寄稿者: 広島大学 / 福山大学 / 北海道大学 / 北里大学
《ニュース概要》
【本研究成果のポイント】
冬眠動物は、極端な体温低下と長期間の不活動を経験するにもかかわらず、筋肉の衰えを驚くほど防いでいます。本研究では、冬眠動物の“筋肉が衰えない仕組み”の一端が、「組織幹細胞を生かしたまま、再生を抑える」というエネルギー節約戦略にある可能性を示しました。
【概要】
● ハムスターやクマなどの冬眠動物では、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)が極端な低温下でも死なずに生存できることを発見
● その低温耐性機構は、フェロトーシス(鉄依存性細胞死)を抑える細胞内の抗酸化システムにより成立
● しかし生存した細胞は、筋形成に必要な「活性化・分化」プログラムを意図的に抑制しており、増殖能力が低温下では大きく低下
● 実際にハムスターでの筋損傷モデルでも、冬眠中は筋再生が著しく遅延
● 冬眠動物は「細胞死は防ぐが、エネルギー消費の大きい炎症・再生反応は抑える」という、エネルギー節約型の“冬眠モード”を幹細胞レベルで備えていることが明らかに
広島大学大学院 医系科学研究科 生理機能情報科学の宮﨑充功准教授らの研究グループは、福山大学薬学部・渡邊准教授、北海道大学大学院獣医学研究院・下鶴准教授、北里大学理学部・塚本助教、北海道大学低温科学研究所・山口教授らとの共同研究により、冬眠する哺乳類が、極端な低温環境でも筋肉の幹細胞(サテライト細胞)を死なせず保持する一方、筋形成に関わる遺伝子群の働きを大幅に抑制し、あえて再生を遅らせる仕組みを解明しました。
本研究成果は、米国実験生物学会連合の学術誌 The FASEB Journal に掲載されました。
また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
● 掲載雑誌: The FASEB Journal, 2025; 39:e71297
● URL: https://doi.org/10.1096/fj.202502651R
● 題目: Cold-induced suppression of myogenesis in skeletal muscle stemcells contributes to delayed muscle regeneration during hibernation
● 著者: Tatsuya Miyaji, Ryuichi Kasuya, Mayuko Monden, Yutaka Tamura,Michito Shimozuru, Toshio Tsubota, Daisuke Tsukamoto, Guangyuan Li,Shota Kawano, Yuri Watanabe, Yoshifumi Yamaguchi, MasatomoWatanabe, and Mitsunori Miyazaki**Corresponding author (責任著者)
● doi: 10.1096/fj.202502651R
【背景】
一般に、骨格筋は長期間使われないと萎縮し、筋肉を形成するための幹細胞の働きも弱まるため、冬眠によりほとんど動かない期間が続くと、通常なら筋肉が衰えると考えられます。しかし冬眠動物では、数か月におよぶ極度の不活動と低体温にもかかわらず、筋肉量がほとんど失われません。この理由はこれまでも研究されてきましたが、明確な答えは出ていませんでした。
本研究は、冬眠動物の筋肉が衰えない背景に「細胞死を防ぎながら再生は抑制する」という、冬眠期特有のエネルギー節約戦略が存在することを、世界で初めて幹細胞レベルで示しました。
【研究内容と成果】
1. 冬眠動物の筋幹細胞は、極端な低温ストレス下でも死なない
研究チームはまず、冬眠動物のサテライト細胞※1 が低温ストレスに対して著しい抵抗性を示すことを発見しました。冬眠する動物(シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマ等)と冬眠しない動物(マウス、ラット等)の細胞をそれぞれ 4℃の低温に 24~48 時間さらしたところ、冬眠しない動物の細胞は大半が死滅するのに対し、冬眠する哺乳類の筋肉から得た細胞はほぼ死なずに生存しました。解析の結果、冬眠動物の細胞では、鉄依存性細胞死(フェロトーシス)※2 を抑える抗酸化システムが成立しており、これが極端な低温下でも細胞死を防ぐ鍵であることが分かりました。
