寄稿者:大阪公立大学
《ニュース概要》
■概要
免疫調整や抗炎症作用を持つ間葉系幹細胞(MSC)※は、ヒトだけでなく獣医療にも応用されていますが、増殖能力や品質の安定性に課題があります。このため、均質なMSCを安定的に供給する手段として、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いたMSCの作製法が注目されています。しかし、ヒトにおいては研究が進む一方、イヌにおける研究例は限られています。
大阪公立大学大学院獣医学研究科の鳩谷晋吾教授、塚本雅也講師、川端千晶氏(当時大阪府立大学生命環境科学域6年)らは、これまでに4種類の体細胞からイヌiPS細胞の作製に成功しています。本研究では、日本大学生物資源科学部獣医学科の枝村一弥教授との共同研究により、これらのイヌiPS細胞を用いて、イヌMSCの最適な作製方法を検討しました。その結果、ヒトのMSC作製方法の一つを応用することで、高い増殖能とMSCマーカーの発現を持つ、高品質なイヌMSCを作製できることが明らかになりました。さらに、4種類のイヌiPS細胞由来のMSCを比較したところ、尿由来細胞から作製したイヌiPS細胞を用いた場合に、最も高品質なMSCが得られることが分かりました。再現性の高いイヌMSC作製法が確立されたことで、今後の獣医療における再生医療の実用化に向けた研究開発が大きく前進すると期待されます。
本研究成果は、2025年5月29日に国際学術誌「Regenerative Therapy」のオンライン速報版に掲載されました。
■用語解説
※間葉系幹細胞(MSC)
脂肪や骨髄から分離される細胞。免疫を調整する能力や、骨・軟骨・脂肪へ分化する能力(三系統分化能)をもつ。
■塚本 雅也講師、鳩谷 晋吾教授より
私たちは難病の動物を助けるために研究しています。今回の研究成果を臨床へ届けるためには、まだまだ乗り超えなければならない課題は多いですが、イヌ iPS 細胞から間葉系幹細胞への誘導に成功したことで、臨床への応用に近づいたと考えています。一刻も早く研究成果を患者へ届けられるよう、努力していきます。
■研究の背景
脂肪や骨髄などから採取できる間葉系幹細胞(MSC)は、過剰な免疫反応を調整する能力や抗炎症作用を有しています。そのため、獣医療でも炎症性腸疾患や椎間板ヘルニアによる脊髄損傷の治療にMSCが応用されています。しかし、MSCには増殖能力に限界があるうえ、ドナーの年齢や採取部位よって性質に差が生じることから、一定の品質を保ったMSCを安定して供給することは困難でした。
これに対し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)は無限に増殖可能で、さまざまな細胞へと分化する能力を有しています。iPS細胞を用いることで、均質なMSCを安定的に供給できると期待されており、ヒトiPS細胞からMSCを作製する研究が進められていますが、イヌにおいては、このような研究は限定的でした。
■研究の内容
イヌiPS細胞からMSCを作製する方法を検討するために、2つの分化法(中胚葉を経由した方法と、外胚葉=神経堤細胞を経由した方法)を比較しました。その結果、神経堤細胞を経由し、その後、無血清培地で培養することで、高い増殖能とMSCマーカーの発現を示す細胞(iMSC)を得ることができました。また、鳩谷教授らが尿や血液由来の細胞から作製したイヌiPS細胞を用いても、本手法によりiMSCへの分化が可能であることを確認しました。
さらにその中でも、尿由来細胞から作製したイヌiPS細胞を用いた場合に、MSCマーカーであるCD90の発現が最も高く、三系統への分化能を有するMSCが得られました。
■期待される効果・今後の展開
本研究により、イヌiPS細胞からMSCを誘導する際には、分化プロトコルおよび使用するイヌiPS細胞株の選択が重要であることが明らかになりました。再現性の高いイヌMSCの作製法を確立したことで、獣医療における再生医療の発展が期待されます。今後は、イヌiPS細胞から作製したMSCの免疫調節作用や治療効果について、さらなる検証を進めていく予定です。
■資金情報
本研究は、JSPS科研費(JP18K19273、JP18H02349、JP19J22851、20H03156、22H02525)の支援を受けて実施しました。
■掲載誌情報
【発表雑誌】
Regenerative Therapy
【論文名】
Generation of canine induced pluripotent stem cell-derived mesenchymal stem cells: Comparison of differentiation strategies and cell origins
【著者】
Masaya Tsukamoto, Chiaki Kawabata, Kohei Shishida, Takumi Yoshida, Kazuto Kimura, Kazuya Edamura, Kikuya Sugiura, Shingo Hatoya
【掲載URL】
https://doi.org/10.1016/j.reth.2025.05.008
■詳細はこちら※参照元のサイトを開きます
https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-18122.html
図:イヌiPS細胞から間葉系幹細胞の作製