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2025-08-26

糖尿病関連腎臓病の新たな進展メカニズムを解明 ~腸内細菌叢が産生するペプチドが腎の老化と線維化を促進~

寄稿者:三重大学 / 科学技術振興機構

《ニュース概要》
・糖尿病関連腎臓病(DKD)と腸内細菌叢の関連が報告されている
・研究グループが以前に同定した細菌叢(さいきんそう)由来の細胞死を誘導するペプチドであるcorisin(コリシン)が DKD 患者の血液中で上昇しており、重症度と正の相関を示した
・DKD マウスにおいて、corisin の活性を抑えるモノクローナル抗体の投与により、腎臓の線維化が改善した
・腸内細菌叢が産生する corisin が腸管バリア破綻により全身に移行することが示唆された
・corisin が腎由来細胞である尿細管上皮細胞およびポドサイトの細胞老化を誘導した
・腎不全患者の腎組織で corisin の発現増加を認めた
・本研究は細菌叢由来 corisin を標的とした DKD の新たな治療法の可能性を示すものである

【概要】
糖尿病関連腎臓病(Diabetic Kidney Disease: DKD)は新規透析導入における原因疾患の第一位であり、新たな治療方法の確立が求められています。近年、腸内細菌叢(注 1)の乱れが腎臓病の進展に関連することが報告されていますが、詳細なメカニズムは不明でした。このたび、三重大学大学院医学系研究科代謝内分泌内科学、同免疫学講座の研究グループは、同グループが発見した細菌叢由来の細胞死を誘導するペプチド(注2)である corisin が DKD 患者の血液および尿中で増加し重症度と関連すること、corisin の発生源が腸内細菌叢であり DKD においてその産生が増加することを明らかにしました。さらに、DKD マウスにおいて corisin を阻害することにより腎臓の老化が抑制され、その結果として線維化が改善することを明らかにしました。

今回の研究成果は、細菌が産生するペプチドが DKD の悪化原因となりうることを示しており、細菌叢由来のペプチドを標的にした新しい治療法の開発につながることが期待されます。研究成果については、Nature Communications オンライン版に令和 7 年 8 月 25 日付け(日本時間)で掲載されました。

本研究成果は科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業「細菌叢由来ペプチドに着目した糖尿病におけ る心腎連関メ カ ニズムの解明」 (JPMJFR2216) 、日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K08280)、武田科学振興財団、日本糖尿病協会、日本イーライリリーイノベーション研究助成、大和証券財団の支援を受けて実施されました。

【背景】
高齢化に伴い腎不全の患者数は世界中で増加しており、患者の生命を脅かすだけでなく、医療経済への影響も深刻となっているため、腎不全への対応は急務となっています。糖尿病に合併する DKD は人工透析を必要とする末期腎不全の原因疾患の中で最多であり、病態の解明と治療法の確立が求められています。一方、近年、細菌叢の乱れが DKD の原因となる可能性が注目されていますが、その詳細なメカニズムは分かっていません。

研究グループは以前に、肺線維症(注3)モデルマウスから分離されたブドウ球菌の培養上清を解析することにより細菌叢由来ペプチド corisin を発見し、本ペプチドを多くの菌が保有しており、肺だけでなく腎由来の尿細管上皮細胞やポドサイト(注4)でも細胞死を誘導することを報告しました。しかし corisin がDKD の病態に直接関与するかについては分かっていませんでした。そこで今回、研究グループは DKD 患者検体、DKD マウスおよび腎細胞株を用いた実験により、DKD における corisin の意義について検証を行いました。

【研究内容】
1)DKD 患者の血液および尿中 corisin が上昇し重症度と相関する。
三重大学医学部附属病院に入院した 35 名の DKD 患者から採取した血液および尿検体を用いてcorisin を測定し、健常者との比較を行い、推定糸球体濾過量(eGFR)(注5)との相関を調べました。その結果、DKD 患者では健常者と比較して血液中および尿中の corisin が上昇しており、血中 corisin 濃度は eGFR と負の相関を示しました。また DKD 患者の尿検体を用いて corisin の DNA 領域をPCR 法で増幅し配列を確認したところ、corisin の配列や類似した配列が確認されました。これらの結果から DKD 患者における corisin の存在と病態への関与が示唆されました。

