寄稿者:福井県立大学 / 水産研究・教育機構 / 東北大学 / 京都大学
《ニュース概要》
1. 発表のポイント
・海洋生物の生涯にわたる移動を追跡することは、生態学および水産科学における大きな課題です。特にかつお・まぐろ類のような外洋を回遊する魚類は、ときには数千 km に及ぶ長距離移動をするため、その回遊生態の把握は困難を極めていました。
・これまで海洋生物の移動を追跡するために用いられてきた電子標識を用いたバイオロギング手法は、高コストであり、小型個体への適用が難しく、バッテリーの寿命による追跡期間の制限があることから、個体の生涯にわたる移動を捉えるには至りませんでした。
・本研究では、バイオロギングの課題克服として、カツオの眼球にある水晶体に蓄積された同位体比※1 を解析することで、その個体が孵化してから漁獲されるまでの回遊履歴を推定する手法を開発しました。
・この手法を中西部太平洋で漁獲されたカツオ 33 個体に適用し、回遊経路を推定しました。
・調査の結果、海域ごとに様々な回遊パターンがあることが分かりました。特に、熱帯域で漁獲されたカツオは全て熱帯域付近に留まっていましたが、日本近海で漁獲された個体は熱帯域から北上回遊してきた個体が含まれていることが明らかになりました。これは、熱帯域のカツオ個体群において、滞留型と回遊型の2つのパターンがあり、部分回遊※2 が存在していることを示しています。
・今後、本手法を多数のカツオに適用することで、日本に来遊するカツオ資源の生態や変動機構等を明らかにできると考えています。
【用語解説】
※1 同位体比:
同じ原子のうち、質量数が異なる原子の存在比率のこと。本研究では、炭素と窒素の安定同位体を使用した。
※2 部分回遊:
ある種の生き物の集団の中で、長距離を移動する個体と同じ場所にとどまる個体の両方が混ざっている回遊のパターン。
2.背景
カツオ(Katsuwonus pelamis)は、世界中の海で漁獲され有数の漁獲量を誇る回遊魚です。なかでも日本では、古くから季節の食材や調味料、缶詰など様々な形で利用されており、日本の食文化を支える欠かせない魚種となっています。日本近海で漁獲されるカツオの多くは、中西部太平洋の熱帯・亜熱帯域を主な生息域とし、そこから季節的に北上して日本近海へ回遊してくる資源によって成り立っていると考えられています。しかし、具体的な生涯にわたる回遊経路、すなわち「どこで生まれ、どの海域を通って北上してきたのか」を実証的に示すことは困難でした。
これまでカツオの移動を追跡する方法は、電子標識を用いたバイオロギング手法が主流でした。この手法の発展は著しい一方で、電子標識自体が高コストであること、小型個体(目安:体長 35cm 以下)への適用が難しいこと、バッテリー寿命による追跡期間の制限があることなどから、得られる記録はスナップショット的なもので、個体の生涯にわたる移動を捉えるという本質的な課題の解決には至りませんでした。
本研究では、カツオの体に刻まれた「化学的な旅の記録」を読み解くことで、個体ごとの生涯のおおまかな回遊経路を復元する手法を開発しました。具体的には、眼球中の水晶体という組織に注目しました(図 1)。水晶体は一度作られた層が入れ替わらずに蓄積されるため、水晶体には各時期にいた海の化学的な特徴が反映されていると考えられています。本研究では、水晶体の分析によりカツオが一生の間に経験した「同位体比」という化学的シグナルの時間変化を測定し、それを西部太平洋における同位体比の地図と照らし合わせることで、個体が孵化してから日本近海で漁獲されるまでに、どの海域を移動してきたかを推定しました。これにより、日本近海で漁獲されるカツオの生涯の回遊経路をこれまでより詳しく評価できる可能性が開かれました。
3.研究手法
まず、同位体比の分布地図を作成するために、西部太平洋の広い範囲で収集されたカツオの稚魚から成魚までの筋肉の炭素と窒素の安定同位体比データを収集しました。あわせて、人工衛星の観測から推定された各海域の水温や塩分、栄養塩など、海の環境に関するデータも集めました。これらの環境データとカツオの体の大きさを同位体比と結びつける統計モデルをつくり、そのモデルを使って西部太平洋全体でカツオの同位体比がどのように分布しているかを予測し、同位体比の分布地図として表現しました(図2)。
続いて、カツオの回遊履歴の復元に適用するため、日本近海(16 個体)、亜熱帯域(9 個体)、熱帯域(8 個体)で漁獲されたカツオ 33 個体の眼球から水晶体を採取しました。採取した水晶体を独自に開発した方法にて、眼球の外側から中心にかけて連続的に多数の薄い切片に分け(図 1)、それぞれの切片の炭素・窒素安定同位体比を測定しました。次に、得られた水晶体の同位体比を、前段で作成した同位体比の地図と直接比較できるように補正を行いました。最後に、補正した同位体比の変化を、同位体比の分布地図と照らし合わせ、時間とともにどの場所を通ったかを、最も合理的に説明できる回遊経路を求めるためのモデル(状態空間モデル)を構築し、これを当てはめることで、各個体が孵化してから漁獲されるまでの回遊履歴を推定しました(図3~5)。
上図:図 1. カツオの水晶体を顕微鏡下で切片にする様子(A)、水晶体(B)と切片にした後の水晶体の中心部(C)。中心部には、孵化時期の同位体比が記録されている。
4.成果
