寄稿者:金沢大学
《ニュース概要》
金沢大学がん進展制御研究所の小谷浩助教らの研究グループは、バーキットリンパ腫に対して、CAR-T細胞療法(※1)に MYC(※2)の阻害作用を示す治療を追加することで、飛躍的に治癒率を高める革新的な治療法の開発に成功しました。
バーキットリンパ腫は、血液がんの悪性リンパ腫の一種で MYC遺伝子の転座が特徴的で、特に小児や若年成人にみられる非常に進行が早い稀な病気です。近年、一部の血液がんに対しては、CAR-T細胞療法が承認され、治療方法の選択肢として注目されていますが、バーキットリンパ腫に対しては有効性が限定的であると報告されています。また、病態の中心にある MYCを直接標的にした治療薬は、長年開発が進んでおらず、バーキットリンパ腫に対する新たな治療法の開発が切望されています。
本研究では、小谷助教らが最近発見した、SUMO化(※3)経路を阻害するエピゲノム治療薬(※4)が MYCを阻害する作用(参考文献 1)および免疫反応を活性化する作用(参考文献2)に着目し、これらをバーキットリンパ腫に応用しました。さらに、CAR-T細胞療法と組み合わせることで、治癒率が飛躍的に向上することを示しました。
この成果は、治療選択肢が限られている希少がんに対して、免疫療法とエピゲノム治療薬を組み合わせた新たなアプローチの可能性を示すものであり、将来的には患者のQOL向上や治療成績の改善につながることが期待されます。さらに、これらの知見は将来、バーキットリンパ腫に対する新たな根治療法の臨床開発に活用されることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月3日午前1時(中央ヨーロッパ時間)に国際学術誌『SignalTransduction and Targeted Therapy』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
バーキットリンパ腫は、血液がんの悪性リンパ腫の一種で MYC遺伝子の転座が特徴的で、特に小児や若年成人にみられる非常に進行が早い稀な病気です。最近一部の血液がんに対しては、「生きた薬」とも言われる一度だけの投与を行う CAR-T 細胞療法が承認されており、厳しい状況からでも治癒が望めるようになってきました。しかし、バーキットリンパ腫に対しては CAR-T細胞療法の有効性が限定的であると報告されています。また、バーキットリンパ腫の根源である MYC遺伝子の転座を直接標的にした治療薬は、長年開発が進んでいませんでしたが、SUMO化阻害薬が MYCを抑制する作用を示すことが最近の私達の研究で発見されました。そこで、本研究では CAR-T細胞療法と SUMO化阻害薬を組み合わせることにより、バーキットリンパ腫の治癒率が向上するかを検証しました。
【研究成果の概要】
本研究では、まず SUMO化阻害薬投与後のバーキットリンパ腫細胞の増殖率とシグナル伝達系について解析を行い、有効性を確認しました。次に、SUMO化阻害薬によってCAR-T細胞が受ける影響を解析し、CAR-T細胞療法にとって重要な長期間の効果持続性に好ましくない活性化が引き起こされる一方で、安全性の面でブレーキをかけるような仕組みが起こることを発見しました。これらの結果から、「生きた薬」である CAR-T細胞療法の利点を活かすためには SUMO化阻害薬を限定的に併用することが好ましいと考えられました。
そこで、マウスモデルでは CAR-T細胞療法と一度だけの SUMO化阻害薬の投与を併用する実験を行ったところ、SUMO化阻害薬の併用がマウスの生存期間を延長することを確認しました。しかし、治癒するマウスがいなかったため、さらに CAR-T細胞療法と合計5回の SUMO化阻害薬の投与を併用する実験を行いました。すると驚くことに、この方法では8割のマウスが完治して長期間生存しました(図)。以上より、CAR-T細胞療法と限定的な SUMO化阻害薬の投与が、バーキットリンパ腫に対する根治性を向上することが示唆されました。
【今後の展開】
本研究で得られた成果に基づいて、バーキットリンパ腫に対する新たな根治療法の臨床開発が期待されます。
【本研究への支援】
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
日本学術振興会科学研究費(科研費)・若手研究 2023〜2025年度「SUMO化阻害を基軸とした MYC 関連悪性腫瘍に対する新規治療法開発」
第一三共奨学寄付プログラム 2022年度「MYC転座を有する再発・難治性高悪性度B細胞リンパ腫の治癒率を向上する治療法開発のための研究」
【掲載論文】
雑誌名:Signal Transduction and Targeted Therapy
論文名:Limited SUMOylation inhibitor administration enhances eradication of Burkitt’s lymphoma with CD19 CAR-T therapy(SUMO化阻害薬の限定的投与はCD19標的CAR-T細胞療法によるバーキットリンパ腫の根絶を促進する)
著者名:Hiroshi Kotani, Shigeki Sato, Seiji Yano, Marco L. Davila, and Hiroaki Taniguchi(小谷浩、佐藤成樹、矢野聖二、Marco L. Davila、谷口博昭)
掲載日時:2025年10月3日午前1時(中央ヨーロッパ時間)にオンライン版に掲載
DOI:10.1038/s41392-025-02422-5
【用語解説】
※1 CAR-T細胞療法
CAR-T細胞療法は、キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)T 細胞療法の略称で、遺伝子医療の技術を用いて特定の細胞表面分子に結合する CAR と呼ばれる合成タンパク質を作ることができるように改変した T 細胞を用いた治療法です。現在は、患者さん自身から取り出した T 細胞を用いて CAR-T 細胞を作成し、再び患者さんへ戻す治療法が行われています。
※2 MYC
MYCは、細胞の増殖、分化などに関わる遺伝子の発現を調節する転写因子です。MYC遺伝子の異常な活性化は、がんの発生や進行に深く関わっています。
※3 SUMO化
SUMO化は、タンパク質の翻訳後修飾の一つで、低分子ユビキチン様修飾因子(smallubiquitin-like modifier:SUMO)と呼ばれるタンパク質が、他のタンパク質に結合する現象です。
※4 エピゲノム薬
遺伝子の発現を調節するエピゲノムを標的とした治療薬です。遺伝子のスイッチのような役割をするエピゲノムに変化を与え、がん治療に役立つことが期待されています。
【引用文献】
1)Dual inhibition of SUMOylation and MEK conquers MYC-expressing KRAS-mutant cancers by accumulating DNA damage. Kotani H, Oshima H, Boucher JC, Yamano T, Sakaguchi H, SatoS, Fukuda K, Nishiyama A, Yamashita K, Ohtsubo K, Takeuchi S, Nishiuchi T, Oshima M,Davila ML, Yano S. J Biomed Sci. 2024;31(1):68.
DOI:10.1186/s12929-024-01060-3.
2)Comprehensive antitumor immune response boosted by dual inhibition of SUMOylation andMEK in MYC-expressing KRAS-mutant cancers. Kotani H, Yamano T, Boucher JC, Sato S,Sakaguchi H, Fukuda K, Nishiyama A, Yamashita K, Ohtsubo K, Takeuchi S, Nishiuchi T,Oshima H, Oshima M, Davila ML, Yano S. Exp Hematol Oncol. 2024;13(1):94.
DOI:10.1186/s40164-024-00563-x.