寄稿者:広島大学
《ニュース概要》
【本研究成果のポイント】
・アルツハイマー病最大の遺伝的リスク因子 APOE4 を、別の型 APOE3 に切り替える条件付きマウスモデルを開発・検証しました。
・肝臓では遺伝子型の切り替えを実証しました。
・一方で脳では十分な遺伝子発現がみられないことが判明しました。
【概要】
広島大学大学院医系科学研究科 石川 若芸 博士研究員を中心とする研究チームは、アルツハイマー病を発症するリスクが高まる遺伝子「APOE4」を、リスクの低い「APOE3」に切り替えることができるマウスモデルを開発しました。このマウスモデルで、実際に肝臓の「APOE4」を「APOE3」に切り替えることに成功した一方、脳ではこの遺伝子自体が発現しないということも判明しました。
本研究成果は、2025 年 12 月に Neurobiology of Disease(Q1)に掲載されました。
【発表論文】
掲載誌: Neurobiology of Disease (2025 年 12 月)
論文タイトル : A Novel Conditional Knock-In Mouse Model forAPOE4-to-APOE3 Switching
Ruoyi Ishikawa1,2( 石 川 若 芸 ), Yu Yamazaki1*( 山 崎 雄 ), NayutaNakazawa1(中澤 那由多), Xin Li1(リ シン), Taku Tazuma1(田妻 卓),Yoshiko Takebayashi1(竹林 佳子), Masahiro Nakamori1(中森 正博),Yusuke Sotomaru3(外丸 祐介), Hirofumi Maruyama1(丸山 博文)
1.広島大学大学院医系科学研究科 脳神経内科学
2.日本学術振興会 特別研究員
3.広島大学自然科学研究支援開発センター*責任著者
【背景】
アルツハイマー病は、社会の高齢化とともに患者数が増加している認知症疾患です。その発症リスクに最も強く関与する遺伝子が APOE(※1)であり、特に APOE4を持つ人は、標準型である APOE3 を持つ人に比べて、発症リスクが大幅に高くなることが知られています。
APOE4 と APOE3 の違いはわずか 1 塩基であり、生体内で APOE4 を APOE3へ切り替えることができれば、発症リスクそのものを低減できる可能性が考えられてきました。ヒトへの応用に先立ち、その有効性や危険性を、実験モデルを用い多面的に評価する必要がありますが、これまで「体の中で、任意のタイミングで APOE 遺伝子型を切り替える」ことを検証できる実験モデルは限られていました。
【研究成果の内容】
本研究では、体内で APOE4 から APOE3 に切り替えることができるマウスモデルの作製に成功しました。
まず、遺伝子工学の技術を用い、任意のタイミングで APOE4 から APOE3 に切り替えられる遺伝子をつくり、それをマウスの体内に取り込みました。
このマウスで遺伝子の切り替えを試したところ、肝臓では APOE4 から APOE3への切り替えが確認された一方、脳ではそもそも APOE を作るためのタンパク質が減っていることが確認されました。
(以下、専門的な研究内容です。)
本研究では、Cre-loxP(FLEx)システム(※2)を用いて、APOE4 から APOE3へと不可逆的に切り替わる遺伝子設計を行い、まず培養細胞を用いた in vitro 実験で、本設計が Cre 依存的に APOE4 から APOE3 へ切り替わることを確認しました。この検証結果を踏まえて、通常は APOE4 をマウスの Apoe プロモーター制御下に発現し、特定のタイミングで APOE3 へと切り替わる条件付きノックインマウスモデルを新たに作製しました。このモデルを用いて生体内での遺伝子型切り替えを検証した結果、肝臓では APOE4 から APOE3 への切り替えが明確に確認されました。
一方、脳では APOE タンパク質の発現が著しく低下していることが分かりました。さらに分子レベルで解析を行ったところ、脳ではイントロン 3 が除去されないイントロン保持型転写産物(※3)である APOE-I3 が増加し、翻訳可能な成熟 APOE mRNAが減少していることが明らかになりました。この原因として、遺伝子を切り替えるために導入した配列である loxP が、遺伝子情報の正しい読み取り過程に影響を与えた可能性が考えられました。
【今後の展開】
今後、研究チームは loxP 配列の配置を最適化するなど設計を改良することで、脳内でも安定した遺伝子発現と遺伝子型切り替えを可能にする次世代モデルの開発を進める予定です。
【用語解説】
(※1)APOE
体内で脂質(コレステロールなど)を運ぶタンパク質を作る遺伝子です。脳の健康とも深く関係しており、アルツハイマー病の発症リスクに強く影響します。
(※2)Cre-loxP(FLEx)システム
遺伝子工学で使われる技術の一つで、DNA の一部を「切り取る」「向きを反転させる」といった操作を、狙ったタイミングで行うことができます。
(※3)イントロン保持型転写産物
本来は取り除かれるはずのイントロンが残ったままの mRNA です。この状態では、正常なタンパク質が作られにくくなります。本研究では、脳でこの型の APOE のmRNA が増えていることが分かりました。











