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2025-12-26

腸内細菌由来のRNAと機械刺激受容体Piezo1による新しい大腸がん抑制メカニズムを発見 ~胆汁酸のUDCAがPiezo1を介した腸内RNAシグナルを増強し,大腸がんの進展を抑制~

寄稿者:愛知医科大学 / 北海道大学 / 昭和医科大学

《ニュース概要》
愛知医科大学の丸山健太教授は,北海道大学の近藤豪講師,昭和医科大学の高山靖規講師,産業技術総合研究所の熊谷雄太郎主任研究員らと共同で,腸内細菌が産生するRNAが腸上皮に発現する機械刺激受容体Piezo1の活性化を介して,大腸がんの増殖を抑制する分子機構を明らかにしました。さらに,胆汁酸の一種であるウルソデオキシコール酸 (UDCA) が,腸内細菌由来の細胞外小胞を破裂させることで内部に含まれるRNAの放出を促進し,大腸がんのPiezo1経路を活性化することを発見しました。本研究は,大腸がんの進展プロセスにおける「腸内核酸環境と機械刺激受容体のクロストーク」を包括的に解明したものであり,Piezo1を標的としたがん予防・治療法の可能性を切り開く成果です。本成果は,科学誌Cell Reportsに2025年12月17日付で公開されました。

【本研究成果のポイント】
・腸内細菌由来のRNAがPiezo1を活性化し,大腸がんの増殖を抑制することを発見
糞便中に含まれるRNAは腸内細菌由来であり,これを用いて大腸がん細胞を刺激すると,機械刺激受容体Piezo1の活性化を伴いながらその増殖が抑制されることがわかりました。

・胆汁酸の一種であるUDCAが,糞便中の「裸の」RNA供給に関与していることを証明
UDCAは腸内細菌由来の細胞外小胞の膜を破壊し,内部に含まれるRNAを放出させることで,Piezo1のリガンドとして機能する「裸の」RNAを供給する役割を担うことがわかりました。

・高脂肪食による糞便中UDCA量の減少がPiezo1シグナルを低下させ,大腸がんの進展を促進することを発見
高脂肪食の摂取に伴い糞便中のUDCA量が減少すると,腸内細菌由来の細胞外小胞からのRNA放出が抑制されて糞便中の「裸の」RNA量が減少します。その結果,高脂肪食を与えたマウスの大腸がんモデルではPiezo1の活性が低下し,通常食を与えたコントロール群と比較して腫瘍形成が促進されました。一方で,UDCAを経口投与すると,糞便中の「裸の」RNA量が増加し,高脂肪食による大腸がん進展の促進効果は消失しました。

・Piezo1が大腸がん抑制因子として機能することを遺伝学的手法により証明
Piezo1を腸上皮で特異的に欠損させたマウスに大腸がんを誘発すると,野生型マウスと比較して多くの腫瘍が形成されました。また,Piezo1を欠損した大腸がん細胞株では,増殖能および転移能が著しく上昇していたことから,Piezo1が大腸がん抑制因子として機能することが遺伝学的に証明されました。

・大腸がん抑制に関わるPiezo1下流のシグナル伝達機構を解明
Piezo1の活性化は転写因子Zfp281の発現を抑制し,それによりLgr5の発現誘導を阻害してWnt/β-カテニン経路を負に制御することを明らかにしました。

Ⅰ.研究の背景
大腸がんは,世界におけるがん関連死亡の第2位を占める重大な疾患であり,毎年約90万人がこの病により命を落としています。先進諸国では特に発症率の上昇が顕著であり,その背景には,西洋型の高脂肪食の普及が深く関与していると考えられています。しかしながら,こうした食事性因子がどのような分子機構を介して発がんに寄与するのかについては,依然として十分に解明されていません。大腸がんにおける最も顕著な分子病態の一つは,Wnt/β-カテニンシグナル(※1)の異常活性化です。この経路は,腫瘍抑制遺伝子APCの変異により恒常的に活性化し,細胞増殖や腫瘍形成を促進するとともに,臨床的な予後不良と強く関連しています。さらに,R-spondinと呼ばれる分子がGタンパク質共役型受容体の一種であるLgr5に結合することで,Wnt受容体の分解を担うE3ユビキチンリガーゼRNF43およびZNRF3の機能を阻害し,Wnt/β-カテニンシグナルを増幅させることが知られています。大腸がんでは,Lgr5の過剰発現に伴ってWnt/β-カテニン経路の活性が著しく増強しており,この経路が腫瘍進展において中心的な役割を果たすことが示唆されています。したがって,Wnt/β-カテニンシグナルは大腸がんに対する極めて有望な治療標的と考えられますが,その活性を効果的に抑制しうる治療法はいまだ確立されていません。近年,腫瘍進展のプロセスにおける機械刺激の関与に大きな注目が集まっています。腫瘍の増大に伴う物理的圧力は,周囲の上皮組織に影響を及ぼし,β-カテニンの核内移行を促進することで,悪性形質の獲得を助長する可能性が指摘されています。機械刺激を受容するカチオンチャネルPiezo1(※2)は,血圧の感知や血管新生をはじめとする多様な生理機能を制御する分子として知られています。本研究グループはこれまでに,糞便中に含まれるRNAが腸上皮に発現するPiezo1を活性化し,セロトニンの産生を誘導することで腸蠕動を促進することを報告しました。しかし,糞便中RNAの起源や,大腸がんにおけるPiezo1の機能的意義については,これまで明らかにされていませんでした。

