EDUONE Pass

2025-08-19

米ぬかや小麦ふすまに含まれる天然成分フェルラ酸が膀胱平滑筋の収縮を抑制 — 過活動膀胱や間質性膀胱炎の症状改善に寄与する可能性 —

寄稿者:東邦大学

《ニュース概要》
東邦大学薬学部薬理学教室の小原圭将准教授、吉岡健人講師、田中芳夫教授らの研究グループは、米ぬかや小麦ふすまに多く含まれる天然成分「フェルラ酸」が、膀胱平滑筋の収縮を直接抑制する作用を持つことを明らかにしました。さらに、この作用は主に平滑筋細胞へのカルシウムイオン(Ca2+)流入を担う「L型カルシウムチャネル」(注1)を抑制することで生じる可能性が示されました。

この研究成果は、学術雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に2025年8月14日に公開されました。

■発表者名
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)

■発表のポイント
・過活動膀胱(OAB)(注2)や間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)(注3)では、膀胱平滑筋の異常な収縮が頻尿や排尿痛などの症状に深く関与していることが知られています。
・フェルラ酸は、モルモット膀胱平滑筋を用いた実験で、排尿に関与する神経伝達物質である「アセチルコリン(ACh)」と、炎症性メディエーターである「血小板活性化因子(PAF)」による収縮を、濃度依存的に抑制することが確認されました。
・この抑制作用は、刺激の種類に依存しない「非選択的」な特徴を示したことから、主に平滑筋細胞へのカルシウムイオン(Ca2+)流入を担う「L型カルシウムチャネル」を抑制することで生じる可能性が示されました。
・フェルラ酸は米ぬかや小麦ふすまに含まれる天然ポリフェノールであり、既に食品やサプリメントとして広く利用されています。そのため、安全性の高い膀胱機能調整成分や新規治療薬候補としての応用が期待されます。

■発表内容
膀胱は尿をため、適切なタイミングで排出する役割を持つ臓器であり、その収縮を担うのが膀胱平滑筋です。過活動膀胱(OAB)や間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)では、この膀胱平滑筋の制御異常によって過敏な収縮が生じ、頻尿や強い尿意、排尿時の痛みなどの症状を引き起こします。これらの疾患では膀胱平滑筋の異常な収縮が症状発現に深く関与していることが知られています。現在の薬物治療の中心である抗コリン薬は、排尿に関与する神経伝達物質「アセチルコリン(ACh)」の作用を遮断して膀胱収縮を抑制しますが、十分な効果が得られない症例も多く、副作用(口渇、便秘、認知機能への影響など)によって服薬を継続できない場合もあります。

フェルラ酸は、米ぬかや小麦ふすま、オート麦、大麦、コーヒー、果物、野菜などに含まれる天然ポリフェノールで、抗酸化・抗炎症作用を持ち、生活習慣病予防成分やサプリメントとして広く利用されています。研究グループはこれまでに、フェルラ酸が心臓の血管(冠動脈)や腸管平滑筋の収縮を抑制することを報告し、冠動脈疾患や腸管運動異常に対する予防・治療の可能性を示してきました。しかし、膀胱平滑筋に対する直接作用についてはこれまで明らかにされていませんでした。

本研究では、モルモット膀胱平滑筋を用いてフェルラ酸(0.1–3 mM)の作用を詳細に評価しました。その結果、排尿を誘発する主要な神経伝達物質である「ACh」および炎症時に産生されIC/BPS患者で尿中濃度が上昇する「血小板活性化因子(PAF)」による収縮は、フェルラ酸の濃度に応じて強く抑制され、3 mMではほぼ完全に消失しました。さらに、高濃度のカリウム(K+)で細胞膜の電位を変化させカルシウムイオン(Ca2+)の流入を促す刺激に対しても同様の抑制が認められました。これらの作用は刺激の種類に依存せず、ほぼ同程度であったことから、フェルラ酸の膀胱収縮抑制は、主に平滑筋細胞へのCa2+流入を担う「L型カルシウムチャネル」を抑制することで生じる可能性が高いと考えられます(図1)。また、研究グループはこれまでの研究で、フェルラ酸がL型カルシウムチャネルからのCa2+流入を抑制するのみならず、筋収縮に関与するミオシン軽鎖のリン酸化に対しても抑制作用を示すことを報告しており、この作用も収縮抑制に寄与している可能性が示唆されます。

