EDUONE Pass

2025-11-05

RNAがALS発症を抑える「防御役」として働く -ALSなどの治療法の確立に期待-

寄稿者:東北大学

《ニュース概要》
【発表のポイント】
・筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注1)の原因タンパク質が細胞内で固まる(凝集する)のを、RNAがどのように防ぐかを明らかにしました。
・短いRNAはタンパク質が集まる液状の粒(液滴)の中に入り、凝集を防止するのに対し、長いRNAは液滴そのものを解消することがわかりました。
・RNAがALS発症を抑える「防御役」として働いていることを提案しました。

【概要】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患(注2)は、特定のタンパク質が異常に固まる(凝集する)ことにより引き起こされます。タンパク質の異常凝集は、液-液相分離(LLPS)と呼ばれるタンパク質が高濃度に集まった液体状態(液滴)を経由して生じることが提案されています。近年、細胞内に豊富に存在するRNAが、この液滴の形成や凝集を調節していることが報告されていましたが、どのような仕組みで制御しているのかは不明でした。

今回、東北大学大学院薬学研究科の小倉泰成大学院生、松浦宇宙大学院生(研究当時)、田原進也助教、中林孝和教授らは、細胞内にある分子をそのまま観察できるラマン顕微鏡(注3)を用い、ALS 原因タンパク質 FUS(注4)とRNAの相互作用を詳しく調べ、RNAが FUS の液滴形成や凝集をどのように抑えるかを明らかにしました。さらに、生きた細胞の中でも液滴内にRNAが多量にあることをはじめて確認しました。

この成果は、ALS をはじめとする神経変性疾患の新しい治療法の開発につながり、今後の創薬研究への応用が期待されます。
本研究成果は、2025年11月3日(米国時間)に米国化学会の国際誌JACS Auに掲載されました。

・研究の背景
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は神経変性疾患の一つであり、運動神経細胞が機能を失うことで呼吸や手足の運動が困難になる疾患です。ALS の根本的な治療法や予防法はまだ確立していません。ALS は神経細胞内における Fused in sarcoma(FUS)や TDP-43 などといったタンパク質が異常に固まり(凝集する)、神経細胞に障害を引き起こすことで生じると考えられています。こうしたタンパク質の異常な凝集を防ぐことができれば、ALS の治療や予防につながると期待されます。

これらの ALS 原因タンパク質の凝集が、「液-液相分離(LLPS)」という現象によって促進されることが近年指摘されています。LLPS は、タンパク質が高濃度に存在する液体状態(液滴)が溶液内で形成される現象です。通常、タンパク質は細胞内で分散した状態で存在していますが、細胞がストレスを受けると病原性タンパク質を含む生体分子が集合し、液滴を作ります。この液滴から病原性タンパク質が固まってしまうことが示されています。

さらに、細胞の中に豊富に存在するRNAが、この液滴の形成や安定性を調整していることが報告されています。しかし、RNAがどのように LLPS を制御しているのかは未解明でした。RNAによる LLPS の制御機構を明らかにできれば、ALS の治療へと応用することができます。

・今回の取り組み
本研究でははじめに試験管内において FUS の液滴を人工的に作成し、RNAをその液滴を含んだ溶液に加え、液滴の状態や凝集の進行を観察しました。測定には、分子の状態をその場で観測できるラマン顕微鏡も用い、液滴の中にあるRNAや FUS の濃度や構造を解析しました。

さまざまな特徴(配列・構造・長さ)のRNAを加え、液滴の形状変化を観察しました。RNAを加えない場合、FUS液滴は約1時間で固まり始めました(図 1A)。50塩基以下の短いRNAを加えると、RNAの配列や構造に関係なく液滴は安定して保たれ、凝集が抑えられました(図 1B)。一方、1000 塩基を超える長いRNAを加えると液滴自体が消失しました(図 1C)。以上より、RNAの「長さ」によって液滴の運命が変わることがわかりました。

ラマン顕微鏡を用いて液滴内部の分子の状態を解析しました。FUS の液滴に対して短いRNAを加えると、FUS の液滴内部に FUS だけではなくRNAの強い信号が観測されました(図 1D)。この結果から、FUSの液滴内にRNAが自発的に濃縮されることで凝集を抑制することが示されました。一方で長いRNAは液滴内部に取り込まれませんでした。

