寄稿者:北海道大学
《ニュース概要》
■ポイント
・既存のワクチンでは子牛の感染症を防御できない場合があり、新たな技術の開発が必要。
・子牛へのプロバイオティクス給与により、ワクチンに対する免疫応答が増強することを証明。
・薬剤耐性菌問題の解決にも貢献し、健康な子牛の育成と生産性の向上に期待。
■概要
北海道大学大学院獣医学研究院の今内 覚教授、同大学大学院国際感染症学院博士課程の池端麻里氏、同大学大学院獣医学研究院の岡川朋弘招へい教員、同大学総合イノベーション創発機構ワクチン研究開発拠点の鈴木定彦特任教授らの研究グループは、プロバイオティクス*1 の給与が子牛のワクチンに対する免疫応答を増強することを証明しました。
家畜の感染症に対する治療法には多くの抗菌剤*2 が使用されていますが、過剰量の抗菌剤投与に伴う薬剤耐性菌*3 の問題が世界規模で指摘されています。そのため、動物用ワクチンは抗菌剤に依存しない感染症の防御法としてますます重要視されています。しかし、既存のワクチンの単独使用では家畜の感染症を防御できない場合も多く、効果的に感染症を予防する新たな技術の開発が求められています。プロバイオティクスには T 細胞の活性化をはじめとした免疫調節機能があるため、ワクチン応答の増強効果が期待されています。プロバイオティクスによってワクチン応答を増強することができれば、感染症対策に幅広く貢献する可能性があります。しかし、子牛においては、プロバイオティクスの給与によるワクチン応答の増強効果は不明でした。
そこで本研究では、子牛を用いた大規模な実証試験を行い、プロバイオティクスを給与している子牛にワクチンを接種した場合、ワクチンに対する免疫応答が増強されるのかどうかについて検証しました。その結果、プロバイオティクスの給与によって子牛のワクチンに対する T 細胞応答が増強されることが明らかになりました。
今後は、本研究成果をもとにしてプロバイオティクスを用いた子牛の感染症対策を推進することで、健康な子牛の育成や畜産業の生産性向上への貢献が期待されます。
なお、本研究成果は 2025 年 10 月 31 日(金)公開の Vaccines 誌にオンライン掲載されました。
【背景】
家畜の感染症に対する治療法には多くの抗菌剤が使用されていますが、過剰量の抗菌剤投与に伴う薬剤耐性菌の問題が世界規模で指摘されています。動物用ワクチンは、感染症による健康被害や死亡を防ぎ、集団内での感染拡大を抑えることで、感染症を制御する最も効果的な方法の一つとして知られています。また、動物用ワクチンを効果的に活用することによって、抗菌剤の使用量を減らし、薬剤耐性菌出現のリスクを減らすことが期待されます。集団で飼育される牛などの家畜においては、感染症予防におけるワクチンの役割は非常に重要視されています。特に、子牛のような新生動物は免疫系が未熟であるため、下痢症や肺炎など、様々な感染症にかかる可能性が高いです。そのため、子牛の感染症防御には、ワクチン接種による免疫の確立が必要不可欠です。家畜のワクチン接種には、弱毒ウイルスワクチンが最も広く使用されていますが、ワクチンに対する応答は個体間で大きく異なり、得られる免疫応答の強さにも差があります。そのため、特に免疫応答が弱い個体において、ワクチンの防御効果を高める新たな戦略の開発が求められています。
プロバイオティクスとは、適切な量を摂取したときに、ヒトや動物の健康に有益な効果を与える生きた微生物のことで、乳酸菌や酪酸菌などが広く知られています。様々なプロバイオティクスがヒト及び動物の食品サプリメントとして利用されており、子牛にも飼料として給与されてきました。ヒトを対象とした研究では、プロバイオティクスを摂取することによる様々な臨床的有益性が報告されています。例えば、インドの新生児を対象とした大規模臨床試験において、プロバイオティクスとフラクトオリゴ糖を混合したサプリメントを投与すると、敗血症(細菌感染症による重篤な合併症)に対して顕著な防御効果を示し、死亡例が半減したことが報告されました(Panigrahi et al., Nature, 548:407–412, 2017)。また、獣医学領域においても、発酵代用乳が子牛の下痢症を軽減し、腸炎による死亡例を減少させることが報告されています(Kayasaki et al., Vet Microbiol, 254:108976, 2021)。このように、プロバイオティクスには、宿主に対する様々な有益な効果が報告されていますが、その効果の一つに、T 細胞の活性化をはじめとした免疫調節機能があります。そのため、プロバイオティクスはワクチン応答の増強効果を有することが期待されています。プロバイオティクスによってワクチン応答を増強することができれば、感染症対策に幅広く貢献することができます。しかし、子牛にプロバイオティクスを給与した場合の生体内におけるワクチン応答の増強効果については明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、農場において、子牛を用いた実証試験を行い、子牛にプロバイオティクスを給与した場合に、ワクチンに対する免疫応答が増強されるのかについて、T 細胞応答を中心に検証を行いました。