Ⅱ.概要と成果
本研究では,薬物誘発マウス大腸がんモデルおよび大腸がん細胞株を用いて,糞便中RNA・胆汁酸・Piezo1シグナル伝達経路の相互関係を多面的に解析しました。まず,糞便中に含まれるRNAの大部分が糞便由来の細胞外小胞(fecal extracellular vesicles:FEVs)(※3)内に局在し,RNase A感受性を有する一本鎖RNA(ssRNA)(※4)であることを明らかにしました。抗生物質投与マウスおよび無菌マウスでは,糞便中のRNAおよびFEVs量が著しく減少したことから,これらのRNAが宿主ではなく腸内細菌に由来することが確認されました。腸上皮に発現するPiezo1を活性化するためには,RNAがFEVsの外へ放出され,「裸の」状態となる必要があります。そこで,FEV膜を崩壊させる可能性のある糞便中成分として,界面活性作用を有する胆汁酸に着目しました。複数の胆汁酸をスクリーニングした結果,ウルソデオキシコール酸(UDCA)(※5)のみがFEVs膜を破壊し,内部RNAの放出を促進することが判明しました。薬物誘発大腸がんモデルでは,高脂肪食を摂取したマウスで糞便中UDCA濃度の著明な低下と腫瘍数の増加が観察されました。一方,高脂肪食群にUDCAを経口投与すると腫瘍数は顕著に減少し,糞便中の「裸の」RNA量も回復しました。さらに,RNase Aを注腸して糞便中RNAを分解すると,UDCAによる腫瘍抑制効果が消失したことから,糞便RNAが腫瘍抑制作用の発現に必須であることが示されました。

次に,Piezo1を腸上皮特異的に欠損させたマウスを作出し,薬物投与により大腸がんを誘発したところ,腫瘍数が著明に増加しました。また,Piezo1欠損大腸がん細胞株では増殖能および転移能が亢進し,マウスへの移植実験でも腫瘍の増大と生存率の低下が確認されました。さらに,ヒト大腸がん患者コホートの解析でもPIEZO1発現低下が予後不良と有意に相関しており,Piezo1がマウスのみならずヒトにおいても腫瘍抑制的に機能することが示唆されました。

Piezo1を介した分子機構をさらに明らかにするため,人工合成したssRNAあるいは糞便由来RNAを精製し,Piezo1発現細胞に投与したところ,Piezo1依存的な電流が誘発され,細胞増殖が抑制されました。次にトランスクリプトーム解析を実施したところ,RNA刺激によってPiezo1依存的に発現が著しく抑制される遺伝子群が同定され,そのプロモーター領域にはZfp281の結合配列が高頻度に存在することが明らかとなりました。生化学的解析の結果,転写因子Zfp281はLgr5のプロモーター領域に直接結合し,その発現を誘導することが判明しました。さらに,Piezo1およびZfp281を二重に欠損させた大腸がん細胞株では,Lgr5の発現低下とともに増殖能が野生型細胞と同程度まで抑制されることが確認されました。これらの結果から,Piezo1はZfp281を介してLgr5発現およびWntシグナルを制御していることが示唆されました。次に,Piezo1シグナルがどのような機序でZfp281の発現を調節しているかを明らかにするためZfp281の3'非翻訳領域 (3'UTR)の配列解析を行ったところ,miR-1a-3pの標的配列が存在することが判明しました。そこで,Piezo1活性化がmiR-1a-3pの発現誘導を引き起こすかを検証したところ,野生型大腸がん細胞株では糞便RNA刺激によりmiR-1a-3pの発現が顕著に上昇したのに対し,Piezo1欠損細胞ではその誘導が認められませんでした。過去の報告を参考にさらなる詳細な検討を積み重ねた結果,Piezo1活性化に伴うCa²⁺シグナルによるmiR-1a-3pレベルの制御には,GSK3βとNrf2が介在することも確認されました。以上の結果から,Piezo1の活性化はmiR-1a-3pの誘導を介してZfp281を抑制し,その下流でLgr5およびWntシグナルを抑制することにより,大腸がんの進展を抑えることが判明しました(図1)。

