寄稿者:広島大学
《ニュース概要》
■本研究成果のポイント
・単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)というウイルスの増殖を抑える方法を新たに発見しました。
・この方法を応用することで、様々なウイルスに効果的な新しい治療方法の確立につながる可能性があります。
■概要
広島大学大学院医系科学研究科、東京大学薬学部、東京薬科大学、アメニス・バイオサイエンス社の研究グループは、Pin1という酵素を阻害することで、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の増殖を強力に抑制することを明らかにしました。本成果は、宿主因子を標的とすることで薬剤耐性化を回避し、ヘルペスウイルスのみならず多様なウイルスに有効な新しい抗ウイルス戦略につながると期待されます。
本件は、医学雑誌「Antiviral Research vol.241(2025年9月号)」に掲載されました。
〈論文情報〉
A.M.A. Elsayed ら, Suppression of herpes simplex virus type 1 replication by Pin1 inhibitors: insights from H-77 and novel compounds, Antiviral Research, 2025, 241:106244.
https://doi.org/10.1016/j.antiviral.2025.106244
〈著者情報〉
Abeer Mohamed Abdelfattah Elsayed1, Miuko Kurose1, Akifumi Higashiura1, Akima Yamamoto1, Toshihito Nomura1,2, Takashi Irie1, Masaya Fukushi1, Jeffrey Encinas3, Hisanaka Ito4, Takayoshi Okabe5, Tomoichiro Asano6, Takemasa Sakaguchi1
1.広島大学大学医系科学研究科ウイルス学
2.広島大学病院感染症科
3.Amenis Bioscience, Inc.
4.東京薬科大学生命科学部
5.東京大学大学院薬学系研究科創薬機構
6.広島大学大学医系科学研究科医化学
なお、本件は論文掲載にあたり、広島大学から掲載料の助成を受けています。
■背景
単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は世界人口の50〜90%が感染しているとされる極めてありふれたウイルスです。普段は神経細胞の奥に潜伏しており症状はありませんが、ストレスや疲労、発熱や免疫力低下などの様々なきっかけで再び活動をはじめ、症状が現れます。具体的には、口唇ヘルペス(唇や口のまわりにできる水ぶくれやかさぶた)やヘルペス性角膜炎(目の充血、痛み、視力低下等)、ヘルペス脳炎(高熱、激しい頭痛、意識障害、記憶障害等)などを引き起こします。
このウイルスに対する既存の治療薬は、ウイルスそのものの働きを直接阻害するものなのですが、その仕組み上、ウイルスが治療薬に対して耐性をもってしまう問題がありました。よって、従来の手法以外の新たなアプローチが可能な治療法の開発が求められていました。
■研究成果の内容
新しい治療法の開発に向けて、我々は「Pin1」に着目しました。「Pin1」は人の細胞がもっている酵素の一種です。そもそも、ウイルスは自分だけで増殖することはできず、人の細胞の仕組みを借りることで増殖します。この時、ウイルスの増殖には「Pin1」が必須であることが知られていました。そこで、「Pin1」をつくりだす遺伝子をノックダウン(遺伝子の働きを弱めること)し、細胞内の「Pin1」を減らしたところ、ウイルスの増殖を大きく抑えることに成功しました。以下、具体的な研究成果です。
・Pin1遺伝子のノックダウンにより、HSV-1の増殖と主要構造タンパク質VP5の発現が顕著に低下
・Pin1阻害剤H-77は低濃度(EC50 = 0.75μM)でHSV-1増殖を抑制し、細胞毒性はほとんど認められない
・新規4化合物(H-958, H-1134, H-1209, H-1211)も強い増殖抑制効果を示し、特にH-958とH-1134はウイルスDNA放出をほぼ完全に阻止
・ウエスタンブロット解析で、HSV-1の即早期タンパク質ICP0および後期タンパク質gCやVP5の発現が著しく減少
・免疫蛍光・電子顕微鏡観察で、阻害剤処理細胞では核ラミナが厚くなり安定化し、ウイルスヌクレオカプシドが核内に留まり核外へ輸送されないことを確認
■今後の展開
我々はすでにPin1阻害剤が、新型コロナウイルスの複製を効果的に阻害することを明らかにしていますが、今回の研究によりPin1阻害剤は、ヘルペスウイルスのみならず、B型肝炎ウイルス、HIV-1など複数のウイルス複製にも関与する宿主因子を標的とするため、広範なウイルス感染症治療に応用できる可能性があります。今後は、化合物の最適化、安全性評価、動物モデルでの有効性試験を経て、臨床応用を目指します。