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2026-01-05

クマのボディメンテナンス術 ~1年間の脂肪蓄積量の変動から見たツキノワグマの栄養戦略~

寄稿者:東京農工大学 / 島根県中山間地域研究センター

《ニュース概要》
島根県中山間地域研究センター澤田誠吾科長、東京農工大学大学院農学研究院自然環境保全学部門小池伸介教授、ノルウェーNord大学SamSteyaert准教授(兼任東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)、国立環境研究所栃木香帆子特別研究員らの国際共同研究チームは、島根県に生息するツキノワグマ(以下、クマ)の複数個所の脂肪量の季節変動や脂肪量と秋の主要な食物であるブナ科樹木の果実(いわゆるドングリ)の結実豊凶との関係を分析しました。その結果、クマの脂肪量は季節変動し、秋にピークを迎えた後は冬眠中だけでなく春から夏にかけても減少することが明らかになりました。また、クマは脂肪の中でも最初に皮下脂肪を使用し、その後に内蔵脂肪や骨髄脂肪をエネルギー源として使用することが判明しました。さらに、ドングリが不作の年には、秋に十分な脂肪蓄積ができないだけでなく、その影響は翌年の秋にまで響くことが明らかになりました。

本研究成果は、12月20日付でMammal Studyにオンライン掲載されました。

・論文タイトル
Variation in Fat Accumulation is Associated with Food Availability in Asian Black Bears
・著者名
Seigo Sawada, Kahoko Tochigi, Hiroki Kanamori, Sam M.J.G. Steyaert, Shinsuke Koike
・URL
https://doi.org/10.3106/ms2025-0018

■背景
野生動物にとって栄養状態の変化は個体の生存や成長、繁殖の成功に直結する重要な要素です。そのため、野生動物の栄養状態を把握することは、自然状態の野生動物の個体だけでなく個体群(注1)の健全性や生息環境の変化を理解するうえでも不可欠です。

体内の脂肪量は、野生動物の栄養状態を評価するうえで最も信頼できる指標の一つです。動物は食物から摂取したエネルギーを脂肪として蓄え、さまざまな活動をする際には蓄えた脂肪をエネルギー源として使用します。脂肪には、体脂肪と呼ばれる皮下脂肪(注2)や内臓脂肪(注3)のほかに、骨の内部にある骨髄脂肪(注4)があります。動物が飢餓状態に陥り、栄養状態が低下すると、これらの脂肪が順番に使われます。したがって、それぞれの脂肪量を測定することで、より正確な栄養状態の評価が可能になります。さらに、各季節の脂肪量の測定をすることで、その動物がどの時期に飽食の状態であるのか、あるいは飢餓の状態であるのかといったことも検証できます。

ツキノワグマ(以下、クマ)は植物を中心にした食生活を送り、各季節の植物の開葉や結実に合わせて食べ物の種類を変化させます。中でも、秋にはドングリを大量に食べて、その後に控える冬眠に臨みます。これまでの研究においてもクマは秋の数か月の間で、1年間に摂取するエネルギーの7割から8割を摂取することが知られています(プレスリリース「秋のドングリがクマの一年を支える~エネルギー収支から見たツキノワグマの食いだめ戦略~」(参照1))。しかし、クマが大量に摂取したエネルギーをどこに、どの程度の脂肪として蓄積するのかまたそれらの脂肪をどのように、いつ使うのか?は明らかになっていませんでした。

さらに、ドングリ類は豊作年と凶作年を繰り返す結実豊凶(注5)といった自然現象を持つため、クマの脂肪の蓄積量も年によって変動する可能性がありますが、凶作によってどの程度の脂肪蓄積の低下が存在するのか?その影響はいつまで響くのか?も明らかではありません。本研究では、クマの体内の複数個所の脂肪蓄積量の季節変化と秋のドングリの結実豊凶が脂肪蓄積量に及ぼす影響を明らかにすることを目的としました。

■研究体制
本研究は、島根県中山間地域研究センターの澤田誠吾科長、東京農工大学大学院農学研究院自然環境保全学部門の小池伸介教授、ノルウェー Nord大学のSam Steyaert准教授(兼任 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)、国立環境研究所の栃木香帆子特別研究員らの国際共同研究チームによって実施されました。なお、本研究の一部はJSPS科研費(23K26942)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(4-2502)、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の支援により実施したものです。

■研究成果
本研究では、島根県で2003年から2018年にかけて有害捕獲等で捕殺された651頭のクマについて、3つの脂肪量(皮下脂肪の量(注6)、内臓脂肪の指標として腎脂肪の量(修正腎周囲脂肪指数(注7))、骨髄脂肪の量の指標として大腿骨骨髄内脂肪(注8))(図1)を計測しました。これらの脂肪量は、春から晩夏(8月~9月)に向かって減少し、夏に最も少ない状況を迎えた後に、秋(10月〜12月)にかけて増加しました(図2)。冬眠前の秋と冬眠後の春を比較すると、皮下脂肪は62%、内臓脂肪は39%減少していました。これは、冬眠中のクマはこの2つの脂肪をエネルギー源として使用していたことを示しています。