上図:図1 腸内細菌由来のRNAと機械刺激受容体Piezo1による大腸がん抑制機構

Ⅲ.今後の展開
本研究により,腸内細菌由来のRNAが機械刺激受容体Piezo1を活性化することで大腸がんの進展を抑制することが明らかになりました。さらに,高脂肪食による大腸がんの増悪には,UDCA濃度の低下に伴う糞便中の「裸の」RNA量の減少が関与していることも判明しました。従来,腸内細菌は炎症の誘発や発がん物質の産生を通じて大腸がんを促進する要因として認識されてきましたが,本研究はその通説とは対照的に,腸内細菌が宿主の機械刺激受容経路を介して腫瘍の進展を抑制しうることを示しました。さらに,すでに肝庇護剤として臨床的に使用されているUDCAの経口投与が,糞便中RNA濃度を高めることによってPiezo1経路を活性化し,大腸がんの予防および治療へ応用できる可能性が示唆されました。本研究が提唱する「腸内核酸環境と機械刺激受容体のクロストーク」は,腫瘍生物学に新たなパラダイムを提示する概念であり,Piezo1を標的としたがん予防・治療戦略の確立に向けた基盤となることが期待されます。



Ⅳ.用語説明
※1 Wnt/β-カテニンシグナル:細胞の増殖や幹細胞維持を制御する主要シグナル経路。大腸がんの主要な増悪因子であると考えられている。

※2 Piezo1:機械的刺激を感知するイオンチャネル。Ca²⁺流入を誘導し,血管や腸管などにおいて多様な生理機能を担う。

※3 FEVs(fecal extracellular vesicles):腸内細菌が分泌する細胞外小胞。直径約100〜150nmでRNAやタンパク質を含む。

※4 ssRNA:一本鎖RNA。微生物やウイルスに由来し,宿主細胞内で免疫応答や代謝経路に影響を与えることがある。

※5 UDCA(ウルソデオキシコール酸):胆汁酸の一種で,肝機能を改善する薬として用いられる。

Ⅴ.研究成果の公表
論文題名:Bacterial extracellular vesicle ssRNA prevents colorectal cancer progression via Piezo1
(細菌由来の細胞分泌小胞に含まれる一本鎖RNAはPeizo1を介して大腸癌を抑制する)

著者:Takeshi Kondo1,7, Yasunori Takayama2,7, Yutaro Kumagai3,7, Naoki Takemura4, Shigetsugu Hatakeyama1,Makoto Tominaga5, Kenta Maruyama6
*1 北海道大学 大学院医学研究院,2 昭和医科大学 大学院医学研究科,3 産業技術総合研究所,4 大阪大学 薬学部,5 名古屋市立大学 なごや先端研究開発センター,6 愛知医科大学医学部,7 同等貢献,*責任著者

掲載誌:Cell Reports,2025年12月17日掲載(DOI:10.1016/j.celrep.2025.116737.)

研究助成:
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業 (JP16K15665,JP18H02970, JP19K22712,JP23K17376,JP21K06632,JP22K06875,JP23K06940,JP24K02235, JP22H04925,JP23H04486),国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 AMED P-PROMOTE,キヤノン財団,武田科学振興財団,ロッテ財団,ワックスマン財団,加藤記念バイオサイエンス振興財団,がん研究振興財団,細胞科学研究財団,金原一郎記念医学医療振興財団,SGH 財団,日本対がん協会 リレー・フォー・ライフ・ジャパン,住友財団,第一三共生命科学研究振興財団,千里ライフサイエンス振興財団,テルモ生命科学振興財団,稲盛財団,高松宮妃癌研究基金,旭硝子財団,大幸財団,上原記念生命科学財団,東京生化学研究会,小野医学研究財団の支援を受けて行われました。