寄稿者:東北大学
《ニュース概要》
【発表のポイント】
・炎症性脱髄疾患(注 1)である NMOSD(注 2)、MOGAD(注 3) MS(注 4) の 3 疾患において、補体(注 5) が関与する「場所」と「活性化の段階」がそれぞれ異なることをヒト中枢神経組織で明らかにしました。補体活性の可視化により、疾患ごとの病態の違いを組織レベルで整理できる可能性が示されました。
・特に MOGAD では、補体活性の強さの違いにより異なる病理型が存在し、終末補体形成が強い病変ほどオリゴデンドロサイト(注 6) 傷害が顕著で、臨床的な重症度とも関連する可能性が示されました。
・本研究で示された研究結果は、将来的に補体系を標的とした治療戦略の拡大および最適化につながる可能性があります。
【概要】
中枢神経に生じる炎症性脱髄疾患は、似た症状を示していても、その体内で起きている免疫反応は必ずしも同じではありません。
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の髙井良樹助教、青木正志教授、病理診断学分野の鈴木貴教授らは、ウィーン医科大学との共同研究により、ヒト中枢神経組織を用いて、NMOSD、MOGAD、MS を神経病理学的に比較しました。その結果、免疫反応の一つである補体の関与の仕方が疾患ごとに異なること、さらに MOGAD では補体の関与が異なる病理型が存在し、それが臨床的な重症度と関係する可能性を明らかにしました。今回の成果は、これらの疾患の本質的な違いを理解し、治療戦略の最適化につながる重要な知見と考えられます。
本研究成果は 2026 年 2 月 9 日に国際専門誌 Acta Neuropathologica に掲載されました。
【詳細な説明】
■研究の背景と経緯
炎症性脱髄疾患は、臨床症状や画像所見が似ていても、その標的(アストロサイト(注 7)、オリゴデンドロサイト、髄鞘など)や免疫機序が異なります。補体は、その違いを反映し得る重要な経路です。特に NMOSD では補体阻害が臨床的に有効であることから、組織レベルで「補体がどこで、どの段階まで進行しているか」を比較することは、病態理解と診断の両面で重要です。
■研究の内容
東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の髙井良樹(たかい よしき)助教、青木正志(あおき まさし)教授、病理診断学分野の鈴木貴(すずきたかし)教授らは、ウィーン医科大学との共同研究により、補体活性を単一マーカーで捉えるのではなく、C4d(初期段階の活性化の痕跡)・C3d(中流段階の活性化の痕跡)・C9neo(終末補体)という異なる 3 指標を用いて、NMOSD・MOGAD・MS の組織を評価しました。
NMOSD:急性のアストロサイト破壊病変で、血管周囲に補体沈着が目立ち、C9neo を含めて 3 指標が同様の分布を示しました(図 1.a-c)。
MOGAD:多くの病変で C4d が血管周囲脱髄病変周囲の髄鞘に沈着していました。一方、C9neo は症例により強弱が分かれ、C9neo が弱い Type A(オリゴデンドロサイトが比較的保たれる)と、C9neo が強い Type B(オリゴデンドロサイトの傷害が強い)が認められました(図 1.d-i)。また、Type B は Type A よりも重症例が多く、治療反応性が悪い傾向が認められました。
MS:主として C4d が病変辺縁の周囲髄鞘に沈着し、病変の活動性に応じて沈着の程度が変化する傾向を示しました。一方で C9neo の沈着はほぼ認められませんでした(図 2)。
これらの結果は、「補体がいつ・どこで・どこまで進むか」が疾患ごとに異なる可能性をヒト組織で体系的に示したものであり、炎症性中枢神経疾患の病態理解を深化させるとともに、疾患の層別化や治療戦略の最適化につながる重要な基盤情報となるものです。
■今後の展開
本研究で示された研究結果は、将来的に補体系を標的とした治療戦略の拡大および最適化につながる可能性があります。NMOSD では補体阻害の有効性が確立しましたが、MOGAD や MS では「どの段階の補体を抑えるのが有効であるか」が患者群・病期で異なる可能性があります。組織所見を手がかりに、治療標的を最適化できる可能性があります。
また、神経病理と臨床の橋渡しにつながることが期待されます。補体の沈着部位とその段階を組み合わせた評価指標を整備することで、鑑別診断や、他の炎症性脱髄疾患における病態解釈の共通言語として活用できます。
■画像解説
上図:図 1. NMOSD および MOGAD における補体沈着パターン
NMOSD:補体(C4d:緑)と髄鞘(MOG:赤)の二重染色では、補体が髄鞘に結合していませんでした。これは NMOAD のターゲットがアストロサイトであることから理解できます。また、C4d と C9neo が類似の染色性を示しました(a-c)。
MOGAD:脱髄病変の周囲において、補体が髄鞘に結合しており(黄色)、MOGAD では補体が髄鞘を直接攻撃していることが分かりました(d,g)。ただし、MOGAD では 2 種類の補体活性パターンが存在し、Type A(障害が軽度)では、C9neo の活性が弱く(e-f)、Type B(障害が重度)では C9neo の活性が強く認められました(h-i)。
