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2025-06-17

筋肉の収縮の仕組みについて新たな発見 ゼブラフィッシュの筋肉は活動電位がなくても収縮できる !

寄稿者:大阪医科薬科大学

《ニュース概要》

【研究のポイント】
・筋肉の収縮に必要な大きな電気信号(活動電位)を発生させる遺伝子をノックアウトしたゼブラフィッシュを作成
・活動電位を持たない筋肉が収縮できることを発見
・筋収縮のメカニズムは生物種によって多様である可能性がある

【概 要】
筋肉が収縮する仕組みは半世紀以上前からの研究でよく解明されており、基礎医学の教科書にも記載されている基礎的な内容です。概要は図1A の通りで、運動神経が興奮すると筋肉の膜で終板電位と呼ばれる小さい電気信号が発生し、それが引き金となって活動電位と呼ばれる大きな電気信号を発生して筋肉が収縮します。そのため一般的に活動電位がないと筋肉は収縮できませんが、大阪医科薬科大学医学部の医学生 (当時)である秋山千史 (現在、大阪医科薬科大学病院膠原病内科専攻医)らは同大学医学部生理学教室において、遺伝子改変技術(CRISPR/Cas9)を用いて活動電位を発生させる電位依存性ナトリウムチャネルを持たないゼブラフィッシュを作成したところ、驚いたことに活動電位を持たないゼブラフィッシュの筋肉は収縮することが可能であり、遺伝子改変をしていないゼブラフィッシュと同等な遊泳能力を持つことを発見しました。活動電位がなくても収縮できる仕組みを調べるために数理シミュレーションを行ったところ、ゼブラフィッシュの筋はヒトに比べてずっと小さいために終板電位の減衰がほぼ問題にならないこと、終板電位がヒトなどの哺乳動物に比べてずっと大きいことが分かりました。そのためゼブラフィッシュの筋では終板電位が直接筋を収縮させることが分かりました(図1B 参照)。

【研究の背景】
筋肉の収縮メカニズムは基礎医学、特に生理学分野では大きなテーマの1つであり、古くからの研究によって終板電位は一般的に小さいことに加え、伝導する間に減衰してしまうため活動電位による信号の増幅が筋収縮に必須であるとされています(図1A 参照)。筋収縮は動物にとっていわば基本的な機能であり、生物種の間で大きな違いはないものと思われてきましたが、近年、本学医学部生理教室などで行われた研究の結果、ゼブラフィッシュなどの筋は哺乳動物の筋とは異なる点も多いことが分かってきました。今回の研究結果により筋収縮という機能の面において、ゼブラフィッシュは哺乳動物と異なることが明らかになり、哺乳類などの高等生物を使った実験で確立してきたこれまでの知見が必ずしも他の生物種に当てはまるわけではないことを改めて示した結果になりました。生物は形態だけでなく生理的な機能についても様々なものを獲得しまたは放棄しながら進化してきており、今回の結果は筋収縮のメカニズムがどのように進化してきたのか明らかにする端緒になると考えています。

【本研究が社会的に与える影響】
ゼブラフィッシュはヒトと同じ脊椎動物であり、ヒトの疾患モデルの構築やドラッグスクリーニングに使用されるなど医学研究によく使用されますが、当然のことながら体の仕組みがヒトと異なる点も多々存在します。異なる点を念頭に置いた上で疾患モデルの解釈やドラッグスクリーニングを行うことでゼブラフィッシュを使った医学研究の精度の向上が期待されます。そのため本研究は筋疾患モデルゼブラフィッシュを使った創薬研究の進展などに貢献することが期待されます。

【用語説明】
ゼブラフィッシュ:
インド原産の小型魚類。医学・生物学の分野でモデル生物として広く研究に使用されている。

活動電位:
神経細胞や筋肉を形成している筋細胞の細胞膜上で生じる大きな電気信号のこと。細胞間の情報伝達の手段などに使われている。

終板電位:
運動神経から筋肉に情報が伝わった時に、筋細胞の細胞膜上で生じる比較的小さい電気信号のこと。筋細胞では終板電位が活動電位を発生させる引き金になっている。

電位依存性ナトリウムチャネル:
活動電位を発生させる役割を持つタンパク質。

【研究者のコメント】
ゼブラフィッシュの筋が活動電位がなくても収縮できることは大きな驚きでした。また数理シミュレーションによって、それが裏付けられたのも意義ある結果でした。これから他の生物種でも同様に研究を行えば、筋収縮メカニズムの多様性や生物進化に伴う変遷なども明らかになる可能性があり、今後の更なる研究の発展が待たれます。

【特記事項】
本研究は 2025 年 4 月 25 日に PLOS Biology 誌に掲載されました。
タイトル: Normal locomotion in zebrafish lacking the sodium channel NaV1.4
suggests that the need for muscle action potentials is not universal
著者名: Chifumi Akiyama, Souhei Sakata, Fumihito Ono
秋山千史(大阪医科薬科大学医学部 学生(当時))
坂田宗平(大阪医科薬科大学医学部 生理学教室 准教授)
小野富三人(大阪医科薬科大学医学部 生理学教室 教授)
DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3003137

詳細はこちら▼
https://www.omp.ac.jp/public/u5lpoq0000004m2q-att/jcnd8h000000w9s1.pdf

 図: (A)筋が収縮する仕組み。活動電位は筋肉の収縮に必須である。
    (B)今回の研究により明らかになったゼブラフィッシュの筋肉が収縮する仕組み。活動電位がなくても筋肉は収縮する。