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2026-01-15

プリン代謝と脳内のミクログリア形態変化との新たな関係を発見

寄稿者:筑波大学

《ニュース概要》
プリン体の代謝を阻害する免疫抑制剤をマウスに投与すると、生体分子「グアノシンヌクレオチド」の脳内濃度が低下し、細胞内のGTPと結合する低分子量Gタンパク質の活性が抑制されること、それによって脳内の免疫細胞であるミクログリアの形態が変化することを発見しました。

ミクログリアは、脳やせき髄などの中枢神経系で働く免疫細胞です。胎児期から脳内に存在し、生涯を通じて、脳の恒常性を維持する働きがあります。中でも、出生直後におけるミクログリアは、神経回路の形成や異物の除去、脳血管の構築など、多彩な役割を担うことが報告されています。また、これら一連の脳発生過程で、ミクログリアは細胞の形態を変化させ、多様な性質を持ったミクログリアへと変わることが知られています。しかし、出生後にミクログリアの性質が変化する詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした。

本研究チームは、プリン代謝がミクログリア細胞の形態制御に関っていることを報告してきました(Okajima T et al. eNeuro 2020)。プリン代謝では、プリン環を基本骨格に持つ塩基(アデニンとグアニン)やその類縁体の代謝を調整し、エネルギー産生や核酸の生合成が行われます。

本研究ではその過程で、プリン代謝の中間代謝産物イノシン酸に注目しました。イノシン酸を中心にアデノシン三リン酸(ATP)やグアノシン三リン酸(GTP)などの核酸が産生されます。そこで、イノシン酸からのGTPを産生する経路を阻害する薬剤のミコフェノール酸モフェチル(MMF)を投与したところ、グアニンと糖、リン酸が結びついたグアノシンヌクレオチドの脳内濃度が低下しました。また、細胞骨格の構築などに関わる低分子量Gタンパク質の活性化も抑制されました。さらに、低分子量Gタンパク質によって制御される細胞形態を観察したところ、ミクログリアの細胞突起数が減少し、発生に伴う形態変化が抑制されることを発見しました。

ミクログリアは、細胞突起の伸長退縮を繰り返しながら、周辺の細胞や組織とコミュニケーションをとっています。そのため、ミクログリアの発達に伴う形態変化のメカニズムを明らかにすることは、ミクログリアの機能獲得やその破綻によって引き起こされる疾患の理解につながることが考えられます。本研究成果から、免疫抑制剤として使われるMMFがミクログリアを標的とする新しい創薬研究につながることも期待されます。

■研究代表者
筑波大学 生物学学位プログラム
照屋 林一郎(博士後期3年)
筑波大学 生命環境系
鶴田 文憲 助教

■研究の背景
ミクログリアは、中枢神経系に存在するグリア細胞であり、多彩な働きで脳の正常な発生を助けています。特に出生直後は、ダイナミックに変化する脳内の環境を維持するため、ミクログリアもさまざまな機能を獲得していくことが報告されています。またこの過程でミクログリアは、少数の長い丈夫な突起を持つ形態から、複数の細かい突起を複雑に伸ばした形態へと変化していきます。しかし、この形態変化の詳細なメカニズムは解明されていませんでした。

■研究内容と成果
本研究ではまず、プリン代謝(注1)におけるグアノシン三リン酸(GTP)産生の経路の初めの過程である、イノシン酸からキサントシン一リン酸(XMP)の代謝反応を阻害する薬剤ミコフェノール酸モフェチル(MMF)(注2)をマウスに投与し、イメージング質量分析(注3)を用いて、脳内のグアノシンヌクレオチド(注4)量を計測しました。その結果、グアノシン一リン酸(GMP)、グアノシン二リン酸(GDP)、並びにグアノシン三リン酸(GTP)量が減少していることを見出しました。

そこで、グアノシンヌクレオチドが直接作用する低分子量Gタンパク質(注5)に着目しました。低分子量Gタンパク質は、GTPと結合することで活性化し、細胞骨格を制御することで、細胞の形態を変化させます。MMFを投与したマウスの脳と、MMF処理をしたミクログリア細胞株BV2の細胞抽出液について、GTPが結合した低分子量Gタンパク質Rac1とRhoAの量を定量しました。その結果、マウス脳と培養細胞の両方でGTP結合型のRac1とRhoAの量が、MMF未処理群に比べて減少していました。このことから、MMFの処理がミクログリアの低分子量Gタンパク質の活性を阻害することが示唆されました。