また、夏の内臓脂肪、皮下脂肪、骨髄脂肪は、それぞれ春の72%、87%、88%に減少していたことから、クマは春から夏にかけては3つの脂肪をエネルギー源として使用していたことを示しています。これまでも、クマのエネルギー収支(摂取エネルギーから消費エネルギーを引いた値)の視点でも、夏の間はマイナスであることが知られていましたが、脂肪の蓄積量が春から夏の間に減り続けることからも、クマにとって春から夏の季節は栄養的に厳しい時期であることが証明されました。

さらに、これらの結果から、クマが体脂肪を利用する順番も推定することができます。具体的には、冬眠中に内臓脂肪と皮下脂肪は同時に使用していますが、皮下脂肪の減少がより顕著であることから、クマは皮下脂肪を最初にエネルギー源として使用する可能性を示唆しています。さらに、春から夏にかけて、秋と比較して皮下脂肪の70%以上が失われることで、主に内臓脂肪を使用するようになったと考えられます。特に、オスでは初夏までに内臓脂肪の多くが使用されたことで、骨髄脂肪の使用が開始されたと考えられます。この理由として、オスはメスよりも広い行動圏を持つことで多くのエネルギーが必要であるとともに、春から夏にかけては繁殖期(注9)に当たり、オスはメスを巡るオス同士の競争やメスの探索行動に多くの時間を割き、十分な採食時間を確保できないことが影響している可能性があります(プレスリリース「知られざるクマたちの恋愛事情~ツキノワグマの繫殖行動の撮影に初めて成功~」(参照2))。クマは絶食状態で冬眠中には使用しやすい皮下脂肪を優先的に使用し、内臓脂肪と骨髄脂肪を食べ物が少ない厳しい季節である春から夏に向けて大切なエネルギー源として温存していると考えられます。

また、体脂肪を測定した前年のコナラのドングリの結実の程度と翌年の脂肪量との関係をみると、前年にドングリが不作の場合、翌年のクマの内臓脂肪と骨髄脂肪は、前年が並作あるいは豊作の年に比べて脂肪蓄積量が少なかったです。さらに、その影響は翌年の秋にまで続き、冬眠後にも栄養状態が十分に回復しないまま夏や秋を迎えていることを示しています。また、ドングリが不作の年には、秋の間に皮下脂肪も十分に蓄積できない可能性もあり、その後の冬眠中には内臓脂肪を多く使用することで必要なエネルギーを補っていた可能性があります。

■今後の展開
本研究は体内の脂肪蓄積の観点から、クマが1年を生き抜くうえで、秋の食生活とそれに伴う体内各所への脂肪蓄積の重要性を示したものです。さらに、これらの結果にはクマの管理や被害対策に対しても、重要な示唆が含まれています。

2000年代に入って、秋のクマが人間活動域に“大量出没”する事態が各地で発生しています。この現象は、日本社会における人とクマの間で深刻な軋轢問題となっています。大量出没の直接のトリガーは秋のクマの主食であるドングリ類の不作とそれに伴う行動の変容、さらに集落内の誘引物の存在が、クマの人間活動域への出没を促すことが知られています。

本結果では、ドングリが不作の年の前年はドングリが豊作あるいは並作でした。今回の試料を分析したドングリが不作の年に集落等に出没し、有害捕獲されたクマはいずれも十分な脂肪蓄積量があり、栄養状態が良好な個体がほとんどでした。つまり、この結果はドングリの不作年にクマの集落への出没を引き起こした要因は、体内の脂肪蓄積量の低下という生理的な栄養状態の悪化、つまり“ひもじさ”ではなく、集落内に放置された未収穫のカキやクリの果実などの、目の前の魅力的な誘引物の存在が出没を引き起こすことを示しています。

このことは、ドングリの結実豊凶という自然現象に関わらず、クマの集落への出没を防ぐためには、出来ることから少しずつクマを集落へ引き寄せる誘引物を除去し、侵入経路を遮断するといった対策を続けることが、人間とクマの軋轢を低減するためには不可欠であることを示唆しています。これらの対策は、ゾーニング管理(クマの生息地と人間の居住地の間に緩衝地帯を設ける方法)など他の対策と組み合わせることで、人間とクマとの緊張関係を再構築する根本的な対策となります。

■参照プレスリリース
参照1: 2019年10月17日リリース
参照2: 2021年6月22日リリース

■用語解説
注1): ある一定地域に生息するある一種の集団。
注2): 皮膚の直下につく脂肪。
注3): 内臓の様々な臓器の周りなど腹腔内につく脂肪。
注4): 大腿骨などの骨髄は脂肪組織が主成分となっている。
注5): 樹木の多くは、果実(種子)の生産量が大きく年変動するとともに、ブナ科の樹木では広範囲の個体間で生産量の年変動が同調する傾向が強い。ある個体が普段活動する場所・空間。
注6): 恥骨結合部分の皮下脂肪の厚さを指標として用いる。
注7): 腎臓本体の重さに対する、腎臓の周囲についている脂肪の重さを指標として用いる。
注8): 大腿骨の中央の3分の1の部分から骨髄を採取し、80℃で24時間乾燥させ、乾燥前後の重量比を指標として用いる。
注9): 動物が繁殖行動を行う季節のこと。クマの場合、一般的に、交尾を行う初夏の時期を指す。

【図説はPDFよりご覧ください】