AChは副交感神経から遊離され、膀胱平滑筋のムスカリン受容体を活性化して収縮を引き起こす排尿制御の主要な因子であり、OABではこのAChシグナルが過剰に働くことで頻尿や強い尿意の発生に関与します。一方、PAFは炎症や組織障害に伴って産生される脂質メディエーターで、IC/BPS患者では尿中PAF濃度が上昇することが知られています。フェルラ酸がAChとPAFの両者による収縮を抑制したことは、OABおよびIC/BPSに関連する膀胱平滑筋の過剰な収縮反応を幅広く制御できる可能性を示しています。

フェルラ酸は既に食品やサプリメントとして広く利用されている成分であり、安全性が高いことから、膀胱機能を調整する候補成分として基礎研究段階での意義を持ちます。今回の成果は、フェルラ酸が膀胱平滑筋の収縮を抑制することを示した初めての報告であり、今後は他の植物由来成分との比較や病態モデル動物を用いた検証を通じて、その作用の特徴をさらに明らかにしていくことが課題です。

■発表雑誌
雑誌名:「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2025年8月14日)48巻8号、1207-1212
論文タイトル:Inhibitory effects of ferulic acid on acetylcholine- and platelet-activating factor-induced contractions in guinea pig urinary bladder smooth muscle
著者:Keisuke Obara, Futaba Makino, Momoko Tanaka, Mio Furuta, Kento Yoshioka, Yoshio Tanaka
DOI番号:10.1248/bpb.b25-00397
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1248/bpb.b25-00397

■用語解説
(注1)L型カルシウムチャネル
筋肉が収縮するためには、細胞の外からカルシウムイオン(Ca2+)が中に流れ込む必要があります。L型カルシウムチャネルはその「入り口」として働く重要なタンパク質で、電気的な刺激(膜電位の変化)によって開閉が制御されています。心臓や血管、消化管、膀胱などの平滑筋でも中心的な役割を担っており、これをブロックすることで筋収縮を抑えることができます。高血圧の治療薬である「カルシウム拮抗薬」もこのチャネルを標的としています。

(注2)過活動膀胱(OAB:Overactive Bladder)
強い尿意を突然感じる「尿意切迫感」を主症状とし、頻尿や切迫性尿失禁を伴うことが多い排尿障害の総称です。副交感神経から放出される神経伝達物質「アセチルコリン(ACh)」が膀胱平滑筋のムスカリン受容体を過剰に刺激し、膀胱の異常な収縮を引き起こすことが病態に関与していると考えられています。日本では40歳以上の約8~12%が症状を有すると推定されており、高齢者に多くみられます。

(注3)間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS:Interstitial Cystitis/Bladder Pain Syndrome)
膀胱や下腹部に慢性的な痛みや圧迫感が続き、頻尿や尿意切迫感を伴う疾患です。原因はまだ明らかになっていませんが、膀胱粘膜の防御機能の低下や炎症、神経の過敏化が関与していると考えられています。女性患者が多く、症状は長期にわたり生活の質を著しく低下させます。尿中では炎症性メディエーターである「血小板活性化因子(PAF)」の濃度が上昇することが報告されています。

アセチルコリン(ACh)および血小板活性化因子(PAF)は、L型カルシウムチャネルを介したカルシウムイオン(Ca2+)の流入を促進することで膀胱平滑筋の収縮を引き起こす主要な因子です。フェルラ酸は、米ぬかなどに含まれる天然成分であり、主にL型カルシウムチャネルを抑制することでCa2+の流入を減少させ、筋収縮を抑えると考えられます。さらに、フェルラ酸には筋収縮に関与するミオシン軽鎖のリン酸化に対する抑制作用もあり、この作用も収縮抑制に一部関与している可能性があります。これらの作用が、過活動膀胱(OAB)や間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)における有用性の一因となる可能性があります。

画像: フェルラ酸による膀胱平滑筋収縮抑制の推定メカニズム