次に、ミクログリアの細胞形態を詳細に解析するために、ミクログリアで緑色蛍光タンパク質(GFP)が発現するマウス(CX3CR1-GFPマウス(注6))にMMFを投与しました。その結果、ミクログリアの細胞突起の数が減少することを見いだしました。詳細に観察したところ、細胞体から伸びる一次突起の数には有意な差はなかったものの、一次突起から枝分かれする突起の数が減少していました。このことから、MMFによるグアノシンヌクレオチド代謝の阻害は、一次突起から分岐する突起の出現を抑制し、ミクログリアが複雑な形態を獲得することができなくなっていることを示しました。

以上の結果から、グアノシンヌクレオチド産生に関わるプリン代謝経路は、発達過程で観察されるミクログリアの形態変化に重要な働きを持つ可能性が示唆されました。また、細胞体から伸びた一次突起には影響せず、分岐した二次、三次突起を減少させることから、突起の複雑性を低下させ、ミクログリア突起を介したシナプスや死細胞の除去など微小環境に対する働きに影響を与える可能性が考えられます。

■今後の展開
プリン代謝は、生体内におけるエネルギー産生や核酸合成のために重要な経路です。本研究では、このプリン代謝経路が、出生直後など脳の発達過程におけるミクログリアの形態制御に重要である可能性を報告しました。今後、このメカニズムを介して、ミクログリアが形態を変化させる生理的意義について、詳細に検証を行なっていきます。本研究の成果が、脳の発達過程におけるミクログリアの理解を深める本質的な情報を提供し、ミクログリアが関わるさまざまな現象の解明、さらにはプリン代謝を標的としたミクログリア創薬研究の発展に役立つことが期待されます。

■参考図
図 本研究の成果 ミコフェノール酸モフェチル処理によるミクログリアの形態変化
(左)対照群のミクログリア。(右)ミコフェノール酸モフェチル(MMF)処理群のミクログリア変化。MMFの投与によって、グアノシンヌクレオチド代謝が抑制され、GMPからGTPまでの濃度が減少する。これらの結果、RhoAとRac1の低分子量Gタンパク質のGTP結合による活性化が抑制され、細胞体から直接伸びる一次突起を除く、二次、三次突起の伸長が抑制されている。
Teruya et al. Mol Brain(2026)より抜粋改変

■用語解説
注1) プリン代謝
細胞の核酸(DNAやRNA)の構成成分であるプリンヌクレオチドを合成・分解する代謝経路の総称。遺伝情報の複製に必要な材料を供給するほか、細胞のエネルギー源であるATPや、細胞内シグナル伝達の制御因子であるGTPの産生も担う。生体内では、アミノ酸などから新規に合成する経路と、分解された代謝産物を再利用する経路(サルベージ経路)の双方が機能している。

注2) ミコフェノール酸モフェチル
臓器移植後の拒絶反応抑制などに用いられる免疫抑制薬の一種。イノシン一リン酸デヒドロゲナーゼ(IMPDH)の阻害剤で、核酸の構成成分であるプリンヌクレオチドの合成を阻害することで、細胞の増殖を抑える作用を持つ。

注3) イメージング質量分析
生体組織の切片に対し、レーザーなどを照射して成分をイオン化し、質量分析を行うことで分子の分布を画像化する技術。特定のタンパク質や代謝産物が組織上の「どこに」「どれくらい」存在するかを、抗体や標識剤を用いることなく直接可視化することができる。

注4) グアノシンヌクレオチド
グアニン塩基を持つヌクレオチドの総称。結合しているリン酸基の数により、グアノシン一リン酸(GMP)、二リン酸(GDP)、三リン酸(GTP)に分類される。これらは生体内で酵素によって相互に変換される。特にGTPは低分子量Gタンパク質の活性化やエネルギー供給に利用された後、リン酸を放出してGDPへと変化する。

注5) 低分子量Gタンパク質
分子量20〜30kDa程度の、GTPに結合するタンパク質群の総称。GTPと結合することで活性化し、細胞内のシグナル伝達を制御する分子スイッチとして機能する。細胞骨格の構築などを介して、細胞の形態変化において中心的な役割を担う。

注6) CX3CR1-GFPマウス
ミクログリアを緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識した遺伝子組み換えマウス。

■研究資金
本研究は、AMED-PRIME(ADI07313)、痛風尿酸財団、住友財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、JST-SPRING(JPMJSP2124)の一環として実施されました。

■掲載論文
【題名】
Mycophenolate mofetil reduces the branching of microglial processes
(ミコフェノール酸モフェチルの投与によってミクログリアの細胞突起数は減少する)
【著者名】
RI. Teruya, K. Ueda, T. Taketomi, T. Yamamoto, N. Yamashita, H. Konno, F. Tsuruta
【掲載誌】
Molecular Brain
【掲載日】
2026年1月11日
【DOI】
https://doi.org/10.1186/s13041-025-01271-1