ネコは世界で最も人気のある伴侶動物の 1 種ですが、彼らと暮らすことが飼い主の心身にどう関わるのかは、よくわかっていません。イヌでは飼い主とイヌのホルモン濃度が関連することが知られていますが、ネコでは調べられていませんでした。
京都大学白眉センター 高木佐保 特定助教、麻布大学獣医学部 菊水健史 教授らの研究グループは、ネコ 29匹とその飼い主 19 名を対象に、このうち尿試料が得られたネコ 24 匹について、1 か月間にわたって両者の尿中のオキシトシン注 1 とコルチゾール注 2 を測定し、飼い主の気分や、家庭内でのネコと飼い主の距離との関係を調べました。その結果、飼い主のオキシトシン濃度が高いほどネコのオキシトシン濃度も高い、飼い主のコルチゾールが高いほどネコのオキシトシンが低いという関連が見られた一方で、コルチゾール同士には明確な関連は見られませんでした。また、オキシトシン濃度の高いネコの飼い主ほどネガティブな気分が低く、ネコと近くで過ごしている飼い主ほど活気が高いこともわかりました。ネコとヒトの生理的な結びつきは、コルチゾールよりもオキシトシンを中心としている可能性が示されました。
本研究成果は、2026 年 10 月 14 日午前 11 時(米国東部時間)に米国の国際学術誌「iScience」にオンライン掲載されました。
ネコと飼い主、オキシトシン濃度が相関―ネコとの近さは飼い主の活力とも関連―
概要

飼い主のオキシトシンはネコのオキシトシンと正の関連を、飼い主のコルチゾールはネコのオキシトシンと負の関連を示しました。また、ネコのオキシトシンが高いほど飼い主のネガティブな気分は低く、ネコと近くで過ごすほど飼い主の活気は高い傾向がありました。(Takagi et al., 2026, iScience のグラフィカルアブストラクトを日本語化して掲載、CC BY 4.0)(イラストは chatGPT で高木佐保が生成。)
背景
ネコは少なくとも 2000 年以上前からヒトと共に暮らしてきた動物で、現在では世界で最も人気のある伴侶動物の一つです。日本では約 885 万頭のネコが飼育されており、飼育数はイヌ(約 682 万頭)を上回っています(一般社団法人ペットフード協会 2025 年全国犬猫飼育実態調査)。
ペットを飼うことは心身の健康に良い影響をもたらすといわれてきました。しかし、ネコを飼うことの効果はイヌと比べて一貫しておらず、飼い始めて 1 か月ほどしか効果が続かなかったという報告や、ネコの飼育が心の健康とむしろ負に関連していたという報告もあります。こうした違いがなぜ生じるのか、その仕組みはよくわかっていません。
その手がかりとして注目されるのが、ストレスに関わるホルモンであるコルチゾールと、社会的な絆に関わるホルモンであるオキシトシンです。イヌでは、飼い主とイヌが見つめ合うことで双方のオキシトシンが上昇することや、長期的なコルチゾール濃度が飼い主とイヌの間で相関することが報告されています。一方ネコでは、ネコ側だけ、あるいは飼い主側だけのホルモンを測った研究にとどまっており、長期的な視点から、ネコと飼い主の双方のオキシトシンを同時に測定した研究はありませんでした。また、これまでの研究の多くは、ネコとの日常的な関わりを質問紙で評価しており、実際の行動を正確に反映していない可能性がありました。
そこで本研究では、ネコと飼い主の双方のホルモンを測定するとともに、家庭内での両者の距離を機器で客観的に記録し、ホルモンと飼い主の気分との関係を調べました。
研究手法・成果
SNS やチラシで募集した飼い主 19 名(18〜60 歳、女性 16 名・男性 3 名)と、そのネコ 29 匹(生後 4 か月〜13 歳)が参加しました。各家庭で 1 か月間、次の 4 つを実施しました。
(1)ホルモン測定:
飼い主とネコの尿をそれぞれ 3 回採取し、オキシトシンとコルチゾールの濃度を測定しました(5 匹のネコは尿が採取できなかったため、ホルモンの解析は 24 組で行いました)。
(2)日常の距離の測定:
ネコの首輪に小型の BLE ビーコン注 3を取り付け、飼い主が持つスマートフォンで電波の強さを 1 か月間連続して記録し、家の中でネコと飼い主がどれくらい近くにいたかの指標としました。
(3)飼い主の気分の評価:
気分を測る質問紙(POMS2 注 4)に回答してもらいました。
(4)ネコの行動観察:
安全基地テスト注 5を応用し、飼い主と見知らぬ人に対するネコの近づき方を観察しました。
その結果、主に次のことがわかりました。
①ネコと飼い主のオキシトシンの関連:
飼い主のオキシトシン濃度が高いほどネコのオキシトシン濃度も高く、反対に飼い主のコルチゾール濃度が高いほどネコのオキシトシン濃度は低いという関連が見られました。一方、飼い主とネコのコルチゾール濃度の間には明確な関連は見られませんでした。
②ネコのホルモンと飼い主の気分:
オキシトシン濃度が高いネコの飼い主ほど、「怒り−敵意」「混乱−当惑」「抑うつ−落込み」「緊張−不安」といったネガティブな気分が低いことがわかりました。また、飼い主自身のコルチゾール濃度が高いほど、ネガティブな気分が高いことも確認されました。