2)DKD マウスにおいて corisin 阻害により腎線維化が改善する。
次に、研究グループが以前に報告した腎特異的ヒト transforming growth factor β1(hTGFβ1)過剰発現と糖尿病による DKD マウスモデルを用いて、corisin の活性を抑制するモノクローナル抗体(注 6)を投与し、その効果を検証しました。その結果、モノクローナル抗体を投与したマウスでは、対照群と比較して糸球体および尿細管間質の線維化(注 7)が抑制され(下図)、血液中の炎症性サイトカイン、ケモカインおよび線維化因子が低下することを確認し、病態が改善することが分かりました(下図)。

3)腸内細菌叢で発生する corisin が腸管上皮障害により全身に移行する。
生体内で corisin がどのように全身へ運ばれ病態を誘導するかについて検証を行いました。まず腸内細菌が corisin を産生すると仮説を立て、DKD マウスの糞便で corisin 配列を含む DNA 領域の特異的プライマーを用いて RT-PCR(注8)を行ったところ、対照群と比較して corisin の発現が高いことが示されました。また DKD 患者の血液中では腸管上皮障害マーカーである FABP-2(Fatty acidbinding protein 2)が上昇していました。これらの結果から DKD において腸内細菌叢由来のcorisin が腸管バリアの破綻により全身に移行することが示唆されました。

4)corisin はアルブミン受容体を介して腎の細胞内に侵入する。
分子ダイナミクス(注9)のシミュレーションにより corisin はヒトアルブミンとの親和性が高いことが明らかとなり、実際にヒトアルブミンに結合することが確認されました。そこでアルブミン尿を有するDKD 患者および健常者から採取した尿検体を抗 corisin 抗体および抗ヒトアルブミン抗体を用いてウエスタンブロット法(注10)により解析しました。結果として、健常者の尿ではいずれの抗体でもバンドが検出されなかったのに対し、DKD 患者の尿では二つの抗体で同じ分子量のバンドを認め、DKD 患者の尿中における corisin-ヒトアルブミン複合体の存在が明らかとなりました。次いで、DKD で傷害される尿細管上皮細胞およびポドサイトがいずれもアルブミン受容体を発現することに着目し、corisin がアルブミン受容体を介して細胞内に侵入すると仮説を立て、細胞株を用いて検証を行いました。ヒトアルブミンを含む培養液を用いて、ポドサイトを蛍光色素で標識した corisin で処理しミトコンドリアを染色したところ、corisin の蛍光色素がミトコンドリア染色部位に一致し、corisin が細胞内に侵入してミトコンドリアに集積することが確認されました。一方、複数のアルブミン受容体を siRNA(注11)により阻害した条件下で同様の検討を行ったところ、アルブミン受容体のうち cubilin(キュビリン)(注12)を阻害するとcorisin の細胞内への侵入が抑制され、ミトコンドリアのみが染色されました。これにより corisinが cubilin を介して細胞内へ侵入することが分かりました。

5)corisin が尿細管上皮細胞およびポドサイトの細胞老化を促進する。
加齢に伴って体内に蓄積した老化細胞が様々な炎症性サイトカインや線維化因子等を分泌する老化関連分泌表現型(senescence-associated secretory phenotype, SASP)とよばれる現象が明らかとなっており、線維化の原因の一つであると考えられています。そこで corisin が腎臓で細胞老化を誘導するかについて検証しました。ヒトアルブミンを含む培養液を使用し、尿細管上皮細胞およびポドサイトをcorisin で処理したところ、代表的な細胞老化マーカーである SA-βガラクトシダーゼの活性が増強しp21 をはじめ複数の細胞老化因子の mRNA 発現レベルが増加しましたが、corisin の活性を抑制するモノクローナル抗体の存在下ではこれらの変化が抑制されました。さらに corisin で処理した尿細管上皮細胞でシングルセル RNAseq 解析により網羅的な遺伝子発現を検討したところ、多くの細胞老化因子の発現が増強していること、さらにパスウェイ解析により、様々な細胞内シグナル伝達経路の中で特に細胞老化に関わる経路が強力に活性化されることが分かりました。

細胞実験の結果を動物で検証するために、DKD マウスの腎組織で細胞老化因子 p21 の蛍光免疫染色を行い corisin 阻害による変化を観察しました。その結果 DKD マウスの腎組織では対照群と比較してp21 の発現が増加しましたが、抗 corisin モノクローナル抗体の投与により p21 の発現が抑制され、DKD マウスにおける corisin の細胞老化への関与が示されました。