下図:図 2. MS における補体沈着パターン
典型的な慢性活動性脱髄病変。C4d が病変辺縁の周囲髄鞘に沈着している一方で、C9neo の沈着はほぼ認められませんでした(a-f)。
【謝辞】
本研究は、JSPS 科研費(JP23K06959、JP24K10634)、国立神経疾患・脳卒中研究所(National Institute of Neurological Disorders and Stroke, AwardNumber R01NS114227)、オーストリア科学基金(Austrian Science Fund,FWF; PAT60 54424 to MB、I6565-B)、およびオーストリア研究振興機構(Austrian Research Promotion Agency, FFG; FO999920011)の支援を受けて実施されました。
また、本論文は「東北大学 2025 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業」の支援を受け、Open Access として公開されています。
【用語説明】
注1. 炎症性脱髄疾患:
免疫の異常によって脳や脊髄の神経を覆う「髄鞘(ずいしょう)」が傷つく病気の総称で、多発性硬化症、視神経脊髄炎、MOG 抗体関連疾患などが含まれます。
注2. NMOSD(視神経脊髄炎スペクトラム障害):
視神経や脊髄を中心に強い炎症が起こる自己免疫疾患です。自分を誤って攻撃してしまう自己抗体(アクアポリン 4 抗体)により、アストロサイトと呼ばれる細胞が攻撃されることで発症します。その結果、視力障害や手足のまひ、感覚障害などが生じます。近年は補体の働きを抑える治療薬が有効であることが分かり、臨床的に使用されています。
注3. MOGAD(MOG 抗体関連疾患):
神経の表面を覆う「髄鞘」の最も外側に存在する「ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク(MOG)」対する自己抗体により発症する疾患です。髄鞘は神経の信号を効率よく伝える役割を担っており、これが傷つくことで様々な症状が生じます。子どもから大人まで幅広い年代に発症しますが、症状や重症度には個人差があることが知られています。
注4. M S(多発性硬化症):
中枢神経に炎症が繰り返し起こり、神経を覆う「髄鞘」が傷つく自己免疫疾患です。若い成人に発症することが多く、最初のうちは再発と寛解を繰り返しますが、徐々に神経の障害が蓄積して進行性になるのが特徴です。
注5. 補体(ほたい):
体を守る免疫の仕組みの一つで、血液中に存在するたんぱく質の集まりです。本来は細菌やウイルスを排除するために働きますが、自己免疫疾患では誤って自分の細胞を傷つけることがあります。補体は段階的に活性化され、最終的には細胞の膜に穴をあける働き(終末補体)を持ちます。
注6. オリゴデンドロサイト:
脳や脊髄で神経を包む「髄鞘」を作る細胞です。髄鞘は電気信号を効率よく伝える役割があり、オリゴデンドロサイトが傷つくと神経伝達がうまくいかなくなります。MOGAD や MS では、この細胞や髄鞘が障害されることが病気の原因となります。
注7. アストロサイト:
脳や脊髄に存在する、神経細胞を支える細胞の一種です。栄養の供給や環境の調整、血管との連携など、神経が正常に働くための土台を担っています。NMOSD では、このアストロサイトが免疫によって攻撃されることが病気の出発点になります。
【論文情報】
タイトル:Characteristic patterns of complement deposition in NMOSD,MOGAD, and MS
著者:Yoshiki Takai (髙井 良樹)*, Simon Hametner, Christian Riedl, Tatsuro Misu(三須 建郎), Toshiyuki Takahashi (高橋 利幸), Hiroyoshi Suzuki (鈴木 博義), NorioChihara (千原 典夫), Masashi Watanabe (渡部 真志), Hiroaki Miyahara (宮原 弘明), Mari Yoshida (吉田 眞理), Yasushi Iwasaki (岩崎 靖), Takashi Suzuki (鈴木貴), Franziska Di Pauli, Stephan Bramow, Guy Laureys, Brenda Banwell, SaraMariotto, Kazuo Fujihara (藤原 一男), Masashi Aoki (青木 正志), Monika Bradl,Hans Lassmann & Romana Höftberger*責任著者:東北大学病院病理部・脳神経内科 助教 髙井 良樹(たかい よしき)
掲載誌:Acta Neuropathologica
DOI:10.1007/s00401-026-02985-9
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00401-026-02985-9