続いてこのようなRNAが、本当に生細胞内の FUS 液滴にあるのか検討しました。FUS液滴は細胞にストレスを加えると生成することが知られており、本研究でも細胞に浸透圧ストレスを与えたところ、細胞核および細胞質においてFUS 液滴が生成しました。これらの液滴をラマン顕微鏡を用いて検討したところ、液滴がタンパク質のみではなく、RNAを多量に含むことをはじめて明らかにしました(図 1E)。本研究グループが以前に確立したラマン顕微鏡を用いた生体分子濃度のその場定量法を用い、液滴内の内在性RNAを定量したところ、液滴の内部の濃度が外側よりも 2 から 3 倍程度高いことがわかりました。その濃度は試験管中に観測された液滴内のRNA濃度と概ね一致します。

本研究からRNAが FUS の LLPS を「長さ」に基づいて制御することを示しました。短いRNAは液滴内の FUS に結合し、FUS 同士の接触を妨害する「バッファー」の役割を果たすことで凝集を抑制し(図 2A)、長いRNAは液滴内に取り込まれなかったことから、液滴界面の FUS と結合することで FUS の親水性を高め、液滴内の FUS 濃度を減少・消失させると考えられます(図 2B)。細胞内の FUS 液滴もRNAを濃縮させていることから、RNAが FUS 液滴の凝集を抑制する役割を担っていることが提案されました。

・今後の展開
本研究ではRNAが FUS 液滴の LLPS を制御する分子機構を明らかにしました。神経変性疾患には ALS 以外にもアルツハイマー病やパーキンソン病などがあり、いずれの疾患においても特定タンパク質の LLPS が関与することが示されています。本研究グループでは、RNAが ALS 以外の疾患原因タンパク質のLLPS をも制御するのかを検証し、その分子機構を明らかにする研究を行っています。RNAによる LLPS 制御機構を明らかにすることで、神経変性疾患に対する有効な薬剤設計の指針を提示できると考えています。

【画像解説】
上図:図 1.(A)FUS 液滴は 1 時間後に凝集体に変化した。左図の円形の構造体が液滴であり、右図のモザイク状の構造体が凝集体。(B)短いRNAを加えるとFUSは 1 時間後においても液滴状態を保持していた。(C)長いRNAは FUS の液滴を消失させた。(D)FUS 液滴のラマンスペクトル(黒実線)。FUS のラマン信号が多数観測された。短いRNAを加えると、RNAのラマン信号が現れ(赤実線)、RNAが FUS 液滴内部に濃縮されることが確認された。(E)細胞内の核酸とタンパク質のラマンイメージ。矢印で示した箇所が FUS 液滴。液滴内に核酸(RNAおよび DNA)とタンパク質のラマン信号が強く観測された。

下図:図 2.RNAによる長さ依存的な LLPS の制御機構。(A)短いRNAは液滴内に濃縮され、FUS-FUS 相互作用を阻害することで、FUS の凝集を抑制する。(B)長いRNAは液滴内に入らず、液滴表面の FUS と結合し可溶化する。これにより液滴内の FUS 濃度が減少し、液滴が解消する。

【謝辞】
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号21H05261, 24K22008, 24K02161, 24K01505)および科学技術振興機構さきがけ(課題番号JMPMJPRE20E5)の助成を受けたものです。また、本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

【用語説明】
注1. 筋萎縮性側索硬化症(ALS):運動神経細胞の機能不全により、呼吸や手足の運動が困難になる進行性かつ致死性の疾患。根本的な治療法は確立していない。

注2. 神経変性疾患:神経細胞死や機能不全によって引き起こされる疾患の総称。ALS、アルツハイマー病、パーキンソン病が代表例。

注3. ラマン顕微鏡:試料中のマイクロメートル程度の微小領域におけるラマン散乱光を観測する顕微鏡。物質に光を照射すると、照射光よりも分子の振動エネルギー分だけ低エネルギーのラマン散乱光が発生する。ラマン散乱光のスペクトルから分子構造を解析できる。

注4. Fused in sarcoma (FUS):細胞核内に存在するRNA結合タンパク質。 mRNAのスプライシングや細胞質への輸送に関与する。一方で ALS の病態では細胞質に凝集体を形成することから、FUS の凝集体が ALS の原因タンパク質の一つであると考えられている。

【論文情報】
タイトル :RNA-mediated inhibition mechanism of liquid-liquid phase separation and subsequent aggregation revealed by Raman microscopy
著者:小倉泰成、松浦宇宙、町田雅人、永井海地、梶本真司、田原進也*、中林孝和*
*責任著者 東北大学大学院薬学研究科 教授 中林孝和、助教 田原進也
掲載誌:JACS Au
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacsau.5c01234
DOI: 10.1021/jacsau.5c01234