寄稿者:東北大学 / 東京農工大学
《ニュース概要》
【発表のポイント】
・ロタウイルスとクリプトスポリジウムは、子牛下痢症の主要な原因となる重要な病原体であり、両者の共感染がしばしば認められています。
・自然感染した子牛を対象とした調査により、ロタウイルスの不顕性感染が、後続するクリプトスポリジウム感染による下痢期間を有意に短縮することを明らかにしました。
・細胞実験により、ロタウイルス由来タンパク質(NSP4)が寄生虫の感染を抑制することを見いだしました。
・本研究成果は、ウイルスと寄生虫の共感染が必ずしも症状の悪化につながらないことを示すとともに、子牛下痢症に対する新たな制御戦略の構築につながる可能性を示すものです。
【概要】
子牛の下痢症は生産性の低下や斃死(へいし)を引き起こすことから、畜産現場で深刻な問題となっています。原因となる病原体は一つとは限らず、ウイルスや寄生虫など複数の病原体が同時に関与することも少なくありません。一般に、複数の病原体が感染すると症状は重くなると考えられてきましたが、その影響については十分に検証されていませんでした。
東北大学大学院農学研究科の加藤健太郎教授および東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村越ふみ准教授(研究当時:東北大学学際フロンティア研究所 助教)らの研究グループは、自然感染した子牛を対象とした調査と実験室での実験により、ウイルスと寄生虫が同時に感染した場合でも、症状が必ずしも悪化しないことを明らかにしました。特に、ウイルス感染が寄生虫による下痢の期間を短縮すること、またウイルスが作る物質が寄生虫の感染を抑える仕組みを示しました。本成果は、子牛下痢症に対する新たな予防や制御の考え方につながることが期待されます。
本研究の成果は、2026 年 2 月 17 日に国際誌 Frontiers in Veterinary Science掲載されました。
■研究の背景
子牛の下痢症は、生産性の低下や斃死(へいし)を引き起こすことから、畜産現場において大きな問題となっています。原因となる病原体は一つではなく、ウイルスや寄生虫など複数の病原体が関与することも少なくありません。
一般に、複数の病原体が同時に感染すると症状は重くなると考えられています。そのため、これまでの研究や対策は、いかに感染を防ぐか、あるいは単一の病原体を制御するかに重点が置かれてきました。
一方、実際の畜産現場では、ウイルスと寄生虫が同時に検出されていても、必ずしも重い下痢症状を示さない子牛が存在することが知られていました。しかし、このような共感染が病態にどのような影響を与えているのかについては、十分に検証されていませんでした。
特に、自然環境下で起こる感染の順序や、病原体同士の相互作用に着目した研究は限られており、共感染が子牛下痢症に与える影響やその仕組みは未解明のままでした。そこで本研究では、実際の飼育環境で起こる感染状況に注目し、ウイルスと寄生虫の共感染が子牛下痢症の経過にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的としました。
■今回の取り組み
本研究では、自然感染した子牛を対象とした調査と、実験室での細胞実験を組み合わせて解析を行いました。
まず、北海道の帯広市の農場および帯広畜産大学で飼育されている子牛を対象に、出生直後から一定期間にわたり、毎日、下痢の有無や感染状況を調査しました。その結果、ロタウイルス(注 1)に不顕性感染した後に寄生虫に感染した子牛では、クリプトスポリジウム(注 2)という寄生虫感染による下痢の期間が短くなる傾向があることが分かりました(図 2)。
次に、この現象の背景にある仕組みを調べるため、牛の腸由来の細胞(牛腸管上皮細胞)を用いた実験を行いました(図 3A)。これらの細胞にロタウイルスを感染させた後、クリプトスポリジウムを加えて感染率を評価したところ、クリプトスポリジウムの感染率は対照群と比べて約 75%低下しました(P<0.01)(図 3B)。
また、細胞に自然免疫応答を誘導しただけではクリプトスポリジウム感染の阻害は起こらなかったことから、この作用は免疫反応によるものではなく、ウイルス由来タンパク質が細胞の働きを直接変化させることで生じている可能性が示されました。
そこで、ロタウイルスが作るタンパク質(NSP4(注 3))に注目しました。NSP4 のみを細胞に添加すると、同様にクリプトスポリジウムの感染が有意に抑制されることが確認されました(図 3C)。
これらの結果から、ウイルスと寄生虫が同時に存在する状況でも、必ずしも症状が悪化するとは限らず、感染の順序や相互作用が病態に影響を与えることが示唆されました。
■今後の展開
本研究では、ウイルスと寄生虫が同時に感染する状況でも、必ずしも症状が悪化しない場合があること、またその背景に病原体同士の相互作用が関与している可能性を示しました。
今後研究グループは、今回明らかになった仕組みが、実際の飼育環境や他の農場においても再現されるのかを検証するとともに、感染の順序や免疫状態の違いが病態に与える影響についてより詳細に解析していく予定としています。
また、ウイルス由来の物質が寄生虫感染を抑制するという知見は、病原体そのものを排除するのではなく、感染症の経過を制御するという新たな視点を提供します。将来的には、こうした病原体間の相互作用を応用することで、薬剤やワクチンに過度に依存しない子牛下痢症の予防・制御法の開発につながることが期待されます。
さらに、本研究の考え方は子牛に限らず、他の家畜やヒトを含む幅広い感染症にも応用できる可能性があり、複数の病原体が関与する感染症の理解や対策に新たな方向性を示すものと考えられます。
上図:図 1. 本研究の概略図
【図説は添付のPDFよりご覧ください】
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤研究(B)24K01921、基盤研究(C)22K08584)および、日本中央競馬会 畜産振興事業、公益財団法人公 益推進協会 ENT M Dr. 浅野登&暉子基金 医学基礎研究助成事業の支援を受けて実施されました。本論文は、『東北大学 2025 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』により Open Access となっています。
【用語説明】
注 1. ロタウイルス:主に子牛や乳幼児に下痢を引き起こすウイルス。子牛下痢症の主要な原因の一つとして知られている。
注 2. クリプトスポリジウム:腸に感染して下痢を引き起こす寄生虫。子牛やヒトを含むさまざまな動物に感染する。
注 3. NSP4:ロタウイルスが感染した細胞内で作られるウイルス由来の物質。本研究では、この物質がクリプトスポリジウムの感染に影響を与えることが示された。
【論文情報】
タイトル:Influence of Cryptosporidium and Rotavirus Co-infection on Infectivityin Calves
著者:村越ふみ、伊藤めぐみ、Rofaida Mostafa Soliman、正谷達謄、芝野健一、中屋隆明、加藤健太郎*
*責任著者:東北大学大学院農学研究科 教授 加藤健太郎
掲載誌:Frontiers in Veterinary Science
DOI: 10.3389/fvets.2026.1715161
URL: https://www.frontiersin.org/journals/veterinary-science/articles/10.3389/fvets.2026