6)腎不全患者の腎組織において corisin および細胞老化因子の発現が増加する。
ヒトの腎臓に corisin が存在するかを明らかにするために、DKD を含む慢性腎不全患者の腎組織および正常のヒト腎組織を用いて corisin の免疫染色を行いました。その結果、慢性腎不全患者の腎組織では対照と比較して corisin が多く存在していることが分かりました。ヒトの腎疾患において corisinが腎臓の細胞に直接的に影響を及ぼす可能性が示唆されました。

【研究の成果と社会的意義】
今回の研究成果は、腸内細菌叢由来のペプチドが DKD の病態を悪化させる新たな機序を明らかにし、DKDの病態解明とともに細菌叢由来ペプチドを標的とした新たな治療法の可能性を見出しました(メイン画像)。

日本における透析患者数は約 35 万人で、医療費は年間 1 兆 6000 億円に上ると推計されています。また、末期腎不全の最多の原因疾患は DKD であり、4 割近くを占めています。将来的に本研究成果が創薬につながり、患者の生活の質の向上と医療費削減に貢献することが期待されます。

【用語解説】
(注1)細菌叢 …
ヒトや動物に定着し生息する細菌の集まり。集合体。

(注2)ペプチド …
アミノ酸が数個~数十個、短い鎖状に結合したもの。

(注3)肺線維症 …
肺に高度な線維化をきたす致死的な疾患。

(注4)ポドサイト …
たくさんの突起を出していることから「たこ足細胞」とも呼ばれる。血管を覆うように存在し、腎臓で血液をろ過する際にアルブミンなどのタンパク質が尿に漏れないようしている。

(注5)推定糸球体濾過量(eGFR) …
腎臓が血液をろ過する機能を示す指標

(注6)モノクローナル抗体 …
単一の抗体産生細胞に由来するクローンから作られている抗体のこと。抗原上の特定のエピトープに特異的に結合することができるため、様々な治療薬として使用されている。

(注7)線維化 …
臓器にコラーゲンなどの物質が沈着し、臓器の硬化とともにその機能が失われた状態。

(注8)RT-PCR …
逆転写ポリメラーゼ連鎖反応。特定の遺伝子の発現を確かめるための一般的な手法。

(注9)分子ダイナミクス …
分子の物理的な動きをコンピューターでシミュレーションする手法。

(注10)ウエスタンブロット法 …
電気泳動によって分離したタンパク質を膜に転写し抗体を用いてバンドとして検出する方法。特定のタンパク質の発現を確かめるための一般的な実験手法。

(注11)siRNA …
短い 2 本鎖の RNA。特定の遺伝子の発現を抑制する。

(注12)cubilin(キュビリン) …
尿細管でのアルブミン再吸収に関わるタンパ質。ポドサイトでも発現が確認されている。

【論文情報】
掲載誌: 『Nature Communications』
論文タイトル: Microbiota-derived corisin accelerates kidney fibrosis by promoting
cellular aging
DOI: 10.1038/s41467-025-61847-2
著者: Taro Yasuma, Hajime Fujimoto, Corina N. D’Alessandro-Gabazza, MasaakiToda, Mei Uemura, Kota Nishihama, Atsuro Takeshita, Valeria F. D’Alessandro,Tomohito Okano, Yuko Okano, Atsushi Tomaru, Tomoko Ano, Chisa Inoue,Manal A. B. Alhawsawi, Ahmed M. Abdel-Hamid, Kyle Leistikow, Michael R. King,Ryoichi Ono, Tetsuya Nosaka, Hidetoshi Yamazaki, Christopher J. Fields,Roderick I. Mackie, Xuenan Mi, Diwakar Shukla, Justine Arrington, Yutaka Yano,Osamu Hataji, Tetsu Kobayashi, Isaac Cann, Esteban C. Gabazza

【研究者プロフィール】
安間 太郎(やすま たろう)
三重大学大学院医学系研究科 代謝内分泌内科学 / 同 免疫学 講師

メイン画像:今回の研究成果のまとめと今後の展望
下図: DKD マウスにおける corisin 阻害による効果の検討 (A)抗 corisin 抗体による腎線維化の抑制、(B)抗 corisin 抗体による血液中の炎症性サイトカイン、ケモカイン、線維化因子の抑制