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2025-08-06

ラクトフェリンが慢性腎臓病の進行と筋の衰えを抑える ―慢性腎臓病合併症の新たな予防および治療薬として期待―

寄稿者:東北大学

《ニュース概要》
【発表のポイント】
・母乳成分であるラクトフェリン(注 1)が慢性腎臓病の進行を抑制しうることを明らかにしました。
・ラクトフェリンには腎臓病に伴って筋力・筋量が減少するサルコペニア(注 2)の進行を抑える働きもあることを示しました。
・ラクトフェリンは腸内環境を改善する作用を介して腎臓および筋肉に良い影響を及ぼすことが明らかになりました。

【概要】
慢性腎臓病(CKD)(注 3)は腎臓の働きが徐々に低下していく進行性の病態であり、日本では成人のおよそ 5 人に 1 人が罹患しているとされる深刻な健康問題です。特に高齢のCKD 患者ではサルコペニア(筋力・筋量の低下)を合併している割合が高く、末期腎不全ではその影響が深刻です。サルコペニアはCKD の進行を早めたり、死亡リスクの上昇や生活の質 (注 4)の低下にもつながることがわかっています。しかし、なぜCKD でサルコペニアが起こるのか、その詳しい仕組みはいまだ明らかになっておらず、有効な予防法や治療法も確立されていません。

東北大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野 佐藤恵美子(さとうえみこ)准教授、岩本千奈(いわもとゆきな)大学院生(研究当時)、山越聖子(やまこしせいこ)助教、堰本晃代(せきもとあきよ)助手(研究当時)、髙橋信行(たかはしのぶゆき)教授らのグループは、母乳成分であるラクトフェリンがCKD での腎障害とCKD に合併するサルコペニアの進行を抑える効果があることをモデルマウスを用いた動物実験から明らかにしました。ラクトフェリンは、多機能性を有する食品由来の機能性成分です。本成果はCKD やサルコペニアに関連する健康課題に対して、新たな予防・治療戦略の開発につながる可能性があると期待されます。

本成果は 2025 年 7 月 24 日に学術誌 The Journal of Nutritional Biochemistryに掲載されました。

【詳細な説明】
・研究の背景
慢性腎臓病(CKD)は、腎機能が徐々に低下していく進行性の病気であり、日本では成人の約 5 人に 1 人が罹患しているとされ、世界的にも患者数が増加している深刻な健康問題です。CKD が進行すると、特に高齢者では筋力や筋肉量が低下する「サルコペニア」が高い頻度で見られるようになります。さらに末期腎不全患者(注5)では、その影響がより顕著になります。CKDに伴うサルコペニアは、転倒や寝たきりのリスクを高め、生活の質(QOL)を低下させ、死亡率の上昇にもつながることがわかっています。しかし、なぜCKD でサルコペニアがおこるのかという詳しい仕組みは、まだ解明されていません。また確立された予防法や治療法も存在していないため、病態の解明と治療戦略の確立が強く望まれています。

・今回の取り組み
東北大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野 佐藤恵美子准教授らの研究グループは、東北大学大学院薬学研究科 外山喬士准教授、斎藤芳郎教授、大阪公立大学大学院獣医学研究科 細見晃司准教授、医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチン・アジュバント研究センター 國澤純センター長、東北大学大学院医学系研究科腎臓内科学分野 三島英換非常勤講師らとの共同研究により、母乳に含まれる多機能性タンパク質であるラクトフェリンがCKD およびそれに伴うサルコペニアの進行を抑制する可能性があることを明らかにしました。

ラクトフェリンは抗菌・抗炎症作用に加え、腸内環境の改善に役立つとされる母乳に含まれる多機能性タンパク質成分です。本研究では、CKD モデルマウスを用いて、ラクトフェリンの「予防効果」(腎障害の進行を抑える)と「治療効果」(すでに進行した障害への効果)の両面を評価しました。その結果、腎臓病のマウスでは、腎機能の低下とともに腎機能の指標となる血液中尿素窒素や血液中クレアチニン濃度が上昇しますが、ラクトフェリンを投与することで、これらの指標の上昇を約 50%抑えることができました(下図)。
また腎臓病では、腎機能の低下とともに筋肉の萎縮が引き起こされ、筋線維の横断面積は小さくなります。ラクトフェリンを投与することで、筋線維の横断面積の縮小が約 40%抑えることができました。

さらに筋肉における影響として、CKD によって異常に活性化していたタンパク質の分解、オートファジー(注 6)(細胞の不要物を除去する機能)、およびアミノ酸代謝(注 7)の乱れがラクトフェリンによって是正されました。また CKD による腸内細菌のバランスの乱れ(腸内環境の悪化)によって産生が増加する有害な尿毒素(注 8)「インドキシル硫酸」が血液や筋肉に蓄積されていましたが、ラクトフェリン投与によりその蓄積が有意に抑えられました。

