感染を阻害し、生存率を向上させたことが明らかとなりました。
2回の実証試験を行いました。光触媒搭載空気清浄機の稼働時間を30分に設定し、光触媒および励起光の有無をそれぞれ±で示しています。①エアロゾル中の感染性ウイルスの力価を示しました。②光触媒-、励起光-の条件を基準とした場合の不活化率を示しています。③感染後3日目の解剖した各群3頭のマウスの臓器(鼻甲介、気管、肺)中の感染性ウイルス力価をPlaque法により測定し、各個体をそれぞれ1本の棒で示しています。④0日目体重を100%とした場合の、14日目までのマウスの平均体重推移を示しています。⑤20%以上の体重減少を人道的エンドポイントと設定し、14日目までの生残率を示しています。アスタリスクは有意差を示します (*p < 0.05; ** p < 0.01; *** p < 0.001)。
光触媒反応は次亜塩素酸などの消毒薬や紫外線のように人体への有害な作用がないことが知られています。加えて、インフルエンザウイルスのみならず、さまざまなウイルス、細菌および有害物質の除去に有効であることが知られています。このことから、光触媒は人の生活環境で使用可能な非常に有用な技術であると考えられます。特に本研究において、半数致死量の50倍の非常に高濃度のインフルエンザウイルスを30分間で除去したこと、および、これまで明らかにされていなかった動物を用いた試験において有効性を明らかにしたことは、非常に大きな成果です。本研究により、光触媒技術が安全・安心な環境を創出するための技術として応用していくための確かな道筋を示せたと考えています。
なお、本研究は東京大学大学院農学生命科学研究科動物実験委員会の承認のもと、東京大学動物実験実施マニュアル及び実施規則に則り実施されました。
【図説は添付のPDFよりご覧ください】
■発表者・研究者等情報
・東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻
永田 文宏(特任助教)
松浦 遼介(特任准教授)
福士 法子(特任研究員(当時))
(現:日本獣医生命科学大学助教)
松本 安喜(教授)
間 陽子(特任教授)
・カルテック株式会社
福島 隆史(第1開発部 部長)
藤本 和広(第2開発部 担当部長)
幸崎 正登(要素技術開発統括部 統括部長)
染井 潤一(代表取締役社長)
■論文情報
雑誌名:Catalysts
題名:Inactivation of airborne influenza virus in mice using a photo-catalytic air purifier
著者名:JFumihiro Nagata, Ryosuke Matsuura, Noriko Fukushi, Yasunobu Matsumoto, Takashi Fukushima, Kazuhiro Fujimoto, Masato Kozaki, Junichi Somei, Yoko Aida*(*責任著者)
■用語解説
(注1)光触媒
光触媒とは光を照射することにより、触媒作用を示す物質の総称であり、特に代表的な光触媒活性物質として、本研究でも用いた酸化チタンが知られています。酸化チタンは光を吸収することで、強い酸化還元反応を示すことが知られており、本研究では、この酸化還元反応を利用して、インフルエンザウイルスを不活化しています。