【研究手法】
子牛(ホルスタイン種、2 か月齢)を 3 群(20 頭、19 頭、18 頭)に分け、各群に対して陰性対照飼料、生菌入り混合飼料(ゼオサポ KB)または酪酸菌添加飼料を毎日給与しました。給与開始から 4 週後及び 8 週後に市販の弱毒ウイルス生ワクチンを 4 週間間隔で 2 回接種し、2 回目接種の4 週間後に採血を行いました。そして、血液中の免疫細胞(リンパ球など)を分離し、ウイルス抗原に対する T 細胞応答並びにサイトカインの応答を解析することで、ワクチンに対する免疫応答を評価しました。
【研究成果】
子牛にゼオサポ KB 並びに酪酸菌添加飼料を給与すると、ウイルス抗原に対する CD4+ T 細胞の応答が活性化されました(下図)。また、これらの子牛では、IFN-γや TNF-αという Th1 サイトカインの産生量も上昇していました。以上より、子牛へのプロバイオティクスの給与により、ワクチンに対する CD4+ T 細胞応答並びに Th1 応答が増強されることが明らかになりました。
【今後への期待】
本研究により、プロバイオティクスには子牛のワクチン応答を増強する作用があることが示唆されました。畜産業においてプロバイオティクスは飼料として広く利用されてきましたが、子牛におけるワクチン応答増強効果については十分に検証されていませんでした。そのため、子牛 57 頭を用いた大規模実証試験により得られた本研究の成果は、現行のワクチンプログラムの改良に資する可能性があると期待されます。
今後は、本研究の知見を広く普及させるとともに、プロバイオティクスを用いた子牛の感染症対策を推進することで、感染症による死亡や成長不良の低減、健康な子牛の育成、さらには畜産業全体の生産性向上に貢献していく所存です。
【謝辞】
本研究は、日本中央競馬会特別振興資金助成事業、生物系特定産業技術研究支援センター、文部科学省科学研究費助成事業(JP19KK0172、JP22K19232、JP23K23768、JP23KK0124、JP19K15993、JP22K15005、JP24K01918)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JP223fa627005)、北海道大学大学院獣医学研究院臨床研究推進研究費の支援の下で行われました。
■論文情報
論文名: Enhancement of vaccine-induced T-cell responses by probiotics in calves(プロバイオティクス給与による子牛のワクチンに対する T 細胞応答の増強)
著者名: 池端麻里 1、岡川朋弘 1, 2、中村隼人 1,前川直也 1、鈴木定彦 3、村田史郎 1, 4、大橋和彦 1, 4、今内 覚 1, 3, 4, 5(1北海道大学大学院獣医学研究院、2株式会社ファスマック、3北海道大学総合イノベーション創発機構ワクチン研究開発拠点、4 北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所、5北海道大学 One Health リサーチセンター)雑誌名 Vaccines(ワクチン学の専門誌)
DOI :10.3390/vaccines13111120
公表日 2025 年 10 月 31 日(金)(オンライン公開)
【参考図】
上図:子牛におけるプロバイオティクス給与とワクチン接種の実証試験(概要)
下図:プロバイオティクス給与によるワクチンに対する CD4+ T 細胞応答の増強(解析結果)
【用語解説】
*1 プロバイオティクス … 適切な量を摂取したときに、ヒトや動物の健康に有益な効果を与える生き た微生物のことを指す。乳酸菌や酪酸菌が広く知られている。ヒトに対するプロバイオティクスの効 果としては、下痢症の改善、免疫機能の改善による感染防御、アレルギーの軽減などが報告されている。畜産業においても、プロバイオティクスは長年、家畜の健康維持を目的に飼料として広く利用さ れてきた。
*2 抗菌剤 … 細菌の増殖を抑制または殺菌する薬剤のこと。獣医学領域では長らく感染症の予防並び に治療に用いられてきた。このような使用は、感染症による損失を減らし、畜産業の生産性向上に寄 与してきたが、薬剤耐性菌の出現という重大な公衆衛生上の課題を引き起こす要因ともなった。
*3 薬剤耐性菌 … 抗菌薬が効かなくなった細菌のことを指す。薬剤耐性菌は、世界規模で深刻な公衆 衛生上の脅威とされており、世界保健機関をはじめとする国際機関が警鐘を鳴らしている。2050 年 には、薬剤耐性菌による死亡者数が年間 800 万人以上になる可能性があるとされており、世界の死因1 位になる可能性があると警告されている。