本研究は、ラクトフェリンは腸内環境の改善を介して「腸-腎関連」ならびに「腸-筋関連」を通じて全身に作用し、CKD および合併するサルコペニアの進行を抑えることが示されました。今後、ラクトフェリンはCKD や合併するサルコペニアの予防・治療における有望な介入手段となる可能性が期待されます。

・今後の展開
日本では総人口の約 3 人に 1 人が高齢者となっており、前期高齢者(65~74歳)の約 3 割、後期高齢者(75 歳以上)の約 5 割が CKD を患っているとされています。こうした背景から、CKD はわが国における重要な医療課題の一つとなっています。特に高齢のCKD 患者ではサルコペニアの合併率が高く、健康寿命の短縮や医療費の増大など、社会的・経済的な影響も大きいため、早急な対応が求められています。

ラクトフェリンは、多機能性を有する食品由来の機能性成分です。今後、ラクトフェリンと作用機序の異なる機能性成分との併用によって、相乗的な効果も期待されます。今後の研究を通じて、より高い効果を備えた予防・治療薬の開発を進めることで、CKD およびサルコペニアに対する新たな対策となり、国民の健康リスクを軽減し、健康寿命の延伸にも貢献することが期待されます。

CKD では、腎臓に慢性的な炎症が起こり、その結果として腎臓の組織が線維化(硬くなって機能が低下すること)し、腎機能が徐々に悪化します。腎臓の働きが落ちると、通常は体外へ排泄される尿毒素が体内に蓄積し、腎臓だけでなく筋肉などほかの臓器にも悪影響を与えます。特に、インドキシル硫酸のような毒性の強い尿毒素は、腸内の環境が乱れることで産生が増えることが知られています(腸内細菌による代謝の影響)。さらに CKD では、筋肉内でアミノ酸代謝に異常が生じ、タンパク質分解が活性化し、筋肉量の減少(サルコペニア)を引き起こします。このように CKD では、「炎症」→「腎機能低下」→「尿毒素の増加」→「筋肉の異常・サルコペニア」という悪循環が生じます。本研究では、ラクトフェリンが腸と免疫の相互作用・腸内環境の改善を介して、尿毒素の産生を抑えることで、腎臓と筋肉の機能も改善することが示されました。つまり、ラクトフェリンは「腸」「腎臓」「筋肉」が互いに影響しあう腸-腎連関、腸-筋連関を通じて、CKD やサルコペニアの悪循環を断ち切る可能性があると考えられます。当該論文の Fig.8 を元に改変

【謝辞】
本研究は科学研究費助成事業(19K08669、23H03301、23K27991)、小柳財団研究助成金、代謝異常治療研究基金、東北大学 DEI 推進センター(TUMUG)などの支援により行われました。掲載論文は『東北大学 2025 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』の支援を受け Open Access となっています。 

【用語説明】
注1.ラクトフェリン:
母乳や涙、唾液に含まれるタンパク質で、体を守るさまざまな働きを持つ多機能な栄養成分。

注2.サルコペニア:
筋肉の量と筋力が減少してしまうこと。

注3. 慢性腎臓病(CKD):
高血圧や糖尿病など、何らかの原因により腎臓の機能が低下する病気であり、日本では成人 5 人に 1 人が罹患している。

注4.生活の質:
どれだけ快適・自分らしく・満足して過ごせているかを表す言葉。

注5.末期腎不全:
腎臓の働きがほとんど失われてしまった慢性腎臓病の最終段階のこと。

注6.オートファジー:
細胞が自分の中のいらないものを分解・再利用する機能のこと。

注7.アミノ酸代謝:
アミノ酸をうまく使って、エネルギーを作ったり、筋肉をつくるタンパク質に変えたりする仕組みのこと。

注8.尿毒素:
体にとって有害な老廃物。

【論文情報】
Title:Lactoferrin attenuates renal fibrosis and uremic sarcopenia in a mouse model of adenine-induced chronic kidney disease
Authors:Yukina Iwamoto, Seiko Yamakoshi, Akiyo Sekimoto, Koji Hosomi,Takashi Toyama, Yoshiro Saito, Jun Kunisawa, Nobuyuki Takahashi, Eikan Mishima, Emiko Sato*
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 准教授 佐藤恵美子
掲載誌:The Journal of Nutritional Biochemistry
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jnutbio.2025.110039
URL:https://authors.elsevier.com/sd/article/S0955-2863(25)00202-5

メイン画像:ラクトフェリンは腸-腎-筋連関を介して CKD とサルコペニアを改善する