2. 低温下で生存した筋幹細胞は「活性化できない = 筋再生スイッチが切られる」
さらに、低温環境を生き延びた細胞のふるまいを詳しく調べたところ、筋肉の形成に必要な MyoD※3 や Myogenin※4 などの遺伝子群が大きく抑制されており、筋肉の組織幹細胞が“生存するが再生は遅らせる”という特殊な待機状態にあることが明らかになりました。これは、冬眠動物のサテライト細胞が、低温ストレス下では再生スイッチを積極的にオフにすることで、状態を維持していることを示しています。
3. 冬眠期のハムスターでは、実際に筋再生が遅延
冬眠期間のハムスターは、体温を周期的に大きく下げる「深冬眠」※6 と体温が常温に戻る「中途覚醒」※7 を繰り返します。この状態で筋肉が傷つくと、通常であれば見られるはずの再生マーカー eMyHC※8 の発現がほとんど確認されず(下図右下)、再生途中の小さな筋線維も形成されません(右上)。さらに、再生の初期に重要なサテライト細胞の活性化や免疫細胞(マクロファージ※9)の浸潤も大幅に抑えられていました。これらの結果は、冬眠中の生体がエネルギーを節約するため、炎症反応や再生反応といった代謝負荷の高いプロセスを意図的に遅らせている、つまり、省エネモードに入っていることを示しています。
※図説は添付のPDFよりご覧ください
【本研究の意義と今後の展開】
本研究は、冬眠動物が「筋肉の幹細胞を死なせずに保持しつつ、再生は適温に戻るまで待機させる」という高度な省エネ戦略を備えていることを明らかにした点で重要です。これらの知見は将来的に、臓器や細胞の低温保存技術の高度化、長期不活動に伴う筋萎縮予防、さらには人工的な冬眠・低代謝医療の開発など、ヒト医療への応用可能性を広げるものと期待されます。
現在、冬眠中に生じる筋再生抑制がどのような分子機構で制御されているのか、特にエピジェネティクスや神経—筋連関などの側面はいまだ明らかになっていません。研究チームは今後、これらの分子機構の解明を進め、冬眠状態を人工的に誘導・制御しうる基盤的知見の確立を目指しています。
【用語解説】
※1 サテライト細胞(筋幹細胞)
骨格筋に存在する「筋肉の幹細胞」。普段は休んでいるが、運動やけがが起こると活性化し、筋肉を修復・再生する役割を持つ。
※2 フェロトーシス(鉄依存性細胞死)
細胞内の鉄が引き起こす「脂質の酸化」により生じる特殊な細胞死の一種。低温ストレスによる細胞死はフェロトーシスを介して起こる。
※3 MyoD(マイオディー)
筋幹細胞が「筋形成・筋再生を始める」ときにスイッチとなる転写因子。活性化すると筋肉に分化する方向へ進む。低温では発現が抑えられる。
※4 Myogenin(マイオジェニン)
筋幹細胞が筋細胞として成熟していく過程で重要となる転写因子。筋再生の“後半”を進める役割がある。
※5 Gene Ontology(遺伝子オントロジー解析)
膨大な遺伝子の機能を「どんな役割をしているか」で分類し、特定の条件下でどの機能の遺伝子が変化したかを調べる手法。
※6 深冬眠(Deep Torpor)
小型の冬眠動物が体温を大きく下げ、代謝を極端に落とした状態。体温が数℃まで下がることもある。クマなど大型の冬眠動物の場合、代謝低下は認められるものの、小型動物ほどの極端な体温低下は起こらない。
※7 中途覚醒(Interbout Arousal)
冬眠中に体温が一時的に正常レベルまで戻る短い覚醒期。小型の冬眠動物はこの「深冬眠」と「中途覚醒」を繰り返す。
※8 eMyHC(embryonic Myosin Heavy Chain)
再生途中の新しい筋線維に発現する「再生マーカー」。筋損傷後に通常であれば増えるが、冬眠期はほぼ発現しない。
※9 マクロファージ
筋損傷の修復に重要な免疫細胞。壊れた筋細胞を処理し、筋幹細胞の活性化をサポートする。冬眠期は浸潤が強く抑制される。