③ネコとの距離と飼い主の気分:
家の中でネコとより近くで過ごしている飼い主ほど、「活気−活力」が高いことがわかりました。一方、ネコと暮らしている期間の長さと活気との間には関連は見られませんでした。
④ネコのホルモンと行動:
オキシトシン濃度が高いネコほど、相手が飼い主か見知らぬ人かにかかわらず、ヒトに近づきやすいことがわかりました。また、コルチゾール濃度が高いネコほど見知らぬ人の近くで過ごす時間が短い傾向もみられましたが、この関連は明確ではありませんでした。
本研究は、私たちの知る限り、自然な家庭環境において、ネコと飼い主のオキシトシン濃度の関連を示した初めての研究です。家庭で暮らすネコと飼い主の間でオキシトシン濃度に正の関連があることを示した初めての研究です。イヌとヒトの関係ではコルチゾールの連動も多く報告されてきましたが、ネコとヒトの関係ではオキシトシンを中心とした結びつきが中心なのかもしれません。イヌとは異なるネコの家畜化の歴史や、群れで暮らすイヌの祖先と単独性の強いネコの祖先という社会のあり方の違いを反映している可能性があります。
波及効果、今後の予定
本研究の結果から、ネコを飼っている期間の長さよりも、日々どれだけネコと近くで過ごしているかが、飼い主の前向きな気分と関わっている可能性が示されました。これは、「ネコを飼うと健康に良いのか」という問いに対してこれまで一貫した結果が得られてこなかった理由の一つとして、飼育の有無や期間だけでなく、日々の関わり方、つまり飼育の“質”が重要であることを示唆しています。
一方で、本研究にはいくつかの限界があります。本研究は事前登録をしていない探索的な研究であり、参加者数も少なく、飼い主の多くが女性でした。また、ある時点での関連を調べたものであるため、どちらが原因でどちらが結果なのかはわかりません。たとえば、ネコとの関わりが飼い主の気分を良くしている可能性もあれば、気分の良い飼い主ほどネコと積極的に関わっている可能性もあります。さらに、ネコと飼い主は同じ家庭環境で暮らしているため、今回見られたホルモンの関連の一部は、両者の直接のやりとりではなく、生活リズムや住環境といった共通の環境要因を反映している可能性もあります。
今後は、より多様な参加者を対象に、ネコと飼い主の双方から同じタイミングで繰り返しデータを取る縦断的な研究や、実験的な研究を行うことで、ネコとヒトがどのように影響し合っているのかを明らかにしていく予定です。
研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会 特別研究員奨励費(22KJ2970)、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)(26A102)、日本ねこ医学会 上田綾子基金研究助成、京都大学 白眉プロジェクトの支援を受けて実施しました。
本研究は、麻布大学動物実験委員会(承認番号:2499069)および麻布大学ヒトを対象とする研究倫理審査委員会(承認番号:097)の承認を得て実施しました。
注 1 :オキシトシン
脳で作られるホルモンの一つ。親子の絆や他者との信頼関係など、社会的な結びつきに関わることが知られています。ストレス反応をやわらげる働きもあります。
注 2 コルチゾール:
副腎から分泌されるホルモンの一つ。ストレスを受けると分泌が増えることから、ストレスの指標としてよく用いられます。
注 3 BLE ビーコン:
Bluetooth Low Energy(低消費電力の無線通信規格)を用いて電波を発信する小型の装置。受信機(本研究ではスマートフォン)で受け取った電波の強さから、おおよその距離を推定できます。
注 4 POMS2:
Profile of Mood States 2 の略。「怒り−敵意」「混乱−当惑」「抑うつ−落込み」「疲労−無気力」「緊張−不安」「友好」「活気−活力」の 7 つの側面から、回答者の気分の状態を評価する質問紙です。本研究では日本語版の短縮版を用いました。
注 5 安全基地テスト:
ネコとヒトの愛着関係を調べるために用いられる行動テスト。本研究では、床に描いた円の中に飼い主または見知らぬ人が座り、ネコが円の中に入るかどうか、どのくらいの時間を過ごすかを観察しました。
ネコが膝の上にのってきて甘えてくれるとき、撫でてあげるとゴロゴロ気持ちよさそうにします。その姿を見ているだけで心が安らかになる経験は多くの飼い主さんが感じていることかと思います。今回の研究では、その感覚の一端が、オキシトシンという親子の絆形成に関連するホルモンのつながりとして見えてきたのかもしれません。また、飼い主自身のオキシトシンよりも、ネコのオキシトシンの方が、飼い主のネガティブな気分を予測していたのは興味深いです。ネコは室内飼いでいつも家にいるので、その生理状態は、より飼い主さんとの関係性を反映するのかもしれません。ただし、今回わかったのは関連であり、どちらが原因なのかはまだわかりません。今後は、ネコとヒトが日々の暮らしの中でどのように影響し合っているのかを、より詳しく明らかにしていきたいと考えています。(高木佐保)