作成した炭素・窒素安定同位体比の分布地図から、西部太平洋の海では炭素と窒素の同位体比が南北方向に大きく変化していることが明らかになりました。カツオの同位体比の空間分布を予測する統計モデルは、炭素同位体比の変動の約 6 割、窒素同位体比の変動の約 9 割を説明しており、地図の精度が高いことを示しています。炭素同位体比は、熱帯から亜熱帯の暖かい海域で高く、日本近海の温帯域では低くなる一方、窒素同位体比は熱帯で最も高く、亜熱帯で低くなり、日本近海で中程度の値に戻るというはっきりしたパターンが見られました(図 2)。
同位体比の分布地図と水晶体の同位体比の記録を組み合わせることで、西部太平洋で漁獲されたカツオ 33 個体それぞれの生涯の回遊経路を推定しました。その結果、33 個体中 31 個体については、これまで標識調査などから知られているカツオの回遊生態と矛盾しない経路が得られました。2 個体は、連続する切片間における不自然な跳躍等が見られたため、後の解析から除外しました。また、推定された回遊経路を整理すると、日本近海、亜熱帯、熱帯という漁獲海域ごとに、いくつかの共通したパターンに分類できることが分かりました。
日本近海(北緯 30 度以北)で漁獲された 14 個体については、多くが南の海で孵化し、北上してきたと推定されました。推定された孵化海域は亜熱帯域の個体が 7 個体で最も多く、次いで熱帯域が 3 個体、南西諸島周辺海域が 3 個体でした(図 3)。さらに、日本の東方沖の外洋域から来たと推定された個体が 1 個体含まれていました。
亜熱帯(北緯 10~30 度)で漁獲された 9 個体は、他の海域に比べて回遊パターンのばらつきが大きく、熱帯と温帯を行き来するような多様な経路が推定されました(図 4)。共通していたのは、9 個体すべてが一生のどこかの段階で日本近海(北緯 30 度以北)まで北上した経験を持っていたことです。
熱帯(北緯 10 度以南)で漁獲された 8 個体は、いずれも移動範囲が比較的小さく、一生を通じて熱帯から亜熱帯付近にとどまり、日本近海を経由した形跡は見られませんでした(図 5)。熱帯域のカツオが生涯を通じて当該海域周辺に滞在し続ける傾向は、従来の標識調査から示唆されてきた結果と整合的です。一方で、日本近海で漁獲された個体の中には、熱帯域を出発点とする個体が一定数含まれていました。
【図説は添付のPDFよりご覧ください】
本研究の結果から、熱帯域のカツオ個体群の中には「生涯熱帯周辺にとどまる個体」と、「成長に伴って日本近海まで北上する個体」が混在している、いわゆる部分回遊が存在していることが明らかになりました。外洋の沖合に生息し、広い海域を回遊する高度回遊性魚類において、このような部分回遊の存在が具体的なデータに基づいて示されたのは、本研究が初めての例になります。本研究で開発した水晶体同位体解析に基づく手法は、放流・再捕を必要とする従来の標識調査に比べて、漁獲物から安価かつ効率的に多くの個体の生涯の回遊経路を推定できるという利点を持ちます。
5.今後の展望
本研究で開発した手法で継続的に分析し、回遊経路の変動をモニタリングすることで、現在の太平洋のカツオ回遊像に新たな視点を与えることが期待でき、資源評価の精度向上を検討するための基礎情報の提供につながると考えられます。
また、本研究で提示した水晶体の同位体分析に基づく回遊経路推定手法は、カツオに限らず、マグロ、カジキ、サメ類など他の外洋性の高度回遊性魚類、さらには鳥類やウミガメなどの爬虫類にまで応用できます。特に、標識調査で十分に追跡できない小型の種や生活史初期の回遊生態には、未だに数多くの謎が残されています。このような種において、漁獲物や保存標本から効率よく多くの個体の回遊履歴を復元できる本手法は、これまで未解明だった回遊パターンやその地域差・個体差の解明のみならず、過去の回遊経路の解明にも大きく寄与することが期待されます。
6.論文について
本研究は JSPS 科研費(JP21H03579, JP22H05028, JP21H04784, JP20KK0165)の助成を受けたものです。また、本研究の一部は、水産庁国際水産資源調査・評価事業によって実施されました。本成果は、「Methods in Ecology and Evolution」に 11 月 18 日に掲載されました。
タイトル:Fine-scale reconstruction of pelagic fish migration by iso-logging of eye lens
掲載誌:Methods in Ecology and Evolution
著者:Jun Matsubayashi1, 2, Yutaka Osada3, Katsuya Kimura1, 4, Yoshinori Aoki1, Makoto Okazaki1,Tetsuro Senda1, 5, Yuya Ueda1, Naoto Matsubara1, Yuichi Tsuda1
水産研究・教育機構水産資源研究所
福井県立大学海洋生物資源学部海洋生物資源学科
東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC/エイメック)
北海道大学大学院水産科学研究院
京都大学舞鶴水産実験所
論文へのリンク(オープンアクセス):
https://doi.org/10.1111/2041-210x.70201











