寄稿者:東京科学大学
《ニュース概要》
■ポイント
・患者摘出腎から得た尿細管上皮細胞を三次元培養し、ヒト腎臓尿細管オルガノイド(tubuloid)を構築した。
・シスプラチンを繰り返し投与することで、細胞老化、炎症、線維化を段階的に再現し、慢性腎臓病(CKD)に特徴的な病態連鎖を可視化した。
・本モデルは、ヒト腎由来の高精度な創薬プラットフォームとして、薬剤毒性評価やCKD治療薬の開発に応用できる可能性がある。
■概要
東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の仲尾祐輝医学部医学科学生、森槙子非常勤講師、森雄太郎テニュアトラック助教らの研究チームは、患者から摘出された腎臓から得た尿細管上皮細胞を用い、三次元培養系である尿細管オルガノイド「tubuloid(チュブロイド)」を構築しました。そして、このチュブロイドにシスプラチンを繰り返し投与することで、DNA損傷、細胞老化、炎症性サイトカイン分泌、さらには線維化誘導といった慢性腎臓病(CKD)[用語1]に特徴的な病理的変化を再現するモデルを確立しました。
この成果により、ヒト細胞レベルで老化‐炎症‐線維化の連鎖を検証できる創薬プラットフォームが実現可能となり、さまざまな疾患に対する毒性試験系や、CKD治療薬の非臨床評価系としての応用が期待されます。
本研究成果は、10月10日付(現地時間)の「Advanced Healthcare Materials」誌に掲載されました。
■背景
慢性腎臓病(CKD)は、進行性かつ不可逆的な機序を有し、世界的に患者数が増加しているにもかかわらず、根治的な治療法が未だ確立されていません。近年、CKDの進展には、慢性的な細胞ストレスや細胞老化、それに伴う線維化が重要な役割を果たすとの仮説が注目されています[参考文献1]。しかし、従来の動物モデルや単層培養系では、ヒト特有の老化‐炎症‐線維化の連鎖を忠実に再現することが難しく、薬効・毒性評価や病態機序の解明には限界がありました。こうした制約を克服するためには、ヒト腎由来細胞を用いた三次元モデルの構築と、その病態制御機構の解明が不可欠と考えられてきました。
■研究成果
本研究グループはまず、腎臓摘出手術を受けた患者から得られた腎尿細管上皮細胞を採取し、それらを三次元培養下で増殖誘導する手法により「tubuloid(チュブロイド)」を樹立しました。続いて、このtubuloidに対してシスプラチンを反復投与する実験系を設計し、時間経過および投与回数に応じて、DNA損傷マーカー(γH2AX )、細胞老化マーカー(p16, p21, LaminB1, p53 など)、炎症性サイトカイン(SASP因子)、さらに線維化関連分子(コラーゲン、αSMA など)の発現変動を詳細に評価しました。
その結果、繰り返しのシスプラチン処理によって、老化マーカーの上昇、SASP分泌の亢進、線維化関連遺伝子の発現誘導といった一連の変化が再現され、CKDに特徴的な老化‐炎症‐線維化カスケードをヒト腎臓由来モデル上で可視化できることを示しました。さらに、このモデルを創薬評価系として活用することで、薬効性化合物の評価にも応用可能であることを示唆しました。
■社会的インパクト
本研究成果は、ヒト由来の腎臓細胞を用いた高信頼性モデルを提供する点で、従来の動物モデルや単層培養系を凌ぐ価値を持ちます。特に、腎毒性評価や創薬シーズのスクリーニングにおいて、ヒト特有の老化・線維化応答を反映する評価系としての活用が期待されます。今後、CKD治療薬候補化合物の早期スクリーニングや効果予測に本モデルを導入することで、研究開発コストの削減や成功率の向上に貢献できる可能性があります。さらに、ヒト特性を反映したこのモデルを通じて、未解明の病態進展因子の発見や個別化医療への展開にもつながることが期待されます。
■今後の展開
今後は、本モデルを用いて未知の進展因子や制御因子の探索を進めるとともに、既存および新規化合物の毒性・有効性試験を実施し、創薬プラットフォームとしての有用性を確立していきます。さらに、患者ごとの特性を反映した個別化モデルへの拡張や移植医療への応用を視野に入れ、薬剤応答予測や適応患者層の選別といった臨床指標との連携可能性についても検討を進める予定です。
また、研究グループでは、本オルガノイド技術を応用した創薬支援を事業とする大学発ベンチャーの設立も計画しています。
■付記
本研究は、日本学術振興会 科研費(22K20881, 24K03249)、文部科学省 卓越研究員事業、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、MSD生命科学財団、バイエル薬品研究助成、日本ワックスマン財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団、薬力学研究会、AMED(25ek0310028h0001, 24gm6910017h0001)の支援を受けて実施されました。また、本成果の詳細な実験手法や解析データは、論文掲載時に補足資料として付記されます。
■参考文献
[1]
Mori Y, Ajay AK, Chang JH, Mou S, Zhao H, Kishi S, Li J, Brooks CR, Xiao S, Woo HM, Sabbisetti VS, Palmer SC, Galichon P, Li L, Henderson JM, Kuchroo VK, Hawkins J, Ichimura T, Bonventre JV. KIM-1 mediates fatty acid uptake by renal tubular cells to promote progressive diabetic kidney disease. Cell Metab. 2021 May 4;33(5):1042-1061.e7. doi: 10.1016/j.cmet.2021.04.004. PMID: 33951465; PMCID: PMC8132466.
■用語説明
[用語1]
慢性腎臓病(CKD):3ヵ月以上にわたり腎機能の低下や尿異常が続く状態を指す。高血圧や糖尿病といった原疾患を背景に、本邦では成人の約8人に1人がCKD患者といわれており、新たな国民病とも形容される。
■論文情報
掲載誌:Advanced Healthcare Materials
タイトル:A Human Kidney Tubuloid Model of Repeated Cisplatin-Induced Cellular Senescence and Fibrosis for Drug Screening
著者:Yuki Nakao1#, Makiko Mori1#, Yuta Sekiguchi1, Iori Morita1, Ryota Shindoh1, Shintaro Mandai1, Tamami Fujiki1, Hiroaki Kikuchi1, Fumiaki Ando1, Koichiro Susa1, Takayasu Mori1, Ayumi Suzuki2, Yuji Nashimoto2, Hirokazu Kaji2, Yuma Waseda3, Soichiro Yoshida3, Yasuhisa Fujii3, Eisei Sohara1, Shinichi Uchida1, Kensuke Miyake4, Yutaro Mori1
# Both authors contributed equally to this work.
1 東京科学大学 医歯学総合研究科 腎臓内科学分野
2 東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 医療工学研究部門 診断治療システム医工学分野
3 東京科学大学 医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学分野
4 東京科学大学 総合研究院
DOI:10.1002/adhm.202501795
■画像解説
上図:患者摘出腎由来尿細管オルガノイドの顕微鏡写真
下図:本研究で再現したCKDの細胞老化-炎症-線維化カスケードの概要











