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2025-08-22

エイの淡水適応を支える驚異の腎機能 ―脊椎動物の中でも屈指の尿排出能力―

寄稿者: 東京大学 / 国立遺伝学研究所 / 岡山大学

《ニュース概要》
■発表のポイント
・独自に開発した採尿装置を用いて、アカエイが海水から淡水へ移行する際に、尿量を約90倍も増加させることを明らかにしました。
・アカエイの単位時間あたりの尿量は脊椎動物の中でも突出して多く、その背景として、腎臓の糸球体ろ過量増加と分節特異的な水チャネル遺伝子の発現制御の関与を明らかにしました。
・魚類の環境適応や腎機能の多様性について理解を深める重要な知見であり、腎臓疾患に関する研究などの応用分野への貢献も期待されます。

■発表内容
東京大学大学院理学系研究科の油谷直孝大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の髙木亙助教、兵藤晋教授、国立遺伝学研究所の工樂樹洋教授、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(理学部附属臨海実験所)の坂本竜哉教授、同大学総合技術部教育支援技術課の齊藤和裕技術専門職員らの共同研究グループは、海水と淡水を行き来できるアカエイ(Hemitrygon akajei)の尿量調節メカニズムを分子レベルで詳細に明らかにしました。

板鰓類(サメ類とエイ類)の中には、海水と淡水の両方に適応できる「広塩性」を獲得した種が存在します。彼らは塩をほぼ含まない淡水環境(浸透圧(注1)= 約0 mOsm/kg)でも、非常に高い体液浸透圧(約600 mOsm/kg)を維持することが知られており、環境との浸透圧差によって絶えず体内に水が流入します。そのため、淡水中では過剰な水を効率良く排出する必要がありますが、実際にどの程度の水が、どのような仕組みで排出されているかは不明でした。

本研究では、独自に開発した非侵襲的な採尿装置を用いることで、無麻酔下での連続採尿と正確な尿量測定を実現しました。その結果、アカエイは海水から低塩分水(約56 mOsm/kg、海水を約1/20に希釈した環境水)に移行した際に、尿量が87倍に増加し、単位時間あたりの尿量は6.4 mL/kg/hに達することが明らかになりました。これは他の脊椎動物と比較しても際立って高い値であり、アカエイの腎臓が極めて高い排水能力を有することを示しています。さらに、低塩分水に馴致させた個体を再び海水に戻すと、尿量は移行前と同等の水準に戻ることから、アカエイの腎臓が環境変化に応じて高度な可塑性を備えていることも確かめられました。

サケやウナギのような一般的な魚(真骨魚類)も、海水から淡水に移行すると尿量は増加しますが、その主因は糸球体ろ過量(GFR)(注2)の増加であり、尿量とGFRの増加率は概ね一致します。一方、アカエイでは低塩分水への移行に伴ってGFRが6.8倍に増加しますが、それだけでは約90倍もの尿量増加は説明できません。そこで本研究では、水輸送に関わる主要な分子である水チャネル(注3)(アクアポリン、AQP)遺伝子に着目し、腎臓での発現変動を解析したところ、淡水への移行によってAQP3-1、3-2、15の発現が著しく減少していることを明らかにしました。よって、GFRの増加に加え、これらのAQPの発現減少が尿細管での水の再吸収を抑制し、尿量増加をもたらすことが示唆されました(図1図2上段)。我々ヒトも、体に水が余った場合にはアカエイと同様に腎臓のAQPの機能抑制によって尿量を増やしますが、GFRはほとんど増加せず、尿量が90倍にも増えることはありません。また、アカエイではすべてのAQP発現が淡水で減少するわけではなく、特定の分節では逆に発現が増加するAQPの存在も複数明らかになりました。これらのAQPには、NaClや尿素といった溶質の再吸収を亢進し、体液の恒常性を淡水中でも維持する役割があると考えられます(図2下段)。

本研究グループは先行研究(関連情報)において、淡水馴致した際に発現するアカエイ腎臓の優れたNaCl再吸収能力を既に報告しており、今回の成果とあわせて、改めてその驚くべき適応能力が証明されました。これらの成果は、魚類の環境適応や腎機能の進化に関する理解を深めるとともに、水分排出異常を伴うヒト腎疾患研究への応用も期待されます。

■関連情報:
「プレスリリース:アカエイの淡水進出を可能にする腎機能の解明――なぜエイ類にはサメ類よりも汽水域や淡水域に生息する種が多いのか?――」(2022/8/9)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220809.html

■発表者・研究者等情報
・東京大学
 大学院理学系研究科
  油谷 直孝 博士課程(研究当時)
  現:ミシガン大学 特任研究員
・大気海洋研究所
  兵藤 晋 教授
  髙木 亙 助教
・国立遺伝学研究所
 分子生命史研究室
  工樂 樹洋 教授
   兼:総合研究大学院大学 教授
・岡山大学
 学術研究院環境生命自然科学学域(理学部附属臨海実験所)
  坂本 竜哉 教授
 総合技術部教育支援技術課(理学部附属臨海実験所)
  齊藤 和裕 技術専門職員

■論文情報
雑誌名:iScience
題名:Extensive urine production in euryhaline red stingray for adaptation to hypoosmotic environments
著者名:Naotaka Aburatani*, Wataru Takagi*, Marty Kwok-Shing Wong, Nobuhiro Ogawa, Shigehiro Kuraku, Mana Sato, Kazuhiro Saito, Waichiro Godo, Tatsuya Sakamoto, Susumu Hyodo.
DOI:10.1016/j.isci.2025.113274
URL:https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113274

■研究助成
本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:17H03868)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:19K22414)」、「特別研究員奨励費(課題番号:21J20882)」の支援により実施されました。

■用語解説
(注1)浸透圧
水だけを通す膜(半透膜)をはさんで、二つの溶質濃度の異なる水溶液が存在する際に、濃度の低いほうから高いほうへと水が移動する力。単位はmOsm/kgで表され、海水は1,000 mOsm/kgの高浸透圧環境である。

(注2)糸球体ろ過量(GFR)
単位時間あたりの糸球体でろ過された血液量のこと。腎臓は数百万個のネフロンから成り、ネフロンは腎小体(糸球体+ボーマン嚢)と尿細管で構成される。血液が糸球体でろ過され、そのろ液(原尿と呼ぶ)が尿細管を通って、最終的な尿が作られる。

(注3)チャネル
細胞膜に存在し、特定のイオンや小分子の受動的な輸送に関わる膜タンパク質のこと。

■画像解説
メイン画像:海水から淡水への環境水変化に応答して、尿量が増加するしくみ

下図:役割の異なるAQP遺伝子
遠位尿細管で発現するAQP3-1(上段矢印)は淡水で発現が減少し、尿量増加に寄与する一方、近位尿細管で発現するAQP4(下段矢じり)は淡水で発現が上昇し、溶質の再吸収亢進に寄与すると考えられる。スケールバーは50μmを表す。